「江戸の怪猫」で特に大きな変更はありませんでしたが、年号が多少変更されています。


江戸の怪猫
変更点
まっ白な肌もあわらに、欄干へ足をかけたと思うと、いい呼吸で大川めがけて、とび込んだ。 橋桁→欄干
今はもう「かわせみ」の温厚な老番頭が、すっかり板についた嘉助だが、そのむかしは八丁堀でも指折りの老練な小者の一人であった。 老練なお手先→指折りの老練な小者
深川の芸者で、年は若いが、あまり利口なほうじゃございません」 あんまり→あまり
その「かわせみ」が、永代橋の近くで、これは元禄十一(一六九八)年に、はじめて架ったもので、 元禄九年→元禄十一年(一六九八)年
次が新大橋で、両国よりやや川下、浜町から深川六間堀へ渡して、長さが百八間、これは元禄六(一六九三)年に架けられたものである。 追加
それから更に川上へ行くと両国橋で、架けられたのは万治三(一六六0)年、 追加
その川上にあるのが大川橋で、出来上ったのは安永三(一七七四)年だから、 追加
昨日にくらべて穏やかな日だったが、橋の上に出ると、 風のない→穏やかな
これは東吾も顔見知りの深川の長助と、幇間とわかる風体の男が小さくなっていた。 太鼓持→幇間
(以後全て変更)
見物人は、寄って来ていろいろ訊くし きくし→訊くし
「なにしろ、鶴次さんが橋の上に立ってから、 追加
政次郎からきいてみたが、おさだという女房との間に一人娘のおきぬというのがあって、七年程前に、新川の酒問屋日田屋の三男で三治郎というのを養子に迎え、 と→との
鹿島屋→日田屋
突き刺さっていたのは藤左衛門のぼんのくぼのあたりです。 突きささって→突き刺さって
いわば急所だから、針を刺しただけでも命にかかわるだろうと源三郎はいった。 さした→刺した
手伝いに来ていた出入りの植木屋が一晩中人の出入りで汚れた店の入口を掃除しようとして、 句点位置変更
東吾は八丁堀の兄の屋敷から、まっすぐに本所へ向った。 まっすぐ→まっすぐに
東吾がきき、源三郎は要心深く答えた。 用心→要心
とんでもないことで・・・・・・。猫を飼うどころか」 とんでもありません→とんでもないことで
扇屋へ行ってみると、一人娘のおきぬというのはヒステリックな女だし、養子の三治郎は、優男で、気の弱そうな男である。しかも、いうことがしどろもどろであった。 優男だが→優男で
しかも〜追加
けれどもおきぬが殺されて、これは間違いなく女の怨みだと見当をつけた。 追加
自分でやって、自分でさわぎ出したのは、 知って→やって
おきぬは好奇心から、うっかり裏庭へ出た。 の強い女だから→から
「お情に甘えて、死んだ人の供養をしながら余世を送らせて頂きます。 に一生をすごさせて頂くことに決めました。→変更


| Back | Next |