家庭教師と生徒な僕 ---7.



「青島さん、お休みの所申し訳ありませんが、そろそろ食事の支度が整いますので起きて下さいまし」

控え目に障子の向こう側から呼び掛ける声が聞こえるが、朝の弱い青島は気持ち良さげに寝返りをうっただけで目覚める気配は無かった。

「駄目駄目、吉田さん。そんなんじゃ、あの手の子供は起きないって。こーいうのは俺に任せろってね!」
「あ、敏郎様…」

ガラッと大きな音を立てて戸を開けた敏郎は、スタスタと寝ている青島の近く迄歩いて行くと、徐に布団の上に飛びかかった。

「おぅりゃあ!!」
「うげっ!?」

押しつぶされた青島は一瞬何が起きたのか判らず、只自分の上に乗っかった重みに苦しんでバタバタと身体を動かした。

「え、な、何? む、室井先生??」
「ハズレ〜。兄の敏郎だよん」

のしかかられたままニカッと笑う敏郎に、青島は自分が今何処に居てどういう状況なのかをようやく思い出した。

あ、そうか。俺、室井先生の実家に来てたんだっけ。で、昨日は先生の家族全員と晩御飯を食べながら挨拶してて……。

ようやく頭が働き始めた青島だったが、ハタと現実に戻ると、面白そうに成り行きを見詰めている敏郎と視線がぶつかり、困惑しつつ彼に向かって遠慮がちに言った。

「えーと、室井先生のお兄さん」
「敏郎で良いぞ」
「…それじゃ、敏郎さん。あの、申し訳ないんですけど…其処退いて貰えます?」

困った犬の様にヘニャっとした顔をした青島に、敏郎はぶっと噴き出して思わず笑っていた。腹を抱えて笑い出す彼に、青島は益々情けない顔をしてしまう。

「敏郎さぁん…」
「わ、悪い。今退くわ」

まだクックと笑っている敏郎に少々拗ねた青島は、それでも開け放たれた戸の向こうに室井の姿を見付けてたちまち目を輝かせた。

「あ、室井先生!」

慌てて立ち上がって駆け寄る姿は、犬が飼い主を発見して喜んで向かって行く姿と似通っていて、それを見送った敏郎は「本当、判り易い奴」と呟き、僅かに苦笑した。

* * *


「うわ〜、凄い、誰もいない!」

広々とした砂浜をぐるりと見回した青島は、あまりの人気の無さに感嘆の声をあげていた。そのまま波打ち際迄歩いて行って「う、冷てぇ」と言いながら又戻って来ると言う事を繰り返す無邪気な様に、後ろに立って見守っていた室井は微笑していた。

「ほら、遊んで無いで泳ぐ練習をしに来たんだろ?」
「はぁ〜い」

言われてパタパタと室井の側に戻って来た青島は、持っていたシートを広げてその上に荷物を置いた。

「本当、此処って穴場なんですね」
「ああ、地元の人間でもなかなか知っている人は少ない。だが、一応遊泳禁止区域では無いから安心しろ」
「そりゃ、室井先生が案内してくれてる場所だもん、信頼して………」
「? どうした?」

泳ぐ為に、着ていたシャツを脱ぎ始めた室井の肌を目にし、その普段見なれない彼の露になった上半身に青島は一瞬目を奪われてしまっていた。
男にしては細い腰に、均整の取れた薄い筋肉と滑らかそうな肌。女性とは比べる迄も無く完璧な男の身体であるのに、何故か青島は見蕩れていた。

「青島君?」

訝し気に首を傾げて見詰められ、我に返った青島は慌てて頭を振った。

「いえ、何でも無いッス!」

そう言ってクルリと身体の向きを変え、自分もTシャツを脱ぎ始めるのだった。
不思議そうにじっと青島の後ろ姿を見詰めていた室井だったが、気を取り直して再び服を脱ぎ始める。その気配に、青島の頭はパニック寸前になっていた。

な、何で俺、こんなにドキドキしてんの?!

男の裸なんぞは体育の着替えや風呂場等、幾らでも見る機会はある。その時にこんな風に慌てた事等当然無く、しかし何故か自分のそんなに長く無い人生の中でこんなに焦った事は無いと言う程に、今の青島は動揺していた。

今迄ヤローの裸を意識した事なんて当たり前だけど無いし、女の子の身体を見てドキドキするのともちょっと違うよ…な。でも…でも、だったらこれって一体何な訳?

「準備は出来たか?」
「………っ!」

グルグルと意識の回っていた青島とは裏腹に、平然とした室井はすっかり海水パンツ一枚になっていた。それを思いきり間近で見てしまい、更に覗き込む様にして自分を見詰めている室井の接近した顔に、青島は飛び上がる様にして後ずさってしまった。

「?」

怪訝そうに見詰める室井の視線に堪えられず、青島は自分も慌てて残りの服を脱ぎ捨て水着の状態になると、思わず叫んでいた。

「お、俺、先に海に入ってます!」
「え? おい、青島君!」

呼び止める室井の声に振り向きもせず、青島は海に向かってダッシュしていた。

「準備運動してから入るんだぞ」

と言う室井の言葉も、今の青島には全く聞こえていなかった。




NEXT8
 






ようやく海に来た!ってなもんですが、よく読めばまだ海に入って無いじゃん!(爆) 
しかし青島君はようやく意識をし始めてくれましたけど、ひょっとして展開遅すぎ…? 
室井さんの方はどうなんでしょうね? それにしても七面倒臭い二人です(溜め息)。