家庭教師と生徒な僕 ---3.



じっと参考書と睨めっこしていた青島は、後ろで椅子に座りながら本を読んでいる室井に向かって声を掛けた。

「ね、室井先生」

その呼び掛けに、視線をゆっくりと上げて青島を見詰める。じっと黒い大きな瞳で見詰められ、青島は何となく動悸が早まってしまう。

「何だ?」

判らない所でもあったのかと思った様で、立ち上がって側に寄ろうとした室井に慌てて、手をバタバタと左右に振った。

「あ、違うんです。質問じゃ無くって…」
「……?」

青島の行動の意味が判らない室井は、眉を顰めて青島を睨んだ。

「え〜とですね、今度俺の期末テストですよね」
「そうだな。だから今、その対策をしているんだろう」

益々何が言いたいのか判らない、と言った風情の室井に、青島は頭をポリポリと掻きつつ言い難そうに言った。

「こういう勉強って、何か目標があると良いと思いません?」
「目標?」
「ええ、例えばある点数以上取れたら御褒美があるとか」
「……」

眉間に皺を深くして見詰める室井に、青島はお強請りする犬の様にじっと見詰め返してみた。

「そういうのは、御両親にお願いするべきじゃないのか?」
「そりゃ、モノとかなら親に言いますけど……」

青島の含みの有る台詞に、室井は僅かに首を傾げた。

「……私に何かして欲しいのか?」

室井の小さく呟いた様な台詞を聞いて、青島は見えない尻尾を勢い良く振った。

「して欲しい、って言うか、一緒に行きたい所が有るんですけど」
「行きたい所?」

怪訝そうな顔をする室井に、青島は満面の笑顔で言った。

「はい。実は俺、先生と一緒にプールに行きたいんです!」
「……プール?」

青島の予想外の台詞に、室井は大きく目を開いて驚いた。

「何を莫迦な事を…」

呆れ気味で溜め息を吐きながら言われて、青島はムッと頬を膨らましてムクれた。

「莫迦って何スか? だって先生、前にバイトでプールの監視員をやってた事があるって言ってたじゃないッスか」
「ああ、言ったが…」
「と言う事は、泳ぐの上手いんでしょ?」
「……普通だ」
「又、すぐそういう謙遜を言うんだもんな。俺、室井さんに泳ぎ方を教えて欲しいんです」
「……君は泳げるだろう?」
「泳げるけど…。ほら、やっぱり綺麗に泳ぐにはそれなりに上手い人に教えて貰った方が良いでしょ? 俺自己流だから、結構水を跳ね返しちゃうんスよね」
「……他に教えて貰える友達とかいるだろう?」
「友達とプールになんか言ったら、泳ぐのそっちの気で軟派に走っちゃいますよ、皆」
「しかし……」
「何? もしかして先生、俺と泳ぐの嫌?」

そうではない、と室井は思う。最近プールになんぞ行く事もめっきり減り、身体が鈍っていると感じていたから良い機会であると言えばそうだろう。しかも気詰まりのする相手ならともかく、青島と一緒にと言うのは何となく嬉しい事の様に感じていた。だがしかし、只でさえ青島は普段の時にも女性の目を惹く容貌をしているのに、プールサイドに彼が水着姿で立つとなると、一体どの位の女性が声を掛けて来るのか、想像すると胸が痛くなるのだった。そんな自分を不思議に思うが、敢えて深く考えない様にする室井だった。

「そうでは無いんだが……」
「じゃ、良いッスよね! 俺、滅茶滅茶やる気出て来ました」

にっこり全開の笑顔で言われて、室井は反論する事が出来なくなってしまった。一つ溜め息を吐くと、

「そうだな、それじゃ、全科目80点以上は取って貰おうか」
「……80点?!」

にこやかに笑っていた青島は、室井のその一言で急に泣き出しそうな顔になった。

「別にお前の成績なら心配無いだろう?」
「そりゃ、室井先生が勉強を教えてくれてんのに、変な点数なんて取れないッスよ。……だけど、今回のテストは俺の苦手な範囲なんです」
「苦手って…何処だ?」
「……此処です」

青島の側に来て訪ねる室井に、教科書を開いて指し示す。それは室井が何度説明しても「理解出来ない」と青島にしては珍しく弱気な発言を漏らしてしまっている科目と範囲内容だった。一瞬何と言って良いか躊躇しつつ、出て来た言葉は実にあっさりとした台詞だった。

「……やり甲斐が出来て嬉しいだろう?」
「先生、酷い」

涙目で訴える青島に、室井はつい彼の頭に手を置いてくしゃりとかき混ぜ優しく言った。

「私がちゃんともっと判り易く教える様に努力するから、頑張れ」

そんな室井に青島は目をパチクリとさせた後、心から嬉しそうに笑った。

「はい」

一度言った発言を撤回する事の出来ない性格の室井だったので、青島に頑張って貰う為に自分も頑張らねばならないと思って出た言葉だった。それを何となく理解して、実は室井も密かに楽しみにしてくれていると言うのが判った青島は喜んで、自然に笑みが零れた。
何故室井と出掛けたいと思うのか、何故同じ様に楽しみにしてくれるのが嬉しいのかと言う問題は深く考えない、まだまだ青い青島少年である。



NEXT4
 






青島君の苦手な科目とは一体何なのでしょうか? 自分で気になります(爆)。
果たしてこの後目標の80点を取る事が出来るのか、室井さんとプールに行く事
が出来るのか、……夏が終わる前に書き終わらないと笑えません(汗)。