恋の行方
- No.2 -



ミニパトでの巡回が終わった夏美は、車から降りた後に「う〜ん」と言いながら大きく腕を伸ばした拍子に欠伸も一緒に出てしまった。その姿を見て、同行していた妙子が噴き出して笑っていた。

「お疲れ様。今日は私が車を戻して来るから、先に休憩してきて良いわよ」
「あ! 済みません」

先輩の優しく申し出た言葉に恐縮しつつも甘えて、夏美はそのまま正面玄関を通り、取り敢えず交通課の部屋へと向かって歩き始めた。ロビーを通って階段を登ろうとした夏美は、ふと自分の名前を上から呼ぶ声がしたのに気付いて、足を止めて振り仰いだ。

「夏美ちゃん!」
「はい? …あれ? すみれ先輩、どうしたんですか?」

早く早くと手招きするすみれの姿を目にして、夏美は首を傾げて訊ねた。ぼんやりと立ち止まってしまった夏美に焦れて、すみれは下迄降りて来て、いきなりがしっと夏美の腕を取り、引っ張って階段を登る様に即した。

「あ、あの、すみれ先輩?」
「夏美ちゃん、急いで!」
「ど、どうしたんですか?」

すみれの切羽詰まった行動に、夏美は訳が判らず質問した。

「今、室井さんが来てるのよ!」
「ええっ!!」

二人は顔を見合わせ頷くと、そのまま刑事課の部屋迄全力疾走で走って行った。凄い勢いで階段を登って行く二人を、他の署員達は避けて呆然と見送っていた。
階段を登りきった二人は、丁度喫茶室から出て来た青島と目が合った。

「……何、二人とも息切らしてんの?」

呑気な調子で不思議そうに言った彼を、すみれがきっと睨んだその時。

「あ、青島君! 今迄何処に行ってたんだい」
「あ、課長…」

目の前の刑事課の部屋から出て来た課長に名前を呼ばれて、肩を竦めて苦笑いしつつもサボっていた言い訳をしようとした青島は、その課長の後ろに立つ人物に気付いて叫んでいた。

「え? 室井さん!」
「…青島」

驚きながらも嬉しそうに笑って近寄った青島に、室井も僅かに表情を緩めた。しかし、限り無く無表情に近かったので、その表情の変化に気付いたのは青島だけだったが。

「どうしたんスか、今日は? 何か事件でも起こったんスか? あれ? でも今日は室井さんだけなんスね?」
「いや、今日は大した用事じゃ無いんだ。先日借りていた資料を返しに来ただけだから」
「資料?」
「ああ」

苦笑した室井に変わって、課長が手に持っていた封筒を見せながら言った。

「これをね、室井参事官自ら届けて来て下さったんだよ」
「…それって確か、この間新城さんが「至急持って来い」って言って、俺に本店迄届けさせた資料じゃないスか。何でそれを、新城さんより上司である室井さんが返しに来るんですか?」

幾分怒った様な口調の青島に、室井は少し言い篭った後小さく言った。

「いや、これは私が自分から申し出たんだ」
「……はぃ?」

「何で?」と首を捻った彼を見て、室井は目を反らしながら言い訳する様に呟いた。

「今日はたまたま手が空いていたんだ。それで、ちょっと捜査の手伝いをしていたら、新城に『そんなに暇なんだったらこれを届けに行ってくれ』と言われた」
「……」
「その場に居た周りの連中は、自分達が行くからと言ってくれていたんだが、どうせ手も空いていた事だしと思って…」
「……引き受けちゃったんですか?」
「……いけなかったのか?」

大きく溜め息を吐いた青島の様子に、室井も自信無さそうに訊ねていた。

「新城さん、驚いてたでしょう?」
「呆れていたな」
「……そりゃそうっスよ。単なる嫌みで言っただけなんでしょうから」

青島はがっくりと頭を垂れてしまった。新城は完璧に嫌味で言ったのだろう。だが、室井は青島に会う切っ掛けが出来たのをこれ幸いと、素直にその言葉に従ってしまったのだ(仕事も無いしね)。青島も室井に会えて嬉しいと感じてはいたが、今度新城に会った時の自分の立場を考えると多少不安になってしまってもいた仕方ない事だろう。次の『新城嫌がらせ防御対策』を考え黙り込んでしまった様子の青島を見て、室井は困った顔で眉を顰めた。そんな様子の室井に気付いて、青島は安心させる様にいつもの笑顔を向けて明るく言った。

「まあ、良いですよ。そんなに気にする事じゃありませんから。それじゃ、用事はもう終わったんですね? 課長、俺、車を用意して来ます」
「あ、ああ、頼むよ、青島君」
「え? いや、青島!」

課長に許可を貰った青島は、急いで階段を降りようとしたのだが、それを室井は慌てて呼び止めた。室井の声に、青島は途中で足を止めて振り向いた。

「何スか?」
「私は電車で帰るから、気にしないでくれ。君は…仕事が有るだろう?」

相変わらず生真面目な室井の台詞に苦笑しつつ、首を振って言った。

「今は俺も手が空いているんですよ。それに、課長命令ですから」
「しかし…」

うんうん、と胸を撫で下ろしている課長を横目で見つつ答えた青島に、それでも躊躇している室井に向かってにっこり笑って言った。

「直ぐ廻してきますんで、玄関で待ってて下さいね」

相変わらずの魅力的な笑顔でそう言って階段を降りて行く青島を見送った室井は、軽く溜め息を吐きつつも、何処か嬉しそうだった。ふと室井は我に返って、自分達の様子をじっと見詰めていたらしい夏美とすみれの視線に気付き、一瞬怯んだ。コホンと咳払いをした後、そそくさと階段を降りて行ってしまった。課長もそれに気付いて、慌てて室井の後を追い掛けて階段を降りて行った。
一部始終を見ていた夏美は、すみれに向かって小さな声でぼそりと呟いた。

「…すみれ先輩」
「何? 夏美ちゃん」
「やっぱり、参考にはなりませんでした」
「……」
「私、交通課ですもん、新城さんを車で送る事なんて出来ないですよ」
「……」
「それに…」

じっとすみれを見詰めた夏美は、眉間に皺を寄せた状態で言った。

「あの二人、ラブラブ過ぎます」
「……そうね」

二人はちらりと階下を覗き、玄関に向かう室井の後ろ姿を見て、互いに大きな溜め息を吐いてしまった。



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またもや新城さんが出て来ませんでした〜(泣)。名前は出ども、姿は見えず…。
『新城×夏美』な筈が、今回は単なる『青室』でしたね。す、すみません、新城さ
ん!(と一応謝っておく)次回こそは必ず!!…多分、ね。