オケラのくりごと  長崎

 長崎は坂の町である。 これは誰かさんの名文句。 長崎の街は迷路である。これはオケラの迷文句。 曾てオケラは仕事の関係でしばしば長崎を訪れる機会があった。 長崎は山と海に囲まれた町である。 保水力がなく、水不足は殆ど毎年のようで、先年は逆に台風の大雨が細い川で処理し切れずに山から町へ流れ込んで眼鏡橋も流された。 オケラは知らない町を暇に飽かせて自分の足で歩き回るのが好きだが、ここではこれが上手く行かないことが直ぐに判った。 山と海の間の僅かな平地に発達したこの町の道路は、皆山や川や海岸に沿っており、しかもアップダウンが激しく見通しがきかない。 この為普通の町だったら三回同じ方向に曲がると元の場所に出るのに、大抵はとんでもない所に出る。 正に行きはよいよい帰りは恐いで、ほんの一寸した距離の筈なのに帰れなくなりタクシーの世話になる。 オケラは方向音痴のつもりはないから、やはり町が捻れているのだと思う。 宿は、初めの頃は高級観光ホテルに泊まったかと思うと、次は木賃宿に毛の生えた程度の商人宿と中々定まらなかった。 仕事がタンカー絡みで夜中の2時、3時に業務終了、船はそのまま出航、オケラの宿は閉まったまま、なんて事もあったから、適当な出費で24時間出入りの自由なビジネスホテルが出来た時には本当に助かった。 大抵は駅の近く、海沿いのビジネスホテルに泊まったが、ここから直ぐ側に友人のいる県庁があり、電話は通じるのだが訪ねて行けない。 その先にある思案橋界隈や曾ての遊郭だったという丸山等は勿論、その近くの新地、つまり中華街にも、ふらふら歩いていると突然そこに出る癖に、暫くは一人では行けなかった。 路面電車は交通規制上優遇されており、判りやすくて便利だと土地の人は言うけれど、オケラには行先も判らず、何の足しにもならなかった。 流石に十数年に亘って年に数回づつ通うと一人で夜遊びも出来るようになったが、それでも駅の近間に限られていた。 原爆資料館は必見、傍らの平和祈念像は傑作。 忌まわしい原爆も、その所為で平和祈念像が出来たのだとすれば、たった一つだが良い点があったことになる。 長崎の港の海上からの夜景は素晴らしい。 街が見渡せる稲佐山からの夜景も奇麗なのだが、バスもロープウェイも夕方早い時刻に終ってしまうので、夏場の観光船・観光バスを別にすると一般的ではないようである。 ハウステンボスなんてものは未だ無かった。 少し遠出をするなら雲仙。 途中に本邦最初というゴルフコースがあり、ゴルファーは記念にプレーをしたがるとのこと。 温泉の湯元は例によって地獄で、オケラの記憶の中では別府と一緒になってしまう。 マンモスタンカーが備蓄をかねて処所に浮かぶ橘湾は、風光明媚な海水浴場だったが、近くのハマチ養殖場の餌から出る脂が浮かんで、絶好の、とは言い難くなっていた。 雲仙の行き帰りにバスガイドが歌う‘岳の新太郎さん’は中々哀調があってよろしい。 この歌、時には路線バスの中でも車掌さんが歌う。 十五年程前、友人が五島列島の福江に転勤し、オケラの出張に合わせてメケラを連れ、訪問したことがあった。B727なら長崎から飛び上がったら降りる支度だが、フェリーだと一晩かかる。フェリーの中は釣り人がいっぱい。 当時から釣り人が撒くコマセが海を汚す、と問題になっていたが、五島にとっては釣り人の受入れは一大産業だろうから、そう冷たく取締るという訳にも行かなかっただろう。 福江に着くと直ぐの川の鯉に驚かされる。 浅い川の河口近くだというのに無慮数千だか数万だかの鯉が群がっている。 もう一つ驚くのは海上タクシーの速さ。 小さな屋根付きのモーターボートが港内は勿論、島々の間をブッとばしている。 そこいらの湖の観光モーターボートなどは問題外の外、緊急の場合には長崎まで行くというから又驚く。 景色の良さは言うまでもなく、不満があるとすれば富士山が見えないことぐらい。 長崎での細工物は珊瑚、鼈甲、真珠。 珊瑚の色は流行があるようだが、一般的には小さくても紅の濃いものが高価なようである。鼈甲は飴色の透明なものが良く、同じ形、大きさでも黒が多くなると値が下がる。 捕獲・輸入禁止と言われていたが、その後どうなったことか。 真珠は伊勢志摩だけが産地と思われがちだが、長崎の方がひょっとしたら産額は上かもしれない。 何れもオケラが購入したのは記念品程度のものだが、件の友人から頂戴した赤い珊瑚のタイタックは、大きくて重くてぶら下がってしまい、実用には却って問題があった。 でも立派だよォ。 さて、いよいよ食べ物。先ずはカラスミ。 ・子と書かれると読めないが、知る人ぞ知る日本の三大珍味の一つ。 とてもあのボラやブリ、サワラの卵巣の塩蔵品とは思えない味と価格。 コピー商品が多い中で、ここの物は本物である。 カステラは文明堂が全国的に有名だが、福砂屋の方が地元の人には好評のようである。 オケラが口上と共に土産に配ったら、新宿でも作っていて東京でも割に簡単に手に入るのにはがっかりした。 本格的なそれには出会う機会がなかったが、卓袱料理は長崎が元祖。 養殖車海老と生け簀料理は省略して、次はチャイナタウン。横浜のよりもやや狭いが味は負けない。 中にチャンポンで有名な店があって、粘るのではないかと思われる程濃いスープと様々な具は、わざわざ行ってでも味わってみる価値がある。 オケラは宿から近い駅の正面の店の特製チャンポンを愛食?したが、ここのでも充分旨かった。 このチャンポンを食べている時、具が見えなくて自分の老眼に気が‥‥、アレマ、これからが本題だというのに、又々スペースがない。 今回も枕だけで終わってしまったが、この前の空気枕に比べれば蕎麦がら位入ってるでしょ。 何しろ倍も長いんだから。
−−−−−−−−−−1995.04記

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