オケラのくりごと  風呂

 オケラは風呂が好きである。 一泊の温泉旅行で六、七回入ってくるが、ケチな所為ばかりではない。 子供の頃は週に二、三回銭湯に行く程度で、その頃の一般的なレベルだったと思う。 大学に入ってからは寮の風呂が確か週に三回で、その他に時には銭湯に行ったから少し回数は増えたが、入社してからは帰宅時刻の関係でやや回数は減ったような気がする。 時間は普通か短め。 回数が増えたのはモスクワのホテル暮らしの時で、毎日朝晩入るようになった。 帰国して借りたアパートには内風呂があり、嬉しくなって朝二回、夜二回、行水的にサッと入るようになり、公団住宅を経て、借金の上に浮いているような名ばかりの自宅に移ってからもこの習慣は続いた。 うどん屋になってから暫くは朝晩一回づつ、現在では日に一回になったが、腰痛緩和の為の温浴の要素が強くなってきた。 今、オケラの周囲には一つのプールと九つの風呂がある。 プールにはサウナがあり、原則として週二回行く。 一番よく入るのは自宅、と言っても店の二階のアパートの風呂。 入浴剤を種々変えてみるが、腰も手足も伸ばせず棺桶に入っているようで面白くも何ともない。 オケラの理想の浴場は、露天若しくは高い天井で、涼しく開放的なこと。 浴室では自然の音しかしないこと。 サウナを含め幾つかの風呂が有ること。 硫黄系の天然温泉があること。 カラオケや宴会をやっていないこと。 混浴ではないこと。 長居するなら、平らな所で横になれる事と、旨いラーメンが食えること。 全体の費用が妥当であること、等。 昔で言えばヘルスセンターが、今や夫々に名前を変えてスーパー銭湯になった。 一番近いMには浴槽が11有り、最近北海道二股温泉の湯が出来た。 日光浴の出来る庭があり、ラーメンは割にうまいのだが、四年程前ここの浴槽で子供の死亡事故があった結果、それ迄更衣室でのみ流されていた施設自慢と入浴上の注意が、浴室でものべつ流されるようになった。 ここの浴場係の狸づらのおばちゃんはオケラを一方的に知っているらしく、素っ裸のオケラに、然もお前のことを知っているぞ、と言う態度で挨拶をする。 オケラが行く水曜日はレディースデイとかで、食堂にも休憩室にも割引で入った、女である、というだけのレディースがウジャウジャしている。 そんなこんなで以前に買った回数券が残っているにも拘らず、最近は殆ど行かない。 隣駅の近くにあるSは第三水曜が風呂の日で昼間 500円になる。 ここには草津の湯があるのだが、ジュ?疾に効くとある。 病だれに寿とは老衰のことだろうか。 又ここの初鰹は芽に青葉の頃に提供され、沢蟹は今が荀である。 七階建ての屋上の露天風呂は、最近閉鎖されている。 草津の湯は底が透けて見えるほど薄くなり、薬湯は匂も刺激も無くなった。 経費節減が相当進んでいて、既に施設の質にまで影響している。 と言うわけで、ここは割引の葉書を毎月呉れるけれど余り行かなくなった。 Oは老舗だが、何でもない休憩室が狭く、カラオケと宴会場を兼ねた大広間が嫌いなオケラには居場所がない。 ここでも坪庭の温泉風薬湯二つの内の一つが、二つ目の水風呂になった。 極端に安い割引券でもあればだが、結局は殆ど行かない。 Yは改築後余り日が経っていないのだが、外気に当たれず、暑くて長湯出来ない。 止むなく水風呂に入ると気持ちは良いのだが、年齢の所為かポーッとして倒れそうになる。 ここの割引券は頻繁に手に入るが辞退している。 ゴミ焼却場の風呂は 200円で安いけれど単純な風呂だけで、近間の老人達の溜り場になっているが、オケラが長居できる場所ではない。 隣町の公共施設は三階にプールがあるのだがラーメンがなく、餓死の危険を犯してまで行く所ではない。 定休日には遠出をして日帰り温泉に行くこともあるが、往復の時間と高速料金を考えると億劫になる。 皆帯に短し襷に長しで、日常生活に取り入れられない。 然し最近、良い風呂が見つかった。 一つは近くの銭湯。 これまで最も近かった銭湯が廃業してしまい、二番目に近い銭湯に行ったところ三時半から営業していることが判った。 前のは四時からだったからたった三十分早いだけなのだが、このお陰で日中に腰を伸ばせるようになった。 もう一つも銭湯。 車で二十分位で近いとは言えないが、ここは世の流れとは逆にヘルスセンターが銭湯に模様替えしたもので、小さいながらも露天風呂を始め幾つかの設備があり、二時半開始である。 オケラの店は三時から六時まで準備中にするが、その日の混み具合でメケラに後を託し、オケラは早目に自由になる。 大抵は買い物があるが、それも早く済めば、いざ風呂へ。 開業時刻に間に合う方に行く。 色々とあって結局は定休日を含め週に二、三回になるが、行けば一、二時間、時にはそれ以上の長湯をする。 暇に飽かせて見ていると、客にはヘラクレスもいれば仙人、猪八戒もいる。 現役の倶梨伽羅紋紋や、その成れの果ても来る。 切腹跡の有る者が意外に多い。 この時間老人に比べ若者は少ないが種々雑多。 浴槽の好みや順番、入り方、洗い方も夫々である。 チンチンも長短太細色形様々で、さぞや昔は、と思わせる羨ましい逸物から、オケラですら安心するような一物まであるが、取敢えずは休憩中だから、基地にいる原潜みたいで、臨戦態勢時の性能や航続力、艦長の航海技術は判らない。 時に若者が起き上がってしまうのを何とか押さえようとして一層反抗され、困惑しているのを見ると、オケラにも覚えがあるだけに微笑ましくなる。 銭湯には同じ時間に現れる常連が多いから、顔見知りができ、結構世間話に花が咲く。 こうして時間が無くなるか、のぼせるまでいると腰の痛みがずっと楽になる。 この効果は、少なくともその速効性は、水泳や整体の比ではない。 斯くてオケラの次の進路は決まった。 ア、もう判っちゃった? 温泉宿の下足番なんだけど。

−−−−−−−−−−1996.02記


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