| 山川健一×小川義文 |
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山川健一(やまかわけんいち)1953年生まれ。77年、『鏡の中のガラスの船』で「群像新人賞」を受賞。『さよならの挨拶を』『水晶の夜』といった代表作の他、『僕らがポルシェを愛する理由』『快楽のアルファ・ロメオ』など、クルマを題材にした作品も数多く出版している。現在の愛車は88年型ポルシェ911カレラ。 |
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■僕は自動車を風景写真と してしか捉えていない。 山川「でも、パリ・ダカみたいな耐久ラリーって、最初に完走した時の喜びは凄いもんがあるんじゃない?」 小川「いや、喜びはないよ。ただ解放された、終わったっていうだけで」 山川「それなのになぜまた次の年も行くわけ?」 小川「いや、もうやめようと思うんだよ。完走すると。もうこれで終わりにしようとその時は思う。でも、3カ月ぐらい東京の生活が続くと、『やっぱり来年も行かなきや駄目か』って気分に無条件になってくるんだよね」 山川「マゾヒストなんだな(笑)」 小川「うん、そういう面はあると思うよ。大体ラリーをはじめとしてモーター・スポーツってイギリスで生まれたもんだけど……イギリスのものって、ありとあらゆるものが自虐的でしょう。オープン・スポーツカーだって、なんであんなスコットランドとか、寒風吹きすさぶところを屋根なしのクルマで走らなきゃならないのかってことだよね。イギリスのアウトドア・スポーツって、おしなべて自虐的だと思うな。真冬の鴨撃ちだってそうでしょう。だって、前の晩から胸まで川の水に浸かって音を立てずにじっと待ってるんだよ。それで朝日が昇る瞬間に、鴨がパラパラパラって飛び立つのを撃つわけだから。それまでひたすらじっと待ってるわけで、あんなもん他にないよね。そういう自虐的快楽の追求というのか、そこにハマッたんだね(笑)」 山川「小川さんにとって、自動車の写真を撮るというのは一種快楽的な行為なの? あるいはそれも鴨を川の中で待ち続けるような自虐的な行為?」 小川「う−ん、それはどちらでもないな。自動車を撮る場合には、自分なりの明確な自動車観というものがあって、僕は凄くクルマ好きだけど、オタクではないんだよ。じゃあ、どういう風に好きかっていうと、僕は自動車を風景写真としてしか捉えてない。つまり、どういう状況下に置かれた時が、クルマが一番美しく見えるのかっていう、シーンをまず想像する。例えば50年代、60年代の初頭までの欧米の映画には自動車が必ずといっていいくらい小道具として出てくるわけよ。それは、ヒッチコックの映画一つとったって、必ず映画の中のちょっとした所に出てくる。で、その車種の設定とか、どういうシーンに置くかっていうのに彼は凄くこだわるんだよね。だから、僕の自動車写真の撮り方っていうのも、それに近いかな。自動車を撮る時、自動車を想像する時っていうのは、映画を観ているような、そんな感じなんだ」 |
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