家庭教師と生徒な僕 ---6.
応接室に案内された青島は、吉田が持って来てくれた冷たいジュースを飲みつつ、開け放したドアから僅かに見える室井とそっくりの兄…敏郎をぼんやりと見詰めていた。
思わず双児かと見まごうばかりにそっくりな二人であったが、どうやら性格は正反対の様で、見ている番組も実は競馬であり、「あっ、畜生!」等と競馬新聞を握り締めながら叫んでいたりするのだ。
何か…凄いモノ見ちゃった気分…。
思わず小さな溜め息を吐いていると、その元凶である敏郎が部屋に入って来て気さくに声を掛けて来た。
「よっ、慎次が友達を連れて来る何て言うからどんなのかと思えば、随分可愛いのがやって来たもんだな」
「……」
可愛いって、…俺の事?
そう問い返したかったが、取り敢えず黙り込んでしまった青島の目の前のソファにどっかりと座ると、少し身を乗り出して声を顰めて言った。
「何、お前、慎次のコレ?」
「……ぶっ!」
小指を立てられ、青島は思わず飲みかけたジュースを吐き出しそうになってしまった。「それともこっちか?」等と呑気に親指と交互に見比べていた敏郎は、ゴホゴホと咳き込み始めた青島に慌てて近寄って隣に座り、背を摩っていた。
「おい、大丈夫か?」
一体誰の所為だと思ってんだよ〜と、涙目で訴えるが、敏郎はけろっとした表情で青島の頭をポンポンと叩いて感慨深気に呟いていた。
「彼奴はノーマルだと思ってたんだが…しかも年下趣味だとはなぁ。でもまぁ、結構良い趣味かな、うん」
勝手に解釈され納得されて、聞いていた青島は大いに慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。何でそういう話になるんですか?」
「何だ、違うのか?」
聞いた自分の方が変なのかと疑ってしまいそうになる程当然の口振りでサラリと問い返され、思わず顔を顰めて首を捻る。
「室井先生は俺の家庭教師の先生で、俺はその生徒です」
「ああ、それはさっき聞いた」
「…で、あの、俺男なんですけど」
「そりゃ、見りゃー判る」
「だったら…」
「何か問題あるのか?」
「ええ?! 問題あるのかって……えーと」
もしや、この人ってそういう趣味有り?!と思わず身を引いてしまう。そんな青島を面白そうに眺めていた敏郎に、室井本人が部屋に戻って来るなり溜め息を吐きつつ諌めていた。
「兄さん、子供をからかうのは止めて下さい」
「何だよ〜、良いじゃん、たまには。こんな初々しいのと話をすんのって滅多に無いんだから、ケチケチすんなよ」
「ケチケチって…そういう問題じゃ無いでしょう」
呆れながらもさり気なく兄を青島から引き剥がし、庇うようにして隣に座る室井に青島はホッと息を吐くのだった。
「……やっぱ、お前等そういう関係じゃないのか?」
凝りもせずにまだ聞いて来る敏郎に、室井はじろりと軽く睨みつけ、青島はそんな二人の成り行きをじっと見詰めていた。
「別に隠す事も無いだろ? 業界ではそんなの珍しくも何とも無いし」
「兄さんの居る所ではそうかもしれませんが、一般的には当たり前ではありません。それに、俺も彼もそう言った趣味は持ち合わせていません」
「うわ〜、相変わらず固ぇ奴だなぁ」
苦笑しながら椅子に凭れ掛かる兄を他所に、室井はこの話はこれでお終いとばかりに新聞を読み始めた。青島はと言えば、先程の室井の台詞で「ああ、やっぱり室井先生って自分の事を普段は『俺』って言ってるんだなぁ」等と妙な事に感心していたりしていた。そしてふと敏郎が言っていた『業界』と言う言葉が気になり、問い掛けてみた。
「あの、さっき『業界』っておっしゃってましたけど、室井先生のお兄さんは何の仕事をされてるんですか?」
すると、室井と敏郎は二人共キョトンとした表情をし、お互い複雑そうに苦笑をしていた。
「まいったなぁ。…知らない? 俺、一応芸能界に入って長いんだけどなぁ」
傷付いた様に言う敏郎に、青島は慌てる。
「す、すいません。俺そういうのって疎くて…」
「ま、良っけどな。慎次の友達らしいし」
笑いながらサラッと流してくれたが、青島は困ってしまって思わず室井の顔を見てしまうのだった。そんな青島に助け舟を出すべく、室井は新聞を閉じながら言った。
「青島君、部屋を用意して貰ったから、荷物をそちらに持って行きたまえ。吉田さん、申し訳ありませんが案内して貰えますか?」
「はい、慎次様。青島さん、どうぞこちらです」
「あ、はい」
青島は慌てて立ち上がると、そそくさと吉田の後を追って部屋を出て行った。そんな青島を敏郎は笑いながら見送った。
「彼奴、本当に滅茶滅茶可愛いなぁ」
自分に同意を求めるかの様に呟かれた台詞に、室井は眉間の皺を深くしつつ、それとは別の話題を返した。
「何で兄さんが実家にいるんですか?」
不機嫌さを隠そうともしない室井の態度に、ちょっとからかい過ぎたかと笑いを納め、「ん〜」と唸りながら頭を掻いた。
「今年の夏は珍しく休みが取れたんだよ。んで、どっか行こうかと思ってたら、タイミング良くお袋から電話があって、お前が久し振りに帰って来るから俺もたまには帰って来いって言われてさ。まー、たまには里帰りも良いかなと思って帰って来た訳。全く、同じ東京にいるのに、お前ってば全然会いに来ないんだもんな。この薄情者」
少々恨めし気に睨まれ、室井は肩を竦めた。
会いに来ない、と彼は言うが、芸能人と言う身の上の彼に気軽に会いに行けと言う方が無茶なのではないだろうか?と室井は思う。大体自分の方からも電話すらして来ないのだから、彼の多忙さは何となくだが想像がつく室井であったから、用も無いのに連絡しようとする筈も無かった。
そんな弟の性格を良く知る彼は苦笑をし、静かにお茶を一口飲むのだった。
一方、吉田に連れられ部屋に案内された青島は、思わず呆然と立ち尽くしていた。
「……これってやっぱ普通じゃ無いスよ、室井先生〜」
客間であろうその一室は、高級旅館と見まごうばかりに立派でありながら落ち着いた風情で、置いてある家具も素人の青島から見ても高そうだと思われるモノばかりだった。その癖妙に華美にならない所が、この家の主人の堅実さを垣間見せ、正に室井の親だな、と思わせるのだった。
その部屋の片隅に自分の荷物を取り敢えず置いた青島は、さてどうするかと溜め息を吐いた。
此処迄来る間かなりの距離を歩き、旅館だったら迷わず探検に行ってしまうだろう広さの建物なのだが、如何せん他人の家なので案内も無しに勝手にあちこち出歩く訳にもいかない。
「しょうがない、先生が来る迄大人しく待ってるとするか」
ガサゴソと鞄から取り出したのは、家から持って来た夏休みの宿題だったりする。縁側に座って勉強を始める彼は、すっかり優秀な生徒になりつつあるのだった。
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