純粋旋律 第三<物語>


物語には魔力がある
現実も空想も同じくらいに
読書は自己満足だろうか
映画は現実逃避だろうか
歴史は記録史料だろうか
日常は死に至る病
物語は治療薬のようなもの

物語には魅力がある
公園の隅の一本の木にも
海深くに眠っているちいさな砂にも
物語は潜んでいる
当然のようにその力を発揮して
物語はいつどこにいても
物語であろうとする
それが世界を信じる手段のように
物語は物語を呼ぶ
当然のように呼び続ける

物語には浮力がある
美しくも悲しくもあり
大人らしくも子供らしくもあり
何者もただ一度の道をたどることしかできない
それでも物語には何度でも出会うことができる
物語を手繰り寄せ
見放された物語もまた
物語に左右され
物語に生きていく

物語には秘密がある
いろいろな世界を同時にいくつも抱えている
時間はどこへ行ってしまったのか
出来事はどこへ行ってしまったのか
物語の中ではそれらは常に
はじまりとおわりであり続けている
真実と虚像であり続けている
一瞬と永遠であり続けている
明かされたとしても騙されていればいい
そこに連鎖していく理由がある
どこでどうつながっていくかはわからないまま
物語はあらゆる存在を越えて存在する
そのために存在する
そのために左右する

物語には容赦がない
それが空気のように当たり前に
それが運命のように当たり前に
日常は困難の連続
恐れを知らない物語には
それでも数え切れない魔力がある
何者もなくしたら最期
決して逃れられない魔力がある







2006.7『水の譜の上で』加筆





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