踊れ! ピーポー君
- その2-


「じゃあ、あんたは俺が新城さんの身体を抱いても良いって言うんですか?」
「……」

更に眉間の皺を深くして睨み付けられる。

新城さんも確かに眉間に皺を寄せている人だけど、そんなに深く寄せたら跡が残って後々文句言われそうだなぁ。

少々場違いな事を考えている青島には気付かず、そのまま二人の睨み合いは続いていた。幾ら中身が室井でも、全てが彼自身では無いのだから彼にも抵抗は有る筈、と一縷の望みをかけながら説得している青島だったのだが、そんな彼のささやかな願いは残念ながら聞き届けられなかった。

「判った。なら私がするから、君は何もするな」
「……はぃ〜?」

そう言った後、気付かぬ内にじりじりと追い詰められていた青島は、そのままベッドに押し倒された形になってしまった。

「む、室井さん…?」
「君が私を抱け無いなら、私が君を抱けば良い。それなら良いな」

――良くない!

信じたくない程恐ろしい言葉を聞いて硬直している青島の服を、室井はどんどん引き剥がしていく。その作業を呆然と見詰めてしまっていた彼は、はっと我に返って慌ててそれを止める。

「ちょ、ちょっと待って下さい。本気なんですか?」
「当たり前だ」

さも当然と言わんばかりの室井に、だがしかし、ここで流されたら一生立ち直れない気がするから青島も必死だ。

「お願いだから勘弁して下さい! ちょ、やめっ…!」

煩い、と言う感じで唇を塞がれてしまった。

……今、俺ってば、新城さん(の身体)とキスしてるんだよな……。

深く唇を合わせてくる室井に抵抗しようと身を捩るが、反対にほんの少しの隙間から舌を入れられてしまった。

〜〜不覚。

「んっ…」

息苦しさで思うように力の入らない青島に気を良くした室井は、調子に乗ってすっかり青島のシャツの釦を全部外してしまった。

「はぁ…」

やっと唇を離してもらったは良いが、そのまま首筋から胸にかけて室井の……いや、新城の唇が滑り落ちてくる。

ねえ、これって洒落になんないよ。

すっかり体制は逃げられない様に手足を押さえつけられていて、両足の間にしっかりと室井(しつこい様だが身体は新城)の身体が割り込んでいる。本気で抵抗すれば、身体の小さい(失礼)彼を退ける事も出来なくは無いのだが、その後の室井の気を宥められるかは青島には甚だ自信は無かった。
『誰か助けてくれ〜〜!』と心の中で叫んでみたが、例えばここで誰かが現れたとしたら言い訳の仕様が無いのも事実だ。

室井さんとの関係がばれるのもヤバイけど、新城さんと誤解されるのはもっと困るじゃないですか!ってそんな事聞いてくれないんだろうな、この状態じゃ。

もう駄目かも……。

半分諦め始めた青島に、渇を入れるかの様にけたたましく携帯電話の音が鳴った。思いっきり不機嫌な顔をしながらも、室井は渋々と彼の上から離れて電話を取りに行った。流石に仕事かもしれない電話を無視出来る程冷静さは失っていない様だ。

「…新城です」

電話の出方があまりにも室井そのもので、誰も気付かないものなんだろうかと青島は疑問に思った。『まあ、仕事関係者にはそこまでは判らないのかな』と、状況とは全く別の事を考えていたが、ふと現状を思い出し、我に返って慌ててベッドから離れ、乱れた己の衣服を整える。

しっかりスラックスまで下ろされかけているんだから、結構この人も手が早いよね……なんて感心している場合じゃないか。

「何だ、君か」

電話の声を聞いた途端、緊張感が抜けた室井の台詞に『誰だろう?』とつい聞き耳を立ててしまう。新城にかけて来た筈の電話にそんなリラックスした声を出されてしまっては、流石に青島も気が気では無かった。別にこの状況なら聞き耳を立てなくても嫌でも聞こえるのではあるが…。
手持ち無沙汰になった青島は、取り敢えず室井からちょっと距離を置いた所に避難してみる。と、足元に何か当たった。

何だ?

見下げると、何時も署の玄関に座っているピーポー君が目に入った。

何で此処にピーポー人形が?

つい、拾い上げてじっと見詰めてしまった。

誰が持ち込んだんだろう? まさか新城さんの趣味…な訳無いよねぇ。

腕にはめてある腕章を見て、結構芸が細かいな、等と感心しながらピーポー君を弄繰り回して遊んでいると、電話をしている室井に『何やってんだ』と言う表情で睨み付けられてしまった。

「今? 家にいるに決まっているだろう。君にそんな事を言われる筋合いでは無いと思うが? 今からか? ………。判った、何処にいるんだ? …何で今、君が其処にいるんだ。…まあ良い、其処では話し難いから、そのまま家に来い」

電話を切った後、室井は溜め息を吐いた。相手が誰だったのか興味は有ったが、新城のプライバシーだと思って詮索するのは止め、それよりも肝心な事を訊ねた。

「今から誰か来るんですね?」
「ああ」

目線だけを青島に向けて、憮然とした表情で短くぶっきらぼうに応えられる。

「じゃあ、俺はこれで…」

さりげなくピーポー君を棚に並べながら、取り敢えずは助かったとホッとして逃げようとしたのが勘に障ったらしく、更に眉間に深い皺を作られてしまった。

「君も此処にいてくれ」
「…何で?」

自分が新城の部屋にいたら物凄く不自然なんじゃ…と不思議に思ったが、次の言葉で理解した。

「今のは新城だ」
「……」

どうやら青島の貞操は保たれそうだが、憂鬱な夜はまだまだ続きそうだった。

* * *



室内の重苦しい空気とは裏腹に、軽やかなチャイムの音が鳴り響いた。立ち上がってドアを開けた室井は、外にいる人物を室内に迎え入れた。

「失礼」

玄関に足を踏み入れた新城(でも身体は室井)は、青島と目が合ったがジロリと睨んだだけで、その後に続く女性を先に部屋に入れさせていた。

「お邪魔させて頂きます」

ペコリとお辞儀して入室してくる人を見て、『あれ? 何で篠原さんが?』と思いつつも、きょろきょろと辺りを物珍しそうに眺めていた彼女に、青島は笑顔で挨拶した。

「こんばんは、お疲れ様」
「こんばんは、青島さんもお疲れ様でした」

夏美もにっこり笑って、青島の隣にちょこんと座った。彼女が座った場所に他意は無いと思われるが、新城と室井にジロリと睨みつけられてしまう青島だった。

「な、何か飲みます? コーヒーでも入れてきましょうね」

慌てて立ち上がった青島に、夏美は「じゃあ私も手伝います」と言って立ち上がりかけたのを制止する。青島もこれ以上二人に睨まれたくは無いのだ。
慣れない部屋の台所で(室井と同じ官舎内なので間取りは判るのだが、小物等の置いてある場所が違うので多少戸惑っている)コーヒーを煎れている間、三人はじっと黙ったままだった。室井と新城が睨み合っていて、夏美はそれをにこにこと眺めている。

…何がそんなに楽しいんだろう?

四人分のコーヒーを持って、今度は青島が室井の隣に座る。席を立った後、彼の座っていた席には新城が座っていたからだった。

…そんなに警戒しなくたって良いじゃん。

室井は更に夏美の前に座っていて、まるで青島と夏美の距離を少しでも離そうとしているかの様だった。

何でこう、信用無いかなぁ。

つい溜め息が零れてしまう青島だったが、他の連中からしてみれば当然の処置、という所なのだろう。何せ、彼女は何故か『青島に憧れている』という事らしいので。

「それで、こんな時間にわざわざ何の用だ」

一応、青島が席に着くのを待ってた様で、座った途端開口一番に室井が言った。

「私が室井さんに用なんて、他に無いでしょう」

ムッとして新城が応える。

「何か良い案でも浮かんだのか?」

余り期待していない風に室井は聞く。

「そんな簡単に浮かぶ様だったら、こんな苦労はしていませんよ」

それはそうだろう。室井は静かに眉間の皺を深くし、新城を見据える。

「だったら何しに来たんだ?」
「貴方方が、ちゃんと今の立場を理解しているのか確認しに来たんですよ」

ジロ、と新城は室井と青島を交互に睨み付ける。その言葉に身に覚えの有る彼等は内心ドキリとしたが、何とか表面上は何事も無かった様に見せられた。

「…随分信用が無いんだな」

焦りを隠して静かに言った室井に、新城が辛辣な追い討ちをかける。

「私の部屋に彼がいる、と言う時点で信用出来る筈無いんじゃないのですか?」
「……」

それはまあ、そうだろう。しかし青島は「それってちょっと酷くない?」と黙ってしまった室井をちらりと見る。少し傷付いたのではあるが、それでも賢明にも口に出しては言わなかった。

「そういう君も、特捜が立つ様な事件も無いのに湾岸署へ何の用で行っていたんだ?」
「それは…」

冷たい室井の台詞に、今度は新城が言葉に詰まる番だった。
確かに彼が湾岸署に行っていたのなら、夏美が一緒なのも頷けると青島は思った。が、何故此処に彼女迄が来る事になったのかが判らなかったので、疑問をそのまま夏美に問うた。

「君は何で新城さんと一緒に?」

すると彼女はにっこりと笑顔付きで言った。

「青島さんが署にいなくて、新城さん困っていたみたいだったので声を掛けたんですよ。そうしたら、室井さんに会いに自分の家に行くって言うんで、面白そうだから付いて来ちゃいました」

あっけらかんと話す彼女にちょっと眩暈を感じながらも「あ、そう」と多少引きつった笑顔で対応する。眉間に皺を寄せて頭痛を押さえる二人は、とりあえずその件に関しては置いておく事にした様である。

「誰かにバレたりしてはいないでしょうね?」

気を取り直して、新城が話を進める。

「当然だ。仕事も滞りなく進んでいる。君の方は大丈夫なのか?」

室井は、確かに仕事に関しては安心だろう。何せ昔取った杵柄なんだから。

「私を誰だと思っているんですか。管理官の仕事に比べたら、あんな仕事、一日もあれば充分順応できますよ」
「…そうだな」

室井も簡単に肯いたが、「そういうもんか?」と青島は内心首を捻っていた。
本人達は自覚が無い様だが、周囲の人間は確実に変だと思っている事だろう。二人のやり方は特徴有る上、方法が違い過ぎるのだからバレバレなのだが…流石に二人の身体が入れ代わっているとは思わないので、どういう心境の変化なのだろうかと遠目で様子を伺っているのだと思われる。

「だったら問題は無いだろう。他に何かあるのか?」

室井が、苛々した様に言う。他の問題と言ったら…。

「貴方方が一緒にいると言う事が、一番問題有る様に思うのですが? …私の身体で変な真似をされては困りますからね」

図星を指されて、二人は一瞬言葉に詰まってしまった。案の定、新城は冷たい目で睨んでいる。

「普段の貴方方が何をしていようが、私には関係ありません。ですが、私の身体でいる以上は慎んで下さい」

何を、とは言えない二人だった。青島にとって、新城の言葉は今回ばかりは有り難かったのではあるが、室井は不本意そうだった。

「そういう君は大丈夫なのか?」
「貴方方と一緒にしないで貰いましょうか」

きっぱりと言い返されて、二の句が告げなくなってしまった。
新城は徐に立ち上がって、

「そろそろ失礼する」

と言った。

「え、もうですか?」

と呑気な声を出す夏美に、新城は生真面目に言い聞かせる。

「女性がこんな時間に何時迄も外出しているものではないだろう。親御さんが心配する。家まで送って行こう」

意外とフェミニストな新城は、名残惜しそうな彼女を急っつきながらも、後ろを振り向いて青島を睨んだ。

「君も、だ」
「…はぃ?」

青島と室井は顔を見合わせた。

「言っただろう、私の身体でいる以上は慎んでくれと。君が室井さんの側にいたら、私は何時までも安心出来ない」

確かに、不本意では有るが、尤もでは有る。

「必要以上に会わないで下さい。変な噂が立ったら責任取ってくれるんですか?」
「……」

冗談とも本気ともつかない新城の台詞に固まっている青島を余所に、室井は憤った風で言い返す。

「それは、元に戻るまで会うなと言う事か?」
「…戻らなかったらどうするんですか?」

玄関で靴を履いていた夏美が、一番考えたくない事を続けて言うその言葉に、三人は固まってしまった。

「絶対元に戻ってやる」

室井と新城の、珍しいその妙にハモった台詞は、恐い位にマジだった。


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此処迄読んでいると、まるで室青(新青?)の様ですね……。青島君はずっと受難続きです。そして反対に夏美ちゃんは最強な立場だったりします。夏美>新城=室井>青島って感じでしょうか。可哀想な青島君…(爆)。