RUSH! /1

「ねっ! ねぇ、青島君」

刑事課部屋に入った途端、青島はすみれに笑顔で呼ばれて手招きされていた。それだけでも嫌な予感がしてしまうのは、今迄の経験からすると仕方無い事なのだが、更に今回はすみれの周りに刑事課の人間がやたらに集まっており、すみれの声に皆の視線が一斉に自分に向けられたのだから、警戒するなと言う方が無理な話だろう。

「……何?」

怪訝そうに怯みつつ自分の席に戻った青島は、鞄を無造作に机の上に置いて顔を向けた。

「良いモノ見せてあげようか?」

にんまりと笑って一枚の写真をピラピラとさせるすみれに、青島は眉間の皺を寄せて恐々と問い掛ける。

「何、変なモノ写ってんじゃないの?」

そんな警戒心だらけの青島に、真下が興奮した状態で話し掛けた。

「変なモノなんてとんでもない! これは貴重な写真なんですよ、先輩」
「私も驚いちゃいました。あの人の意外な一面を見たって言うか」
「……雪乃さん?」

真下に続いて目を輝かせながら話す雪乃の台詞に、青島はすみれの手にした写真につい視線を向けてしまう。

「はい」

差し出された一枚の写真を受け取り、徐にそれを見遣った。其処には短距離走でのゴールの瞬間が写されており、その数名の人間の中で一番にゴールをしている人物に目がいった瞬間、青島は目を丸くして驚いた。

「……む、室井…さん?」
「そ、室井さん」

息を飲んで呟く青島に、すみれはあっさりと頷いて答えた。

「よくこんな写真を手に入れる事が出来たね、真下君」

青島の後ろから写真を覗き込み見つつ、魚住が感心しながら言うと、真下は得意そうな顔で笑った。

「いえね、父がちょっとした用事で警察学校に行ってたんですけど、其処で仲の良かった職員と昔のアルバムとかを見て語り合っていたらしいんですよ。で、その中に室井さんが研修中に授業で走っていた現場の写真を見付けてですね…」
「真下さんが室井さんを慕っているのを思い出して、本部長が貰って来て下さったんですか?」
「ビンゴ! 雪乃さん、するどい!」

指を立てて大袈裟に褒める真下に、『するどいって、それしか考えられないじゃないか』……と心の中で呟く青島達だった。

「それにしても、この室井さん若いですね」
「そりゃあ、その写真は室井さんが警察学校に居た時のモノですから、当然今より10年は若いですからね」

青島の隣に立って、写真を覗き込む為に顔を近付けた雪乃に慌てた真下は、青島に情けない顔でサインを送りつつ答える。それに気付かない青島の代わりに、呆れた表情を向けつつ、すみれはひょいと青島の手から写真を取り上げ、雪乃と一緒にしげしげと見詰めた。

「若い室井さんって言うのも新鮮だけど、意外と足が速かったんだって方があたしは吃驚したかな」
「キャリアの人って、足はそんなに速くなさそうですものね」

雪乃の何気ない台詞に、「……確かに僕は足速く無いですけど」と気落ちしながら呟く真下だった。

「青島君も、結構速いんだったわよね、学生時代」

再び青島に写真を手渡したすみれは、徐に話しを向けた。受け取った写真をじっと見詰めながら、青島は素直に頷いた。

「まあね。サークルには入ってなかったけど、試合とかになると助っ人で出場してたりする位には速かったかな」
「室井さんと走ったら、どっちが勝つと思う?」

人の悪そうな笑みを向けて言うすみれに気付かず、青島は当然とばかりに答えた。

「俺に決まってんじゃん」
「…自棄に自信があるな?」
「だって、俺は未だに毎日外で走り回ってるけど、あっちは走るどころか歩く事だってそうそう無いって感じじゃん? 競走するまでも無く判るって……へ?」

いきなり間に入った聞き覚えのある声に、青島は恐る恐る後ろを振り向いた。

「む、室井さん?!」

トレードマークの眉間の皺をいつもより更に深くして、姿勢良く真直ぐ立っている室井に気付き、青島はつい後ずさって焦ってしまった。

「な、何で湾岸署に?」
「仕事だ。…これは誰の物なんだ?」
「あ、僕のです」

青島から取り上げた写真を一睨みした後室井が問うと、真下が素直に返事をした。そんな天然な彼に溜め息を吐くと、室井は写真を自分の胸ポケットに入れて睨み付けた。

「他人の写真を断わりも無しに持ち歩くのはプライバシーの侵害だな。没収させて貰う」
「ええっ、そんなぁ」

情けない声を出す真下に、青島は責任を感じつつもあまり同情していなかったりする。室井の写真を持ち歩かれる等、青島にとっては只でさえ気持ち良いモノでは無いのに加え、自分の知らない頃の彼の写真を真下なんぞが持っているなんて許容出来るモノでは無かった。……勝手な男である。

「それで君は、今の私は運動不足で走るのが遅いと、そう思っているんだな?」

不機嫌そうに話を蒸し返した室井に、青島は一瞬目を見開いたが、直ぐにニヤリと不敵に笑って言い返した。

「そうだと言ったらどうします?」

挑戦的な青島の台詞に、室井の眉間がピクリと動いた。

「ちょ、ちょっと青島君」

袴田課長が慌てて中に入って取り繕うとするが、その前にすみれがふいっと割って話し掛けた。

「だったら、確かめてみれば良いじゃない」

ハラハラと行方を見守っていた周りの人間達は、互いに顔を見合わせて首を傾げた。

「署の裏に、丁度良い距離の直線な道があるでしょ。其処で二人が走ってみれば、どちらが速いか一目瞭然だと思うけど?」
「す、すみれさん!」

平然と言うすみれに、流石に雪乃は慌てて止めようとした。が、言われた方の青島と室井は互いに睨み合った後、颯爽とした足取りで廊下に向かって歩いて出て行ったのだった。その後を呆然と見守っていた周りの人間は、慌てて後を追い掛けた。

「これは面白い事になったわね」

悪戯な笑みを零して言うすみれに、雪乃は呆れつつもクスリと笑って言った。

「行きましょ」
「ええ」

かくして、湾岸署の裏手で、キャリアとノンキャリの短距離走が急遽決定したのであった。


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自分は前置きが長いと言う事をつくづく実感致しました(泣)。
しかも考えていた路線と違う方向に向かっている気がしないでも
ないんですが……。御免なさいと謝りつつ、続きます(爆)。