オケラのくりごと  調理師

  問. 次の文が正しければ○、間違っていれば×をつけよ。
   @ ペラグラが不足するとシガテラになる。
   A 貝の旨味成分は清酒のそれ同様安息香酸である。
   B ビタミンCはさつまいもには殆ど含まれておらず、その上熱に弱いので、さつまいもからは実際上摂取できない。
   C 調理師の免許は厚生大臣が、調理士の資格は知事が与える。
   D 保健所には医師はいるが、食中毒の場合を除き治療はしない。

  事の起りは昨年夏のある日の昼下がりにかかってきた一本の電話だった。 某教材屋だが従業員を調理師にしないか。  来年は五万円になるが今なら三万円でテープつき、合格するまで追加負担なしで責任指導する。  しかもこの教材は何人ででも使用できお得である。  次の試験は来年夏。  お申込みはお早くという。  見栄っぱりのオケラとしては、従業員はオケラとメケラの二人のみで、二人ともまだ調理師になっていない、とは言えず、恰かも自分は既に調理師で、数人の従業員を抱えているかの如く装って探りを入れたところ、2年以上の経験があれば受験出来ることが判明。  電話の方は従業員の意向を確かめることにしておいて早速本屋に行き受験参考書を見たところ、三万円払わなくても何とかなりそうな気配。 取敢えず二種類購入し自宅で急ぎ検討の結果、どうせ頭は暇なんだからと教材屋抜きで挑戦することにした。 オケラに受験資格があるならば当然メケラにもあるわけで、旅は道連れ、メケラもどうだと誘ったところ、“一店に二人の調理師はいらない。 オケラがうどん屋を止めたらメケラもやめる。 よってメケラがなる必要はない。”と、メケラとしては珍しく筋の通った三段論法で拒否された。 もう参考書は買ってしまったし、これでオケラが止めたら二冊とも無駄になる。 ケチなオケラとしてはそんなことは出来ない。 自縄自縛を絵に描いたような話で来年、即ち今年の夏を一人寂しく目指すことになった。 然し、スピーディな物忘れを誇るオケラとしては、余り早く取り掛かっても試験の時に白紙に還ってしまうか、或いは斑模様がかすかに残るだけだろうとの的確な判断で、暫くは放っておくことにした。
 春三月、外で幼稚園の子供が“一年中を思い出してごらん、あんなことこんなことあったでしょう。”と歌いだし、店の有線が“暮れなずむ街の光と陰の中”と繰返す頃、オケラの折る指はあと四ヵ月を残すのみであることを教えてくれた。 サァこうしちゃァいられない。 まごまごしていると参考書代どころか受験料まで無駄になってしまう。 そうなったら泥棒に追い銭だし、経験年数を証明してもらう関係で大家さんには受験のことを言ってしまったし、大家さんの三十代の息子さんは、この間不動産取扱主任者の試験に初挑戦で合格したばかりだし、この際オケラも落ちる訳には行かない、と三昔前の苦学生よろしくうどん屋の傍ら勉強を始めた。 カウンターの隅の席は以前から店が空いているときはオケラの食卓兼机だったが、今や二字増えて“勉強”机となり、参考書と度の進んだ老眼鏡が常駐することになった。 一杯飲んで寝る前にも床の中でもう一冊の参考書を眠くなるまで見るし、休みの日には健康ランドに持ち込んで風呂の合間に勉強、勉強。 然しご想像の通り、店では気が散るし、床では手首が痛くなるかすぐ眠くなるし、健康ランドはカラオケや大型テレビ、それに餓鬼どもの音が満ち満ちているし、オケラの健忘症には益々磨きが掛るしで全然進まない。 六月、試験日程などが発表になり、六月下旬願書受付、七月下旬試験実施の運びとなった。 オケラの店は例年七月中旬に夏休みをする。 この計画も樹てねばならぬし、相変わらず人はいないから自由になる時間はないし、本についている模擬試験の問題は難しくて出来ないし、アーァア、全くやんなっちゃう日が続いた。 それでも最初の本を夫々二回見終る頃には冒頭の問ぐらいには答えられるようになった。 その内オケラの地区の調理師会が講習会をすることになった。 日程はオケラの店の夏休みの日で、費用は教材込みで15,000円也。 勿体ない、勿体ない、時間も費用も勿体ない。 という訳でこの日程では店があって出られないと偽り、教材である参考書とオケラの県の過去5年の出題集を各千円で購入してきた。 問題集を開けてみると何と何と、喜ばしいことに総べてオケラの得意とする三択ではないか。 三択ならかなりあやふやな記憶でも半分以上答えられる。 出題は六科目で各科目毎に60%以上得点すれば合格する。 ということは40%間違えても良いわけで、これなら何とかなりそうだと、やっと愁眉を開いた。 夏休み、九州縦断の旅が雲仙の影響でキャンセルになり、急遽レンタカーで能登半島に出掛けた。 腰を更に痛めて帰った次の水曜、丁度店の定休日で、極端に暑い日に試験を受けた。 5年前の運転免許の学科試験以来の試験であった。 運転免許の時は待っていればすぐ結果が判ったが、今度のは発表までに長々と26日待たされた。 結果? 合格しましたとも。 得点? 47/50点。 呆けの割には良くやったでしょ。 唯、合格してしまうと合格率が90%を超えているらしいのが一寸気に入らないネ。 これじゃァ受かっても馬鹿にされるだけだもんネ。 結構マジにやったのにサ。 以上、役に立たない紙を苦労して約二万円で買ったお粗末。
 追記。  説明は省略するが、冒頭の問の答は、全部×が正解である。

−−−−−−−−−−1991.11.記


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