オケラのくりごと  般若

  新メニューへの切換えや、スクラッチカードの配布が一段落した夜、メケラの妹夫婦が閉店後遊びに来て、久し振りに相手のある酒を飲んだ。 翌日曜日、又々オケラとメケラだけのコンビでメタメタになりながら営業を終了。 八割方後片付けも終った11時過ぎ、前夜の後遺症もあり何となくぐったりボンヤリしていたら、突然裏口がガタガタンと鳴り白いシャツが見え隠れした。 不審に思うオケラ達の前に現れ出でたウルトラマン、口から血を流し、その血があちこちについたシャツは胸元が破れ、そこから入れ墨がチラチラしている背の高いお兄いさんの顔は、目が据わって般若の面さながらで、仰天するに充分の迫力。 その上“包丁貸せぇ、オラァ”と吼えるんだからその恐いことコワイこと。 まるで真夜中の白昼夢。 すっかり目が覚めて気がついたら、何とこちらはオケラとメケラしかいないではないか。 そしてそうなりゃ、皇太子殿下じゃなくてもオケラが出ていく以外にないではないか。 勇を鼓して側によると案の定、酒臭い。 この間、血塗られた般若の口は“包丁貸せぇ、何処にあるぅ、オラァ”と怒鳴っている。 仕方なく実力で排除することになったが、これ又案の定、力が強い。 ドアの方に押し戻しながら『うちには包丁なんか無い』“包丁がなくて店ができるかぁ”『はさみ使ってんだから』“じゃ、はさみ貸せぇ”『警察呼ぶよ』“早く 110番しろぉ”『何があったんだか知らないが迷惑だぁ』、メケラが側で‘やめて、止めて’と叫ぶ。 メケラに弱いオケラは思わず止めそうになったが、気を取り直してドアの柱にしがみつく相手を、若ノ花よろしくはず押しに押し出した。 『閉めろ』の声にメケラが内側からガチャリ。 なおも靴下だけの足でドアを蹴る般若を置いてオケラは表に回り、閉まりかかっていたシャッターを内側から大急ぎで閉めた。 今度はシャッターを外から叩く般若をほっといて、メケラを捜すが内側にいない。 今更開ける訳にも行かず、気配を窺っていると電話が鳴った。 出るとメケラで二階の自宅からだという。 後でメケラが青い顔で言うのには、シャッターを閉めようとしたらパトカーが丁度通りかかったので、追いかけているうちにオケラに閉め出されちゃったんだと。 パトカーよりオケラの方がずっと頼りになるのを知らないのか、馬鹿な奴だ、終ったから言うけど。 そして誰かに仕返しをしたかったらしい般若は、オケラ達に危害を加える気はまるでなく、唯々包丁を欲しがる駄々っ児みたいで、可愛かったよ、今だから言うけど。 背筋の痛みと腕に痣を残して去った、驚異と恐怖、脅威と共闘の初体験のお粗末。

−−−−−−−−−−1993.04記


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