オケラのくりごと  社会関係

 今年も約130枚の年賀状をやり取りした。 こちらからの内容はオケラ達の年次報告で、相手は親戚縁者と、うどん屋になる前にお付き合いの有った方々が大部分を占める。 後者は僅かづつでも減る傾向にあるが、前者はガキだった甥や姪が夫々一丁前になって結婚し、子供の写真などを送ってくるので増えつつある。 これを見ると世界の人口が57億を超え、更に爆発的に増加しているとの話にも頷ける。 一頃は170〜180枚のやり取りがあった。 或るサラ金が 150枚以上の年賀状を受取る人には、優遇利率を出すと広告したことがあって、あァ俺も対象になるな、と微かな優越感を感じた。 それから比べると随分減ったが、それでも個人のうどん屋としては多い方だと思う。 前回、経費節減を思い立って確認したところ、タイミング、内容などから判断して、割に積極的な返信が来ており、当面減らせないことが判った。 ここ数年年賀状以外のお付き合いはなく、やめるに止められない関係になっている人も多いが、そこには名前を知らぬままで親しく無駄口を利いている店の常連さんとは別の、お互いに名前や、僅かなりとも身元を知っていると言う、謂わば根深い関係が有る。これがしがらみとなり、信用に繋がって、サラ金の優遇レートになるのだろうが、社会的にどの程度の相互関係を保っているかの尺度にもなっていると考えると、年賀状の枚数を経費節減のみの理由で減らすのは考え物かもしれない。この他にもこの手のものは多い。 曰く、名刺の枚数、親の葬式の参列者、引越の手伝い、借金額、等々。 その一つにカレンダーがある。 曾て居た会社が設立された当時、それ迄いた小さな会社が大会社に見えたことが何度もあった。 例えば社則を作るとき、海水浴に行く時、一寸した対外折衝をするとき、その他にも何かに付けて伝統と蓄積の無さが身に染みた。 それを一つ一つ乗り越えて、何とか格好を着け、意識しなくなるまでに相当の時間が掛かった。その会社で、年末近くなると様々な取引先からカレンダーが5本、10本と届き、それを社員に籤引きで一山づつ配布した。 その時のカレンダーは必要品であると共に邪魔者であった。 6月に退社し、12月初旬に転居してうどん屋になった。 直ぐ年が明けて、あんなに溢れていたカレンダーが、今や一本も無いことに驚き慌てた。 そして社会的にはぐれ、淋しい孤児になっていることを知った。 それから約10年、業者や商店、プール、お客様からなど、ようやく沢山のカレンダーが集まるようになり、もっと壁の多い大邸宅に越さなければならなくなってきた。 チッタァ菌糸が張り巡らされてきたらしい。 教訓、夜逃げは暮にはしないこと。 その点、村山のトンチャンは流石だね、‥‥。
−−−−−−−−−−1996.01記

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