オケラのくりごと  子供客

 オケラ夫婦にコケラはいない。 常に万事控えめなオケラのこと、残念ながらこれ迄の処、妾腹は愚か隠し子にも恵まれず、理の当然としてマゴメラもいない。 然し、マゴモドキは沢山来る。 オケラの店は小さくて、オープンキッチンだから、何をしていても店の隅々まで見渡せる。 二、三年前には殆ど現れなかった家族連れが、最近、数は少ないけれど、また見えるようになってきた。 子供が最初に覚える対外的な挨拶は、多分‘バイバイ’であろう。 そしてそれを実行するに格好の相手がうどん屋夫婦なのか、子供達との出会いは大抵お別れから始まる。 来る度にビービー泣いてぐずり、挙句にうどんを食い散らして帰る様なガキメラは論外として、回数が重なってくると可愛い子供達との交流もバイバイだけではなくなる。 背負っている刀や何時も抱えている薄汚れた象だか豚だか判らない牛のぬいぐるみ、腰に着けたオケラには馴染みの無い超人の変身道具、最先端の電子おもちゃ、等々、幼稚園位までの子供との話も結構楽しい。 食べる手を休めてオケラの顔をポーッと見ているので、唇だけで‘おいしい?’と聞くとコックリをする勘の良い子。 お子様セットを皆食べたので褒めたら、その後皆食べてくれるのは良いのだが長時間掛かってこちらが参っている子。 また五つ位の子、‘イギリスかな?’と言うので、キリギリスから結局鈴虫の事かと思ったら、有線放送でウグイスが鳴いていた。‘夜が来た’に対して‘春でしょ’と母親。‘だって夜だもン’に見れば確かに外は夜。 四つ位の目のクリッとした男の子、父親と来てザルのシングルと言う。 もっと食べる?と聞きながら追加していったら、結局セミダブルを食べて、オケラの方が心配になった。‘鈴虫がピー、ピーって鳴いている’と言う女の子。 ピーピー泣いているのはオケラです。 一寸いかつい感じのお祖母ちゃんに両手で引かれてくる二つと三つ位の兄弟、兄はおっとり型、弟はきかなさそうだが中々ハンサムで、共に泣き騒ぐようなことはせず、お祖母ちゃんから分けてもらったうどんを残さず奇麗に食べて、オケラの高い評価を得ている。 何時も乳首をくわえている二つ位の男の子は行動派で、兎に角チョコマカと良く動く。 父親の手が上がると目をつぶって待っていて、叩かれても泣くではなく、直ぐ又チョコチョコ動き出す。 手綱を放すとあり合わせの靴を履いて、各テーブルに手を振りつつ一人で店内をパレードする。 各テーブルもこれに応え、手を振ったり握手をしたりと大人気。 黙ったままなのだが、この子が愛敬ナンバーワン。 こんな可愛い連中なら一匹位飼ってもいいね。何処かのペットショップに居ないかしら、血統書無しでもいいんだけど。
−−−−−−−−−−1996.03記

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