オケラのくりごと  メケラ

  オケラもたった一人だが女房をもっている。 名前は当然メケラ。 コケラはいない。 オケラとメケラはもと同じ会社に勤めていた。 その内にメケラが退社した。 それから四年後、オケラも故あって退社することになった。 それまで二人は何の関係もなかった。 それがどうした訳か結婚することになった。 その時、オケラがメケラに対し関白宣言を含む六つの条件を出し、メケラはこれを諒承した。 何でもその時、メケラの父親がそんなことを言う奴に限ってそうはならないから行け行け、とけしかけたのだそうである。 何とマァ考えの甘いことか。 その条件の中にオケラが社長になればメケラは社長夫人になるだろうが、オケラが魚屋の親父になればメケラは魚屋の嚊ァだぞ、と言うのがあった。 そしてオケラがうどん屋になった今、メケラは心ならずもうどん屋の嚊ァに異例の昇進をした。 店での名前はマネージャー。 部下はオケラとアルバイト二人半。 アルバイトは来たり来なかったり、来るとしても夜だけだったりで、昼はオケラと二人だけでなんとか凌ぐ。 オケラは店の掃除をし麺を茹でて熱いメニューを中心に調理する。 メケラは残り、即ち水を出し、注文を取り、熱いメニュー作りを補助し、冷たいメニューを作り、テーブルに運び、勘定をし、食器を下げて洗い、食材を発注し、受領し、下拵えし、飯を炊いて出しを作り、昼食時が一段落してオケラが文字通り骨休めに上がってしまうと一人でオケラの仕事もこなし、合間に生地をつくり日報を書く。 夜、オケラがプールに行く時は、アルバイトと店を守るし、アルバイトが来ないときは一人で何とかする。 朝は8時半から仕込みに入り、夜11時過ぎに店の後片付けが終ると、自宅で食事の用意をしながら洗濯、この間休憩無し。 溜息をつくのが唯一の憩い。 休日も生地作りや自宅の掃除、病院と美容院のかけ持ち、一週間分の買物など結構忙しいが、合間を縫って昼寝をする。 それまでの三食昼寝付に比べるとうどん屋の嚊ァは多忙である。 恐らく他所の店でも大同小異だと思われるが、他所様も含めて御苦労様。 こう言うとメケラは疑わしそうな顔をするが、マ、その内もっといいこともあるでしょう。 何しろ、頼りないけどオケラが付いてるんだから。
 メケラは痩せている。 曾てY新聞に“太り過ぎにご注意”的な記事が掲載され、男女別身長別に何kgから何kg迄の人は太り過ぎ、太り加減、標準、痩せ加減、痩せ過ぎ、という表が付いていた。 通常この手の表は何kg未満は痩せ過ぎとなっていて下限は無いのに、この表には下限が付いており、メケラは見事にその埒外であった。 既に人間の規格を外れていた訳だが、その当時の方が現在よりも可成り太っていた。 さて今のメケラは分類学上何に分類されるべきであろうか。 メケラが人類以外の何かに分類された場合、それと番(ツガイ)になっているオケラの立場はどうなるのだろう。 やはりメケラと同属同種になるのであろうか。 それとも異種交配ということになるのであろうか。 顔も稼ぎもまるで違うけれど、石坂浩二はオケラと同種の筈。 彼が何に分類されているのか、いつかY新聞に聞いて見なくてはなるまい。
 メケラは海よりも山が好きである。 メケラも若いころは海に入ったようだが、オケラと結婚してからは痩せているのを恥じてか、水着にならなくなった。 オケラも最初は無理に水に入れたが、真夏の日盛りだというのに一寸たつと唇を紫色にして震えだすメケラを見て、考えを変えた。 それ以来、オケラが泳ぐ時はメケラは浜辺で一人荷物の番をするようになった。 こんな海が楽しい筈がない。 これに反し、オケラはどちらかというと海の方が好きである。 オケラの水着は七尺余の布切れ一枚だが、裸で陽にあたり、泳ぎ疲れて熱い思いをして風呂に入った後のビールは、毎回想像通り旨い。 第一、膝が大笑いしたり、息切れしてフゥフゥいわなくてすむ。 海に行きたがらないメケラを、オケラは止むなく山に連れていった。 こんなガリガリに荷物を背負わせて山道を歩かせてヘバられたらどうしようと思いつつ、恐る恐る連れていった。 ところがドッコイ、歩かせたらちゃんと歩くではないか。 最初は軽い荷物でハイキングだったが、回を重ねるにつれだんだん荷物が重くなり、距離も伸びた。 その当時オケラは体重77−78kg位で相当自重があり、荷物と距離の合計一日20キロを目安にしていた。 つまり荷物を8kg背負ったらその日は12kmの山道を歩くわけである。 メケラがこのペースに慣れるのにそんなに時間を要せず、時にはバテたオケラの荷物を全部肩代わりするようになった。 こうしてこの番は頻繁に山に行くようになり、丹沢、秩父、富士山、八ヶ岳、燕から槍ヶ岳へと足を伸ばしていった。 この山行きはオケラの腰痛が始まるまで、即ちうどん屋になるまで続いたが、どうもうどん屋と山は相性が悪いらしく、その後御無沙汰している。 何故山に登るのかと聞かれた誰かさんが、そこに山があるから、と答えたそうだが、メケラが同じ質問を受けたら、さしずめそこに海がないから、と答えることだろう。 オケラの答?  そりゃァ、メケラが痩せていたから‥‥。 然し、海も海だが、山でのビールもやっぱり旨いネ。

−−−−−−−−−−1991.10記


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