友情としてのロックミュージック

対談
作家・山川健一 VS 写真家・小川義文
●旅を終えて
山川 今回の旅で一番印象的だったのは、ビートルズとローリング・ストーンズが反対だったってことかな。ビートルズはすごく悲惨なところで生まれて、ストーンズは、凄くさわやかな、明るいところで生まれた。
リヴァプールは、日本でいえば川崎みたいなところで、そこで生まれて、ラヴ&ピースに行く。一方、愛情に恵まれて育ったという背景がきちんとあったから、セックス&ドラッグ&ロックンロールに行けたローリング・ストーンズ。そういう対比がおもしろいなあと思ったんだ。雑誌「NAVI」ではたまたまビートルズが最初の掲載だったけど、イギリスに行く前は、単行本のほうは当然ローリング・ストーンズを最初にしようと思ってたんだ。でも、そのことで単行本のほうもビートルズから行こうと思ってるんだけどさ。
小川 ぼくはね、小学校5年生の時にクリームを聴き始めたときから、ブリティッシュ・ロックにはまったわけだけど、学校の勉強なんかどうなっちゃってもいいやと思うぐらい、年がら年中同じレコードを何千回と聴いても飽きなかった。当時はイギリスそのものの知識も皆無に等しかったけど、何でああいう社会の中から、あんな音楽が生まれたのか、ということが、この30年間ぐらいずっと頭の中から離れなかたんだ。こんな写真家という仕事をするようになって、イギリスには20回ぐらい足を運んでいると思うけれど、今までのほんの少しの滞在だけでは、それが何か分からなかったよね。今回のロックへの旅で、その空気に触れることで、そこで生まれたミュージシャンの家の前に立つことで、きっとなんか理由みたいなものが分かるんじゃないかなと思ってた。旅立つ前はね。 以前から、自分にとって、ロックの中で感覚的に分からなかったことを、検証する旅に出かけてみたいと思っていたんですよ。それが今回の旅だったと思うんですよ。結論めいたことを言っちゃうと、何となく分かった……ようで、正直言うとそこで生まれ育って、生きたわけではないし、どうしても理解し切れていないところがあるんだけど。山川さんが言うように、ストーンズとビートルズのギャップと言うか対比と言うか、これに関してはぼくにとっても衝撃的なことだったよね。でも、個人的に印象的だったのは、ぼくはギター・キッズだったから、エリック・クラプトンを追いかけた旅は、ほんとうに重たかったよね、悲しかったし。
山川 うん。天気も曇ってたしね
小川 曇っていたし、小雨も降っていたし。
山川 ぼくは、やっぱり、ブライアン・ジョーンズの家だな。あとお墓。クラプトンの時はお母さんに電話したんだもんね。
小川 うん。日本に帰ってきてね、クラプトンのコンサートに行ったでしょう。でも実はクラプトンのステージ、初めてだったんだよね。なぜかっていうと、ギターを弾くクラプトンじゃなくて、歌を歌うクラプトンをずっと認めていなかったからなんだよ。で、今回の旅が終わっても、実は認めていなかった(笑)。でも、もっと深くクラプトンのことを知りたいという願望が出てきて。それで自然な気持ちでコンサートに行けたんだけれど、結果としてはそのコンサートは凄く良かった。ぼくが行った日は最終日だったかな。
山川 写真を撮りにも行っているよね。あれ初日だったかな。
小川 うん、だから、初日と最後の日に行ったことになるかな、最後の日はかなりリラックスしていて。曲もブルースっぽい曲が中心で、ぼくの好みでもあった。これぞクラプトンというような感じだったんだけど、正直言うとよけいに訳が分からなくなった。山川さんは今回のブリテッシュ・ロックへの旅に行ってね、いろんなミュージシャンの家だとか、通った学校だとか、いろんなものを見て、彼等の足跡をたどっていったわけじゃない。そのことと、今の彼等とが、つまり過去と現在とがきちんと線で結べる?
●ロックってファンタジーなんだ
山川 ぼくの場合は、今回旅に行ったことによって上手く結べたという感じかな。ぼくの場合は、過去にミックやキースに会っているでしょう。彼等が会うことによって、今だって雲の上の人なんだけど、会うまではとても人間とは思えないというぐらいのヒーローだったわけだけど、会うことによって同じように飯を食って、苦労をして生きてるんだなと思うようになったんだよね。で、今回彼等の育ってきた場所を見ることによって、やっぱり同時代を生きていたんだな、という気がしたね。等身大の彼等が見えた。ロックビジネスが今はものすごく巨大になっちゃてるから、ミュージシャン個人は深いベールの向こう側にいるわけじゃない。その彼等がどんなことを考えて何をしているのかを知るのは難しい。でも、彼等が幼少期を過ごした場所を見ることによって、こんなところに育って、あんなことをしてるのかってね。デヴィッド・ボウイの『ジギー・スター・ダスト』のアルバムジャケットは、メイクしたボウイが写っていて凄いインパクトがあるんだけれど、その場所に行くと、レコード会社の近くの路地だったりしてさ。こんなふうにアルバムジャケットを撮っていたのかと思ったし、ピンク・フロイドのバッターシー発電所にしても、すぐそこの発電所でしょ。
小川 みんなすぐに行けるところだよね。
山川 ミュージシャンやロックそのものといううのが、今までより身近に感じられたよね。それが直線でつながったという感じ。ただ、印象的だったのは、やっぱりロックって凄く人工的なものだったんだなってことだよ。一種のファンタジーなんだね。普通のストリートや発電所に魔法をかけるんだよな。意志の力でね。
小川 さっき分からなかったというのは、ぼくは話しやすいからクラプトンを例にするけど。等身大のものとしては感じたし、見たわけ。でも等身大のものだからこそ、なんだかよけい、思っていた以上にああなれたことの凄さを感じてしまったね。クラプトンの生まれた家と、ギター・ライヴの最高傑作ともいえる〈クロス・ロード〉。その差が凄すぎて、ぼくにとっては行く前以上に、ショックだったよね。
山川 しかも、あの時代、あのエリアに限定されて、なぜあれだけのロッカーが出てきたかってことだよね。
●プーさんとピーター・ラビットの国で生まれた音楽
小川 ロックが生まれたというのは、非常にアナーキーなことだったと思うんだけど、それはおそらくイギリスだから出てきたんだってね、思った。イギリス感というのかな、我々外国人というか、イギリス以外の所に住んでいる人が、見ることのできないイギリスというものが当然あるという気がしたんだけど。そのへんは山川さんはどう思いますか。
山川 彼等はロックミュージシャンである前にイギリスの人なんだ、と思ったよ。ロックに持ち込んだセンス、歌詞の世界とかジャケット写真、インタビューまで含めて、ロックの中にある世界というものが、実はロックに限らないで、ぼくたちが伺い知ることのできないイギリス内部の伝統だったんだなあというのは良く分かったよね。
イギリスって実は嫌いな国だったんだ。ロンドンもそんなに行ってないしね。でも今回イギリスってものを少し分かったような気がするね。ロックってものもブルースに根ざしていて、自分が考えていた以上にロックはブルースだったんだなってこの頃は思うけど、それにしても、やっぱりイギリス人である彼等があの音楽を作ったんだね。ロックのセンスって、それこそ『ピーター・ラビット』や、『くまのプーさん』に近いものがあるんだよね。
小川 ぼく達はあの時代に生きていたし、ロックもやってきて、自分たちのロック感を検証するような旅だったけど、今回の本でね、山川さんは、例えば今の若い世代に対して、どんなことを伝えたいのかな。
山川 ロックという言葉で言い表せることはね、音楽でサクセスするとか、金持ちになるとか、延々バンドをやっていくとか、実はそういうこと以前いあるんだなっててこと。「ロックしようぜ」って良く言うんだけど、それってリアルな自分自身であるってことで、ロック・ミュージックは自分自身であろうとするための音楽なんだなあって。
小川 ぼくはね。山川さんが以前「バンドは友達から始まる。ロックは友情だ」ということを言っていたんだけど、今、ロックはその言葉に集約されるなと、思っているんだよね。ロック・バンドというのは、人間と人間の集合体でしょ。よく音楽上の意見の相違でバンドは解散したりする訳だけれど、バンドが崩壊するってことも、友達で始まったものが、友達が分かれるように、友達でなくなったりとか、友達のまま継続したりとか。ロックってそういうものなんだなってことが、なんか意外と気がつくようで、気がついていなかったなって気がしてた。
あと若い読者に対してなにをってことに対しては、ぼくは、ちまたの若者を、おそらく70年代に生まれた人たちを見てると、パッションだとかが今一つという気がするんだよね。ロックとかブルースとかいうカテゴリーの音楽も彼等が作る音楽ではなくなりつつあるわけでしょ。でもこの本を窓口にブリテッシュ・ロックの原点と言うか変遷というか、そういうものが認識できれば、自分たちが今興味を持ったり、やっていることがより見えてくるというか、奥行きが持てるようになるはずだって言いたいな。
山川 ロックが音楽形式の名前だとしたら、もうなくなるよ。ロニー・レーンのように、ロックの第一期生達が、年齢と共にこの世界をチェックアウトしてしまうと、ロックって成り立たないと思う。でも、ロックってものがリアルな自分であるという哲学だとすれば、いろんなもののど真ん中に入っているはずなんだよ。例えばインターネットというものが全地球を覆っているわけだけれど、そのど真ん中にロックを打ち込むことができる。そういう形でロックは残っていくんじゃないかなと思うね。
●魔法としての写真
小川 ぼくは今回の旅に写真というパートで関わったわけだけど、どういうスタンスで写真を撮り続けたかというと、目的は山川健一さんと『ブリテッシュ・ロックへの旅』という本を出すということで行ったわけだから、カメラのレンズそのものが書き手である山川健一の眼になれるかどうかというのが自分にとっての重要な課題だったし、それが写真を撮る部分でとても重要な触覚にあたる部分だった。写真表現としては、なんでここでこういう音楽が、というのは、そこに立った人でなければ分からない空気感なわけで、その空気感を写真にできたらいい、少しでも伝わればいいと、思ったよね。そういうコンセプトの旅でした。
山川 写真はぼくにとっては魔法なんだけど、きっと技術を超えた何かがあるんだろうね。小川さんの写真を、ぼくの回りのロックが好きな連中に見せると、ブリティッシュロックの、昔のアルバムジャケットの色づかいだねってみんな言うんだよ。この人って本当にロックを愛してる人だねって。ロックのアルバム・ジャケットの色身とか空気感というものがあるじゃない。ロック独特の。あれが小川さんの写真にはあるんだよ。
小川 そういうことは全然考えてなかったんだけど、きっとロックをずっと聴いてきて、その中で培われた骨格的なものなんだろうね。
山川 例えばイーリング・クラブの前にレスポールを置いて撮った写真とか、ブライトンの海岸の空と海の色とか。ブライアン・ジョーンズが死んだ家の空気とか、ほんとブリティッシュ・ロックだよね。小川さんという最高のパートナーを得られて、写真でいろいろなことを伝えられて良かったなと思うよ。
小川 本の中での、写真と文章の関係というのは意外に難しいね。写真が単に挿絵になったり、写真が主体になると、文章が単なる解説でしかないということになる。でもこの本は写真と文が二つで一つになってる。この本を手にしてくれる人には文章を読んで写真も見てもらって、あの時代、ブリティッシュ・ロックの空気というものを感じてもらえるんじゃないかなと思ってるんですけど。
山川 ロックはカウンター・カルチャーとしてスタートして、どこまでいってもカウンターのままなんだよね。そこがカッコいいよなあ!
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