踊れ! ピーポー君
- その1-


「君の私への愛はその程度だったのか」

眉間にマリアナ海峡並みの皺を寄せて睨み付けてくる彼に、頭を押さえつつも青島はもう何度目か判らない程繰り返している説明を再度口にした。

「あのね、そんな事言ったって、そういうのは本人の許可無しに出来る訳無いでしょう?!」
「許可が有れば出来るのか?」
「……お願いですから、勘弁して下さい」

項垂れて懇願する青島を一瞥し、納得いかないという風にムクれる。しかし、こうでも言っておかないと本当に許可を取りに行きかねない彼に、しっかりと釘を差しておかなければならない自分の立場も判って欲しい、と青島は思う。
確かに『青島俊作』は『室井慎次』を愛していた。こんなにも人を好きになったのは生まれて初めてだと、胸を張って断言出来る位惚れ込んでいた。
……だが、それとこれとは別問題なのだ。

「なら、この身体の私は抱けないが、私の身体のあいつは抱けるのか?」

――駄目だ。目が、据わっている。

「……恐い事言わないで下さい」

半分泣きそうになりながら許しを請う青島は、きっとこんな事になってしまって一人で悩んでいるだろう室井を心配し、少しでも気が紛れるなら(単に会いたかったという観は否めない)と頑張って早く仕事を終わらせて、彼がいる『新城の部屋』に来ていた。だが、その彼自身は既に開き直っていて、どうやら問題はそんな事ではなくなっていた様だ。その事に、青島は深く後悔していた。

そう、信じられない事なのだが、室井と新城の身体は入れ替わっていたのだった。

* * *



「どうしてこんな事になったんだ……」

もう何度目かになる溜め息をついて項垂れている彼に、同情しつつも好奇心の方が勝ってしまうのは仕方無いだろう。

だって他人事だし。

そんな事を考えていると知られたら恐い事になりそうだが、それ所では無い彼は真剣に頭を悩ませていた。

見た目はしっかり室井さんなのに、やっぱり何処と無く違うのよね。

じ〜っと見詰める熱い視線(ちなみにこの場合、青島だったら「不躾な」になる)に、流石に気付いた彼は怪訝そうに訊ねる。

「何だ?」

不機嫌丸出しの表情で睨み付けられても怯まない人間は、この湾岸署の中でも極少数になるだろう。
今日はいつもより特に不機嫌だったので、彼がここに訪れて来た時点で他の署員はあまりの怖さに誰も近付けないでいたのだが、恐いもの知らずの彼女『篠原夏美』はあっさりと声を掛けてこの応接室迄引っ張り込んだのだった。

「え? えっと、意外と睫が長いんだなって思って」

にっこりと悪びれる事なく答える彼女に、又深い溜め息を吐く。

「……こんな顔を観察していて楽しいか?」

苦い顔をして言う彼に、元気良く返事を返す。

「はい。普段こんなに近くでじっくり眺める事なんて出来ないですもん、今のうちに堪能しておかないと勿体無いじゃないですか」
「……」

何やら胸がムカついてきたな、と彼が思っていると、その後に彼女は当たり前の様に付け加えた。

「でも、やっぱり新城さんが一番可愛いですけどね」
「……」

誉められるのは嬉しいが、「可愛い」というのは不本意な彼であった。
彼『新城賢太郎』は、先日から何故か室井の身体と入れ替わってしまったのを何とかしようと、毎日よく働かせている頭をフル回転させて考えていた。しかし、何事も前例の無い事は、そう易易と改善策等思いつく筈もないのであった。

「そんなに悩んでいても仕方無いですよ。大丈夫、そのうち元に戻りますって」

まるで何処かの誰かの様な魅力的な笑顔全開で、根拠の無い自信を持って励まされても、『はいそうですか』とは中々思えない頭の固い新城だった。
一人で考えているとどんどん深みに沈んでいってしまうのを恐れて、誰かに相談しようと思ったまでは良かったのだが、わざわざ恥を忍んでこの湾岸署まで出向いて来たのに(まあ、姿は室井なので、度々理由をつけては来訪している前例故に署員には不自然に思われないのだろうが)事情を知っている青島は既に帰宅しており、自分の姿をした室井に会いに行くにはそれ以上の勇気が必要だったので、途方に暮れているその時に彼女に声を掛けられたのを幸いと、事情を偶然では有るが知っている夏美に愚痴を零す位しかなかったのだが…やはりあまり意味は無かった様な気がしてしまう。

「でも、その姿でデートとかしたら、周りに変に誤解されちゃいますよね」

何気ない彼女の台詞に、新城は目を見開いた。
室井の方は、まだ良い。誤解されるとしても相手は女性である。しかし、自分の身体を持った室井の相手は……。

「え」

ガタン!

いきなり立ち上がった新城は、部屋の隅に置いてある電話を使って何処かに連絡をしようと急いで釦を押し始める。そんな彼を不思議そうに眺める夏美だった。

頼む、俺の身体で変な真似をしていないでくれよ、室井さん!

青島、ではなく室井が、というのが、彼がよく二人を観察していた結果と言えよう。何故なら、青島はよく暴走するのだが、案外見掛けに依らず常識家であるのに対して、室井は青島の事となると常軌を逸する事がしばしば見受けられた。加えて、余りに常識から外れた事柄に対しての開き直りが半端では無く、何処まで非常識を受け入れてしまうのか、彼のキレ振りは未知数であるが故に、新城にとっては想像するのも恐ろしかったのだ。


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何時にも増して壊れたキャラクターばかりですが、こんな話に限って長いんです。あ、暖かい目で見守ってやって下さい…。m(_ _;)m