踊れ! ピーポー君
- その4-


適当に理由を付けて湾岸署にやってきた室井(外見は新城)は、青島に会えるかも、と言う淡い期待を持ってやって来ていたのだが、此処暫く間の悪い事にすれ違いが重なってしまっていた。仕方なく仕事を終えて帰ろうとしていた所を夏美に会い、又もや応接室で密談する事となってしまっていた。そんな事が度重なって、あの噂が出来てしまっているというのは、勿論二人共知らなかった。

「何か思い出した事、と言われても、私にはさっぱり判りません」

夏美は持って来たコーヒーをテーブルに置いて、椅子に座って可愛らしく首を傾げた。他の男であれば、ちょっとくらりときたかもしれない。

「しかし、あの時彼の側に居て状況を把握しているのは君だけだろう?」

もう何度も聞いている事柄では有ったのだが、手掛かりが掴めない現状では、何か一つでも情報が欲しいのが本音だった。
自分と新城は、もう何度も自分達の記憶を掘り返して考えてみた。しかし、思い当たる事は一つも無く、客観的に見ていた筈の夏美と青島に頼るしか方法は残されていなかったのだ。藁にも縋りたい気持ちというのはこういうのを言うのだろう。限りなく頼りない藁では有るのだが…。

「そうなんですけど…」

う〜んと唸りながらも、一生懸命思い出そうとする姿が微笑ましい。

「あの日は仕事が終わった新城さんと署の廊下で偶然会って、少しお話しながら玄関まで歩いていたんですよね。それで、二人ともその日の夜は用事が無いというのが判って、一緒に食事でもしようって事になったんです。それで待ち合わせをして、その夜レストランに行ったんです」

一つ一つじっくり思い出しながら夏美は話し始めた。

「私の意識が戻った場所は、そのレストランだったな」
「食事をしている最中に、新城さんと室井さんは入れ代わっていたんですよね」

室井はその時の状況を思い出して頭痛がした。
今し方迄青島と一緒に部屋にいて、食事を作っている最中に青島が悪さをし始めて、そのまま流されそうになっていた所で意識は途切れていた。次の瞬間には見知らぬレストランの席に座っていて、目の前に夏美が笑顔で自分に話し掛けているのが見えたのだ。混乱している自分に呼び掛ける夏美の台詞に反応出来なかった。いいなり「新城さん、どうしたんですか?」と言われて、直ぐに反応出来る筈が無かったのだ、幾ら室井でも。
しかし、取り敢えず室井は信じ難い事ではあったのだが、何とか直ぐに状況が飲み込めたが、一番パニックを起こしたのは新城であったろう。気が付いたら知らない部屋で青島に押し倒されていたのだから…。
慌てて電話を掛けて合流し、事態を相談し合って今に至るのだが、あのまま青島が新城(外見は室井だが)を抱いてしまっていたら…と、今でも時々無性に腹が立つ室井だった。無論、青島にも言い分はたっぷりと有るだろうが……。

「私と新城が入れ変わる前に、君に何か新城は話していなかったか?」
「話ですか? えっとですね、先に新城さんが席に座っていらしたんで、遅くなってゴメンナサイって謝って、それで席に座ったんですけど…」
「それで?」
「最近大きな事件も無いから中々会えなくて残念ですって話したら、青島さんの顔を見る事が無くて清々しているって言ってました」
「……」

あんまりに素直な新城の言葉をありのままに話す夏美に、室井は何を言って良いのか判らず黙り込んだ。

「あ、変って言えば」
「何だ? 何か有ったのか?」
「何か有ったって程じゃ無いんですけど。署内で会っていた時に、休憩所で室井さんと青島さんがお話しているのをお見掛けしたんです。それに気付いて新城さんが…」
「新城が?」
「えっと…立ち止まって、…暫くお二人を眺めていたんです」
「……眺める?」
「はい。何だか何時もより無表情で、ちょっと…怒ってるみたいな…」
「……」

眉間の皺を深くして考え込む室井に、夏美はちょっと困りながらも大人しく室井の言葉を待っていた。

「それは何時もの事だろう。あいつは私と青島が一緒にいるのを良く思っていないからな」

ふう、と溜め息を吐く室井に、夏美はちょっと力を入れて言う。

「それは、…そうなんですけど、…何て言うか、少し寂しそうな、悲しそうな表情だったんです。凄く気になって、それで私…」
「それで新城を食事に誘ったのか?」
「はい。勿論理由はそれだけじゃ有りませんけどね」

にっこりと微笑む彼女は、恋する乙女の笑顔だった。

「…新城は幸せ者だな」

ふっと僅かに(新城の顔で)微笑む室井に一瞬ドキリとしながらも、夏美も負けずに言い返した。

「室井さんや青島さんに負けない位、ですね」

愛しい誰かと同じ様な、悪戯っ子の無邪気な笑顔で言われて、室井は苦笑する。

「…そうだな」

しっかりと室井も惚気ていた。

* * *



捕まえた犯人を取調室に入れたは良いが、やはり今迄と同じパターン通りに記憶が無くなっていた。

「俺がこの人形を盗もうとしたって? 何で又、こんな人形を盗まなくちゃいけないんですか、刑事さん」
「……それはこっちが聞いてるの」

溜め息と共に項垂れる青島に、和久はポンポンと肩を叩いて同意をしてくれた。
今回の犯人は、四十二歳の会社員の男で、普通のサラリーマンで妻子もいる、ごく平凡な家庭を持った男だった。嘘をついている様子も無く、本気で不思議そうに首を捻っているのだ。

「もう、勘弁してよ…」

此処数日こんな遣り取りを何回も繰り返している青島としては、いい加減この辺で決着を付けたかったのだが、そう世の中上手くは行かない物で有る。

「よう、お前さん、記憶が無くなる前に、何か変わった事は無かったか? 何でも良いんだ、話してくんねぇかな?」

和久が横から助け船を出してくれた。男は「う〜ん」と唸りながらも、素直に思い出そうと試みていた。その姿を見ながら、ふっと思い出した事を青島は彼に聞いてみる。

「そう言えばあんたさあ、あの人形が有れば金持ちになれるとか言ってたんだよね」

その言葉に二人は徐に青島に顔を向けた。

「何で、そう言う事を早く思い出さねえんだよ」
「和久さんだって今迄忘れてたじゃないッスか」
「年寄りはすぐ忘れちまうんだよ」
「…こう言う時だけ年寄りになるんだもんなぁ」

ぶつぶつと文句を言っている青島を無視して、和久は男に声を掛ける。

「どうだ、何か思い出したか?」
「さあ? あの人形にそんな価値が有るんですか?」
「だから、それはこっちが聞いてるんだってば!」

切れ掛かる青島に、和久は肩をポンポン叩いて宥める。

「有る訳ねえだろ。中身も調べてみたが、綿が入っているだけで、金も覚醒剤も怪しいフィルムなんかも入っちゃいなかったよ」

警視庁としても、あらゆる方法で今迄盗難にあった人形全てを調べてみたが、ただの人形以外の何モノでもなかったのだった。
青島はがっくりしながらも、一応大人しく和久と男の話を聞く事にした。

「だったら盗んだって仕方無いじゃないですか」
「だけど、お前さんは盗もうとしたんだよ」
「何でですかねぇ?」
「だからそれを思い出してくれってんだろ」

傍から聞いていると漫才の様な遣り取りに、もう茶々を入れる気も無くなってしまった青島は、取り敢えず煙草を吸おうと一本取り出して火を付ける。

「あ」

青島のマッチの火を見て、男は声を上げる。

「何だ、どうした?」

和久が声を掛けると、男は暫し考え込んだ後「一週間位前の夜にそう言えば…」と呟いて、和久と青島を見てゆっくり話し始めた。

「最近不景気が続いているんで、俺の会社もとうとうリストラが始まったんですよ。俺は何とか首にはならなかったものの、給料はがくんと減りましたし、ボーナスは無い様なモノでした」
「不景気長いからね」
「公務員で良かったなあ、青島よ」
「……そうでも無いッスよ」
「お前ぇは始末書が多すぎんだよ」
「結構公務員も楽じゃ無いよね」

つい脱線してぼやく青島に、「大変そうですねぇ」と男に同情されてしまった。

「…だから、俺の事は良いんだよ」
「それで?」

不貞腐れた青島を無視して、和久は男に問い掛けた。

「毎日毎日残業して頑張っても、残業代なんて雀の涙程度しか出ないんですよ。子供の教育費もばかにならないし、節約し続けても生活は貧しくなる一方で…」
「そうなんだよなぁ、教育費は辛ぇよな」

うんうんと肯く和久に、「身に抓まされる覚えが有るんだろうなぁ」と声に出さずにそう青島は思った。

「それで、気晴らしにって会社の友人と六本木に飲みに行ったんですけど、その何件目かの店で、誰かがこんな話をしてたのを聞いたんですよ」
「話?」
「ええ。何でも、交番に置いてあるあの人形には、一つだけ願いを叶える力が備わっている物が有るらしいって」
「ああ?」
「はぃ?」

同時に青島と和久は素っ頓狂な声を出してしまった。

「俺も、そんな馬鹿なって思ってたんですよ。その話をしていた奴等も笑ってましたし。だけど、その後人形が盗まれる事件が続いてましたでしょ。少し気になってはいたんですけど、まさか自分がやるとは思ってもみませんでしたね」
「記憶が無いのは何時からなんだい?」
「交番の中に有る人形を見つけてから、あんたたちに取り押さえられる迄の間ですかね」
「……」

考え込んでしまった和久に、青島は頭をがしがしと掻きながら言った。

「やっぱり、人形に何か有るんスかね?」
「鑑識で調べても何も出て来なかったんだぞ。他にどうやって調べろってんだよ」
「じゃあ、後はその噂の真相を調べるしかないッスよ」

青島の台詞に、和久は渋い顔をしながら低い声で呟いた。

「六本木か。奴に聞いてみるかな」
「…そうッスね」

果たして相手が大人しく話してくれるかどうか。溜め息と共に、青島は煙草の煙を吐き出した。


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今回は新城さんだけ仲間外れ〜っておいおい(汗)。しかし室井さんと夏美ちゃん、緊張感が有る様で無い様です。良いな、何だか幸せそうで。他の二人が不憫でなりませんね。今、青島君は事件に夢中ですが…(汗)。果たしてピーポー君の正体はいかに?! 次号を待て。<<もしもし?