「性遍歴」第2章 松本侑子著

 政志が顔を見せるようになったのは、五月の連休も終わってからだった。
 彼は、有名私立大学の文学部をねらっていた。現役で合格した後は、文芸コースをおさめて、卒業後は作家になると宣言していた。
 結果は、失敗だった。
 すべり止めまで、ことごとく落ちた。彼は文芸部の後輩である私たちに大言壮語していたためか、姿を現そうとしなかった。
 この小さな街に、予備校はなかった。そのかわり、高校の先生たちが、空いている時間や放課後に、浪人した卒業生を指導していた。それは補講課コースとよばれ、浪人生用の小さな校舎まで、プレハブ建てとはいうものの、敷地内にあった。
 そこに政志も通うことになっていたのに、五月の連休が終わるまで、まったく出てこなかったのだ。
 しかし、いったん顔を出し始めると、補講課コースだけでなく、また文芸部の部室にも、大きな顔をして出てくるようになった。そして私を、ちらりちらりと見るのだった。前と同じように。
 私は部室が好きで、四六時中こもっていた。
 部室は、木造図書館の二階、階段をあがった裏手の部屋だった。古びていたし北むきだったが、なんといっても、そこにはパソコンがあったのだ。学校が買った備品ではなく、部活の顧問の代々木原先生が、家で使っていた古いパソコンとプリンタを持ってきたのだ。
(つづく)
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小説集『性遍歴』(松本侑子著・幻冬舎刊・定価1500円・2001年4月26日発行)より引用。
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