小川義文×近田春夫
■from "AUTO ROUTE"(オートルート)JANUARY 2000■


作詞家、作曲家、プロデューサーとして、歌謡曲からヒップ・ホップに至るまで縦横無尽の活躍を見せ、時代の先端の音楽を生み出してきた近田春夫氏が今回のゲスト。ホストの小川義文さんにとって5歳上である近田さん世代への憧憬はかなり強いものがあったという。「昔は良かった」的なノスタルジーに一切与せず、常に未来に挑み続ける姿勢には、確かに颯爽としたカッコいい「お兄さん」の気概が溢れていた。


■生まれて初めて覚えたひらがな
“くろがね”でした。


小川「実は、近田さんに前から聞きたかったことがあって、他の人からもこれだけは聞いてくれって頼まれてるんですけど……ローリング・ストーンズ70年に出たアルバムで、『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト』っていうのがありますょね。ライブ盤なんで、当然オーディエンスの歓声が聞こえるんですけど、その中に『カッコいい〜!』って叫んでいる日本人の声が入ってるんですね。で、あれは近田さんだって、皆言うんですよ」

近田「いや、違うんです。あれは僕じやなくて……ちょっと前に死んじゃったんですが、昔“村八分”ってバンドがあったでしょう。あの声はそこのボーカルだったチャー坊なんです」

小川「あっ、そうなんですか。いや、僕の知り合いの10人中8人は、あれは近田さんだって言うんで。それに、近田さんなら70年に現地に行ってる可能性あるなって思うじゃないですか」

近田「そんな根性ないですよ(笑)。でも、これではっきりしましたね」

小川「はい(笑)。じゃあ、本題に入らせてもらいますが、近田さんのカー・ライフっていうのは、どの辺からスタートしてるんですか」

近田「僕は、好きになったのは音楽よりクルマの方が先ですね。とにかく、生まれて初めて覚えたひらがなというのが──昔『くろがね』っていうオート三輪の会社があって、そこはエンブレムにひらがなで『くろがね』って書いてあったんです。幼稚園の時に最初に覚えた字がそれなんですよ。だから、小さな頃からクルマは好きで。ただ、本当に好きだったのは65年ぐらいまでですね。64年が東京オリンピックだったから、中学の2年ぐらいまでかな。特にスタイル、自動車の形っていうものに凄く惹かれて。当時は今と違って自動車は贅沢なものだったから、憧れみたいなものもあったし」

小川「そうですね。クラスに40人いたら、クルマがある家って2人ぐらいしかいなかったですからね」

近田「だから、道に停まっているクルマを延々と眺めたり、窓越しに中を覗いたり。そういうのが好きで。僕らが子供の頃は『ぼくら』とか『冒険王』とか取ってるのが普通だったんですけど、僕は小学校3年生の時から『モーターマガジン』取ってましたからね。子供ながらに自動車に詳しいというのが自慢で、クルマに興味のある生徒なんて、クラスで僕以外に一人ぐらいしかいなかったですから。また、そうなると余計に燃えるでしょう、人間って(笑)。皆の足並みが揃ってきちゃうと興味って薄れてきちゃうけど。そんなこともあって、65年頃から段々とはずれていっちゃうんです。ちょうどあの頃ですよ、日本でモデルカー・レーシングとか流行り出したあたり」

小川「ああ、なるほど。あの頃って、街中にモデルカー・レーシング場がありましたよね」

近田「ええ。ああしたものが流行るようになって、子供達が自動車の面白さに気付き始めたんですよね。あと、鈴鹿サーキットが出来たってことも大きかったし。……その辺から、僕自身は“降り”ちゃいましたね。免許取る前に、引退しちゃったっていう(笑)。ただ、そうは言っても、クルマが街にあり続ける限りは、街の景色としてどうしても自分の中で無視できないものだから、クルマのたたずまいの変遷みたいなものは、ずっと見てきたように思いますけど」

■正直言うと、助手席に座ってるのが
一番好きなんです。


小川「自動車好きではあっても、カルチャーの一つとして見ていた感じですね。でも、運転するのは嫌いじゃないでしょう?」

近田「いや、僕、正直言うと、コ・ドライバーが好きなんですよ。助手席が。運転してると景色とか楽しめないでしょう。都バスなんかに乗る時も、入口の横の一番前の席があるじゃないですか。あそこに座って前を見てるのが好きなんです(笑)。だから、どっちかっていうと運転は人に任せて……といって、ショーファー・ドリブンではなくて、助手席で楽しむっていうのがクルマとしては理想の形ですね」

小川「近田さんがホンダ・ビートに乗ってるっていうのは、ビジュアルとして凄く“絵”になってるし、きっと御自分でコンセプト・メイキングしてやられてるだろうと思ってたんですね。普通クルマ好きって、外車とかそっちの方向に行っちゃう人が多いですよね。カッコ良さのコンセプトって、結局“はずし”じゃないですか。少数派である、これは俺にしか分からないから、ってことが大きい。近田ビートっていうのは、そこを凄く押さえてる感じがあったんです」

近田「なんていうか、おしやれって難しくないと僕は嫌なんです。それと、確かにヨーロッパ事は、クルマとしてはいいんですけど、意味として面白くない。つまり、どんな不思議な形をしていても、イタリアのクルマとかは辻棲が合ってるわけですよ、クルマとして。でも、日本のクルマは辻棲が合ってない。変なんです(笑)。そこが面白くて。それでクルマを考えたりすると、結局国産車になっちゃうんですね。どういうつもりでこういうことやるのかなっていうのが理解できないことがたくさんあって(笑)」

小川「面白いというか、難解なんですよね」

近田「そこに惹かれるんです。日本車がある時期ヨーロッパやアメリカで注目された部分がありますよね。でも、全然それと違う次元で、日本の軽自動車が持ってる独特な哲学みたいなものがあるじゃないですか。そこにヨーロッパの人が気付き始めたら、変なクルマができると思うんですよ。ビートもそうだけど。……スズキのワゴンRをオペルが売り出すとかいう話がありますよね。そういう所から、日本車をヒントにして一巡して、面白いものが出てきたりするんじゃないですか」

小川「事実、本当にそういう方向になってますよね」

近田「だって、最近のアルファ・ロメオとかもホンダ車の影響がかなり強いでしょう。145なんてアコードのエアロデッキみたいだし」


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