- IMMATURU 1 -
  

暗い取調室の中で、数人の男達が息を殺して耳を欹てていた。

『俺、あんたと会った事有りますよ』

電話から聞こえる、音声の変えた声。口調はあくまでも軽いのだが、侮ってはいけない。相手は今現在、最要注意人物なのである。
その声の、言葉の意味を考える。しかし、どんなに思い返しても、電話の相手をしている己には身に覚えが無かった。

「……私は知らない」
『あんたは覚えている筈、でしょ』

さらりと言い返されて、俺は首を捻る。

「……?」
『あんな風に人を見詰めておいて、忘れちゃった訳? 酷いなぁ』
「何を言っ…!」

茶化した様な言い方に、ふざけるな、と返そうしたその時、…だが、思い当たる事が一つあった。

まさか、あの時の――?!

「君は――」
『又電話しますね』

プツッとそこで電話は切れてしまった。まるで、知り合いか友人からの電話の様な切り方で。

「駄目です。場所特定出来ませんでした」

逆探知の機械操作をしていた一人が、溜め息を吐きながら言った。

「どういう事だ?」

側に居た一課長が、訝し気に俺を見て問い掛ける。

「あれは『会った』と表現するのに適当ではありません。…あれを『会った』と言うのなら、此処に居る全員が『会った』事になるでしょう」
「誰なんだね?」
「――先月、警視庁のパソコンを整備していた社員の一人に、『青島』と言う名前の男が居たのを覚えていますか」
「青島?!」

* * *


耳に心地良い、低いけれど明るい声音。成熟した男の声なのに、僅かに子供っぽさを残している。つい、我知らず聞き惚れていたらしい。

「室井管理官?」

ぼうっとしていたのがばれて、側に控えていた部下の一人に不信がられてしまった。表情には出さずに苦笑しながらも、平然と打ち合わせを進める。そうだ、ぼんやりとしている暇は無いのだ、…今の俺には。

半年程前、港区麻布で無差別殺人事件が発生した。緊急で特総本部がたてられたのだが、犯人を特定出来る有効な証言も無く決定的な物的証拠も現れないと、なかなか捜査が進まない時に電話で密告が有ったのが始まりだった。
その情報を元に事件は解決したが、その後もその電話は度々情報を流して来て、その的確な情報内容には警察も舌を巻いていた。しかし幾ら良い情報だとは言え、情報収集の方法が違法で有るハッキングからだと堂々と白状されては、警察の面目も丸潰れだった。警察に協力してくれているとは言え、彼も又被疑者の立場なのだ。躍起になってその人物の調査をしても証拠は一切出ず、今だに正体は不明のままだった。情けない事に判っているのは『青島』という名前(これすらも本人が名乗っただけで、実際は偽名であろうと思われている)と、調べた情報は警察に流してくるだけでなく、時には警察を通さず新聞や雑誌記者に直接情報を流す事も有る、と言う事位だ。彼の連絡してくる事件は大抵捜査が難航している物で、早期解決しないと民間人に被害が増える可能性の高い物が主だったので、世間では彼は英雄扱いだった。
それだけでも警察は苦い思いをしていたのだが、先日警視庁のデーターをハッキングされて、いけしゃあしゃあと『警察のセキュリティ、なってないですよ』などと意見迄言ってきたので、上層部からこの捜索の指揮担当に自分が指名されたのが、つい先日の事だった。

「ちょっと、こっちも頼むよ、青島君!」

いきなり出て来た『青島』と言う名前に、俺も捜査員も反射的に振り向いてしまった。

「はい、今行きます」

少々遠目で判り難くはあったのだが、目を凝らして今『青島』と呼ばれた人物を観察してみる。
サングラスをかけているが、良い男なのだろうと予想出来る程度に整った端正な顔立ち。大分大き目のジャンパーを羽織り、中にトレーナー・ジーンズにスニーカーという出で立ちで、作業の為なのか薄い手袋をはめている。体格は大きめの服の所為で判断し辛いが、均整のとれたなかなかの長身だった。
しかも、返事をした声は先程まで自分が聞き惚れていたモノだった。

「こんな所で『青島』なんて名前の奴が居るなんて、洒落にならないよな」
「全くな。だけど幾ら何でも『青島』って言う名前が本名の訳ないだろ」
「そりゃそうだ。例え本当に『青島』って言う名前が本名だったとしたって、『青島』と言う名前の人物を端から任意同行してたら持たないぜ」
「そうそう」

囁き合う捜査員の台詞に心の中で苦笑しながらも、俺の目は彼を追い続けていた。
帽子を被ったままなので判り難いのだが、青色の入った髪を肩まで下ろした髪型をしている。(今時流行の帽子付きウィッグなのだろうか?)他の連中も似たような髪型をしているので、きっと作業員はあれで普通なのだろう。更に長めの前髪の所為で見え辛いのだが、笑顔を絶やさない表情が見え隠れし、あちこちで呼ばれる度に大きな体を軽やかに動かしている。一見軽薄そうに見えるのだが、回りの人間の表情を見ていると、なかなか信頼されている人物らしいと判断出来る。人当たりも良さそうだ。

人付き合いの下手な俺でも、彼となら上手く話が出来るのだろうか?

そんな愚にも付かない事を考えていたら、じっと見詰めてしまっていたらしい。彼が急にこちらに顔を向けて振り向き、視線が合ってしまった。

「―――」

どきり、とした。

一瞬固まってしまった俺を不思議そうに見て、それから全開の笑顔を向けられた。
遠目で見ても充分な魅力を持った笑顔だったから、眼鏡を外した状態で間近に見てしまった場合は、果たして平静を装おう事が出来ただろうか?

「どうされました、管理官」

動揺を完全には隠しきれなかった俺に、書類を持ってきた部下が声をかけてくるが、

「いや、何でもない」

と答えて目を逸らす事しか出来なかった。顔は幾分赤くなっていたかもしれない。
相手は男だというのに何を焦る必要が有るんだと思いはしたが、一度速くなった動悸はなかなか静まってはくれず、動揺を抑える事だけで精一杯で、その後もまだずっと自分を伺っていた彼の視線にはその時気付かなかった。


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タイトルは浜崎あゆみサンの「immaturu」から頂きました♪(まんまや)
話の内容も結構イメージ通りだと自分では思っているのですが、これだけ
ではあってるんだかないんだか判りませんね。しかし事件モノは辛い…。



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