オケラのくりごと  縁起

 世に縁起を担ぐ人は多い。 連戦するときに勝つとその後髭を剃らないとか散髪しない人。 霊柩車を見て親指を隠す人や、逆に喜ぶ人。 出がけに火打ち石をカチカチさせる人は今でもいるようだし、正月の飾り物や火除けの御札、酉の市の熊手に目の入らぬ達磨と、身の回りには沢山の縁起物。 茶柱やウドンゲの花は言うまでもなく、右の耳が痒いと良いことを聞くとか、くしゃみの数によって‘一褒められて二憎まれ三惚れられて四風邪引き’と言うのも、縁起の一つであろう。 卵を割って黄身が二つ入っていると何か良いことがありそうな気がするし、鼻緒が切れたり下駄が割れると更なる悪事の前触れのように思う。 櫛の歯が欠けて喜ぶ人は先ず居るまいが、夫々の固有の体験から、烏が朝西へ飛んで行くと験が良いとか、猫がくしゃみをすると碌な事がないとか、個人的な決めごともある。 オケラは自称平均的で、信ずる前兆の数も少なくこだわりの程度も浅いが、拘らないわけではない。 例えば大安が好きで仏滅を嫌う。 曾て会社の総務をやっていた時、ボーナスは七月と十二月の初旬の大安の日に出すことにしていた。 こんなことには社員は敏感で、直ぐこの法則を解明し、期近になるとそれとなく確認に来たり、新年にデスクカレンダーを配布すると、その日に丸をつけて、印をつけておきましたから、なんて言っていた。 今でもそうだが、当時もどうでも良いけれどどちらかに決めなければならないことが多くて、まさか総務部長が社員の目前で‘ドチラニシヨウカナテンジンサマノユウトオリ、あ、こっちだ’とやるわけにも行かないから、デスクカレンダーの高い方の山の何処かをパッと開けて、出た日の六輝、即ちこの先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口によっていい加減に決めていた。今ならオケラが勝てばA、負ければBと、メケラとのじゃんけんで決めるが、これはさすがに勘の鋭い社員でも気付かなかっただろう。 こんな風に何かの切っ掛けに使うと便利で、雨の仏滅には出掛けないで社内で仕事をするとか、契約日が先勝なら午前中にするとか、適当にアクセントをつけていた。 うどん屋になった今でもこの癖は直らず、たまには暦を見て、今日は大安だから少し多目に茹でておこうとか、昨日売上げが上がらなかったのは仏滅だった所為、とか言っている。 この処ズーッと六輝に関係なく、そして初日の出や初詣、陶製招き猫の御利益も空しく、売上げの上がらない日が続いている。 半年程前、最後の大入りだった日に、知らずに風呂に入ってしまったのがきっと悪かったに違いない。 よォし、今度大入りがあったら、その夜から頑張るぞ。
−−−−−−−−−−1995.02記

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