棋聖再降臨 幽霊編 5、5
その後の塔矢家
「お父さんからメールが届いた時は本当に驚きました。いつからメールを送れる様になったんですか?」
アキラは主に仕事の連絡用として携帯を常備していたが、用事があればかけてくれて構わないと友人及び家族に伝えていた。だが行洋は携帯に電話をかけるのが苦手だったので、今まで用件は全て母から連絡されて、アキラは一度も父から連絡を貰った事が無かった。
メールを送る等と言う高等技術は勿論論外だったのだが、念の為にとアドレスは行洋が使用しているネット碁専用パソコンにメモを貼っておいていた。設定は全てしてあるとは言え、しかし行洋からメールが届くとは考えてもいなかったので、本日携帯にメールの着信があった時には我が目を疑ってしまったアキラだった。
そんな息子の驚きに薄く笑い、少し自慢げに言った。
「最近だよ。なに、なかなか便利なモノだな。これが出来ればいつでも佐為さんと対局の約束が出来るのだからな」
「佐為さんと? 彼もメールが出来るんですか?」
彼と連絡を取りたい為だけに勉強したのだろうか? あまりの父らしさに納得しつつも、しかし佐為は幽霊なのだからメールを読んだり打ったり等出来る筈が無いのでは?と思って訊ねる。行洋は至極尤もな事だと頷きながら、さらりと答えた。
「いや、返事を打っているのは進藤君だ」
「進藤のアドレスを知っているんですか?!」
アキラは行洋の言葉に心底驚いた。いや、ヒカルが携帯を持っている事も知っていたし、メールのやり取りもしているのを目撃した事はある。
「ああ、先日携帯の番号と一緒に教えて貰った」
「……!!」
アキラはショックで黙り込んでしまった。佐為の為にヒカルがそうしたのだろうと言う事は理解出来る。出来るのだが……。
ボクだって、教えて貰って無いのに…!!!
ヒカルが打った(佐為からの)メールを嬉しそうに見せてくれる父に、生まれて初めてジェラシーを感じるアキラだった。
その後の進藤家
(ねぇ、ヒカル。行洋さんから返事は来ましたか?)
「……来てねェよ」
ムスッとした表情でそう答えるヒカルに、佐為は不思議そうに首を傾げる。
(ヒカル、何怒っているんです?)
「…別に怒ってねェよ」
(怒っているじゃありませんか。ホラ、此処に皺が寄っていますよ)
つんつんと己の眉間に指差して少し難しい顔をしてみせる。ヒカルは小さく溜息を吐くとふいと視線を外してしまう。
(ねェ、ヒカル。もしかして私が行洋さんと連絡を取り合う事、迷惑に思っているのですか?)
「ち、違うよ!」
図星を指されて慌てて否定する。佐為は疑わしげにじっとヒカルを見詰めた。
(だって、ヒカルってば行洋さんの話になると不機嫌になるじゃないですか。やはりヒカルの負担になっていたのですね。それでしたら…)
「違うって! そうじゃねェんだ、そうじゃ。ただ…」
俯いて言い篭るヒカルの様子に首を傾げ、そっと顔を覗き込む様に近づけた。
(ただ?)
間近に現れた佐為の顔に、一瞬息が止まりそうになる。漆黒の瞳でじっと見詰められ、その場しのぎの嘘も思いつかずにヒカルは本音を小さく漏らす。
「………オマエと塔矢先生が仲良くしてんのが面白くねェだけだよ」
(?)
判って無さそうな佐為にヒカルは益々不貞腐れる。
「オマケにオマエ、『行洋さん』とか呼んでるし」
(え、だってそれは…塔矢さん、だと塔矢と混乱してしまうからって事でそうなったのでしょう? ヒカルだってそれで良いって言ったじゃないですか)
「判ってるよ」
(でしたら…)
「判ってるけど、面白くないんだよ!」
ヤケになって本心を思い切りぶちまける。開き直ったヒカルは「文句あるか」と言いたげに佐為を睨んだが、当の佐為はと言えば嬉しそうに微笑んでいた。
(……ヒカルは我侭ですね)
「悪かったな!」
(大好きですよ、ヒカル)
「………」
うっ、と言葉を詰まらせ、赤くなりかけた顔を慌てて背ける。
佐為は言葉を惜しまない。その言葉が自分をどれだけ舞い上がらせるかなんて、きっと欠片も気付いていないのだろう。
オレもだよ、と言う言葉は心の中だけで呟く。言葉を惜しまないと言う決心はしたけれど、佐為の言う『大好き』はヒカルのそれとは意味が違っていると確信しているし、だからこそ気軽に答えて良いのだと思うけれど、冗談で誤魔化した様には言いたく無かった。言うのなら、本気で言いたかった。
けれどまだ、声に出して伝えられる程自信が持てないから。
それでもいつかは…。
「いつか、言うから」
(…? 何か言いました?)
「何でもねぇよ」
20040406