家庭教師と生徒な僕 ---5.



「へぇ〜、結構開けてるんスね、秋田って」
「……どういう意味だ」

何となく田んぼや畑ばかりを想像していた青島は、駅前に立ち並ぶ店やビルを見て素直な感嘆をあげていた。
二人は新幹線こまちに乗ってようやく秋田に辿り着き、駅前に並ぶタクシーに乗って室井の家へと向かっているのだった。
流石に駅から離れて来ると青島の想像していた通りの田んぼや畑が現れ始め、古ぼけた民家等を見掛けると窓から顔を出したくなる程ウキウキしていた。まるで遠足に来た子供状態な青島だった。

「あー、でもやっぱり駅から離れるとのどかな風景になるんスね」
「……莫迦にしてるのか?」
「違いますよ、俺の両親の実家ってどっちも東京近郊だから、こう『故郷』って感じの場所って憧れてたんですよ」
「別に何も無いぞ?」
「やだなぁ、だから良いんじゃ無いッスか」

本当に嬉しそうに外を眺める青島の様子に、最初は憮然としていた室井も段々と表情が穏やかになるのだった。

「えへへへ」
「……どうした?」
「まさか先生の実家の海で一緒に泳ぐ事が出来るなんて考えた事無かったなぁと思って」
「不満か?」
「いえ、すっごく嬉しいッス!」

いきなりの室井の誘いに青島本人は大いに喜んだのだが、学生の身な為に予算的な問題が立ちはだかっていた。誘ったのは自分なのだから旅費は出すと言う室井の言葉を振り切り、両親に出世払いで返すからと拝み倒して何とか代金を作り出す事に成功した青島だった。

「室井先生の家ってどんな感じなんですか?」
「ん? 別に…普通だぞ」
「ふーん。家族は何人なんですか?」
「両親二人と兄が一人、妹が一人いる」
「へー、室井先生って三人兄妹だったんだ」

あまり自分の事を話さない室井の家族の事が聞けて、青島は内心喜んでいた。しかもこれから自分はその彼の実家に案内されているのだ。これが浮かれずにいられるだろうか?

「俺って凄い幸せもんかも」
「? 何か言ったか?」

にへらっと弛んだままの青島を、室井は怪訝そうに見詰めやるのだった。

暫くするとタクシーは小道に入り込み、ちょっとした旅館と見まごう建物の前で止まった。
室井が支払いをしている間、先に青島は車から降りて荷物を取り出していた。そしてふと正面を見ると、古いけれどもこ綺麗にされた『由緒正しき』と言う看板が貼り出されているかの様な建物をじっと見詰めた。

「どうした?」
「え、…ああ。えーと、随分大きな家なんですね」
「そっか? この辺じゃ普通だと思うが」
「……」

駅から此処迄通って来た間にこんな立派な家は滅多に見掛け無かったと思うのだが…と内心考え込んでしまう青島だったが、室井の平然とした台詞に深く突っ込む事も出来ず、それでも不安になって呟く様に尋ねていた。

「室井先生の家って、本家とか旧家とかそんなんじゃ無いッスよね」
「そんな立派なもんじゃ無いな。しがない分家で、両親は普通に学校の教師をしているだけだしな」
「はぁ…」

予想外に立派な家を目の当たりにし、青島は少々怯みかけていた。が、室井はそんな彼の状態を気にもせずに荷物を受け取り、さっさと中へと歩いて行ってしまった。

「何してるんだ、置いて行くぞ?」
「あ、はい!」

慌てて追い掛ける青島だった。
カラリ、と玄関を開けると、音に気付いた年輩の女性が顔を出して「どなたですか?」と言いかけた瞬間、室井の顔を見て驚いた顔をした。

「まぁまぁ、慎次様。御連絡頂ければお迎えに参りましたのに」
「いや、それには及ばない。駅からタクシーで来たから…ああ、こちらは昔からお世話になっている家政婦の吉田さんだ」
「あら、どうも初めまして、吉田です」
「あ、はい、初めまして、青島俊作と言います。今日からお世話になります、宜しくお願いします」

ペコリとお辞儀をしながら挨拶をする青島に、吉田も笑顔で「こちらこそ」と言って荷物を受け取ろうとしたが、青島は重いから自分で持って行くと言って遠慮し、そんな彼等のやり取りに室井は微笑んだ。

「父さん達は?」
「今日はまだ学校の方に行かれてますわ。慎次さんがお帰りになられると知ってお二人ともそれはそれは楽しみにされておりましたから、そろそろお帰りになる頃だと思いますけど…」
「そうですか」

吉田の言葉を聞く限りでは、室井は滅多に実家に帰っていないのだと青島はぼんやりと推測していた。

「あ、でも……」

言いかけた吉田を他所に、靴を脱いで取り敢えず荷物を何処かに置こうと廊下を歩き始めた青島は、居間に転がる固まりと視線が合い、いきなりその場に立ち止まってしまった。

「え?」
「どうした?」
「…あ、あれ? 室井先生…は此処ですよね?」
「何言ってんだ?」

動揺した青島を怪訝そうに見詰め、彼の視線を辿って居間を見る。果たして其処に居たのは…。

「おう、お帰り」
「敏郎兄さん?」

室井とそっくりな顔をした男が畳の上で座布団を抱えて寝転び、扇風機にあたってのんびりしていたのだった。



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室井兄登場! そしてその兄とは…っ!!!(爆)