オケラのくりごと  年賀状

 恭  賀  新  春
  “石の上にも三年”と言いますが、うどん屋の上に割にまともに五年座ってしまった私達は、座り方が悪かったのか、すっかり痺れてしまって、翔ぶどころか立ち上がるのさえ覚束無くなって来ました。 この調子ですと、特別に壁に向かわなくても、九年も経てば達磨さんになれそうです。 当家の同居人達も夫々に五つづつ年をとって、当初一日16時間働いていたうどん屋は10時間半しか働かなくなり、寝たり起きたりながら健康状態はマァいい方で、私達が凭れ掛かっても何とか支えてくれています。 実態が伴わない癖にえらく元気なのが金の成る木で、腰痛や手荒れは相変わらずですが、FM11はワープロの合間に時々本来のパソコンに戻りたがり、苦節一年調理師になった奴隷をうどん屋と取り合っています。 中で状況の余り良くないのがフロンテで、今や数えで11才、良く構って貰えなかったのが元で心臓が悪くなり、若い時の傷や身から出た錆で汚れた上ろくに洗っても貰えず、セルシオやベンツの側で小さな身体を一層縮めて雨ざらしになっています。 車はやはり当家にとっても地位の象徴なのです。 日赤の紙は皆様のお陰で一枚増えました。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
      平成四年  元旦            オケラ・メケラ

 上はオケラ・メケラの今年の年賀状の一つの版である。 実際には端書に丁度納まるようにプリントするのだが、これを以て皆様への年賀状ともさせて戴く。 オケラも昔は万年筆やボールペンで自筆の年賀状を出していたが、メケラと結婚してからは、メケラが毛筆で書くようになった。 メケラの字は、字配りはいま一だが素人としてはマァマァの方で、オケラより上手い。 そこでオケラが文章を考えて字配りを指定し、メケラが書いてオケラの名で出すことにした。 個人的にも親しい取引先の方には、オケラの名でメケラが書き、別に会社の名でオケラが出す。 受け取った方はメケラの方をオケラが書いたのだと思い、“オケラさんはなかなか達筆ですなァ”などとお世辞を言ってオケラを返事に困らせる。 心を込めたオケラの自筆(と言っても宛名だけだが)の方は、下手な新米事務員が書いたと思っていたのだろう。 当時の内容は紋切り型に多少色を着けた程度で、上の如き細かいものではなかった。 と言うのも、余りに個人的なことを書いても、子供の写真と同じで、出す本人は楽しくても、受け取る側は面白くも何ともないし、会社や仕事の話は、例えそれが失敗談であっても、判って貰うにはある程度の予備知識が必要だし、新入社員じゃないから毎年抱負を書く訳にも行かないし、他人の噂話は当たり障りが多いし一般的ではない。 その人その人に合わせて内容をいちいち変えるのでは量産が出来ないし、第一オケラの字は下手ばかりではなく大きいと来ているから、端書一枚に手で書ける量は多寡が知れている。 だから必然的に紋切型で、然しせめてメケラの毛筆で、となった次第。 それが上のような年賀状に変わったのは、ワープロ使用も一因だが、もう一つはうどん屋になった事にある。 うどん屋ならば皆さんが想像し易いし、仕事のことを書いても誰からも文句は出ないし、オケラの昔を知る人には多少の意外性もある。 出す相手が大抵サラリーマンで業種がダブらないし、似たような経験をもっている人には相槌を打って貰える。 こうして五年経った。 ワープロにして手書きよりは字数が多くなったとはいえ、元より端書一枚ゆえ情報量としては僅かだが、年賀状は税務署には提出しないもののオケラの年次報告書だから、読み返してみるとその年の感じが思い出される。 年毎に人がいなくなり、オケラは腰痛に、メケラは手荒れと睡眠不足や過労に耐えて、身体と成績を天秤に掛けつつ、二人で出来る限りの営業を続けている姿は、我ながら健気である。 ホラよく言うでしょ、艱難辛苦に耐えて極め付きの栄誉を手にした人が“ここまでやった自分を褒めてやりたい”って。 あれです。 皆から褒められている最中の人ですら自分を褒めてやりたいのだから、誰からも褒められずに、自称健気にやっているオケラやメケラは、尚のこと自分で自分を褒めてやらなければならない道理で、売上高を見ては、○曜日の割には、雨の割には、晴の割には、月なかの割には、二人だけでやった割には、昼間駄目だった割には、パンクして夕方準備中の札を出した割には、去年の割には、良くやった、大したもんだ、いいほうヨ、と褒めつつ明日への希望を繋ぐ。 この毎日の積重ねで一年が過ぎるのだから、本当は“昨年も我ながら良くやりました”と毎年ぬけぬけと書けば良いのだけれど、オケラもまだそこまでは呆け切れずに、毎年末頭を悩ましている。 中には今年は何を書いてくるだろうと楽しみにしてくれたり、何かのはずみで出さないと自身でわざわざ取りに来る人がいたりして、今更紋切り型にも戻せず、困ったことになっている。 でもこの年賀状、受け取った方は必ず読んで下さるようで、出す側としては所期の目的を達しているのだから、大喜びすると共に、これからもマンネリにならぬよう精々気を付けながら続けて行くことに致しましょう。 それでもマンネリになったら? その時は新鮮な話題を見つける為にまた転職しなきゃならないのかいナ。 ヤレヤレ‥‥。

−−−−−−−−−−1996.12記


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