17(18の不在)
街には18のバラバラ死体を見たという噂が流れ始めていた。最近その姿を見かけなくなった18はどこかの部屋で生きながら無残にも因数分解されたのだとか、路地裏で素因数の2がごみ袋からはみ出していたのを見たとか、野良犬が3を口に咥えたまま走り去っていったとか、解体されたビルの中から9が見つかったなどという噂が飛び交っていた。
噂の中には、バラバラにされる前の血まみれの18が逆さ吊りになっていたとか、マスクをして私綺麗?と聞いてきたとか、下水道で長く暮らしたため色素が抜け全身が白い18を見たとかいう信憑性の低い噂もあり、なによりも18の死体が発見された訳でもないので、皆はきっと18はどこかに行方をくらましているだけであろうと思っていた。
数直線上において占めるべき場所に18が姿を現さないので、複素平面上に空白が生じた。複素平面上の連続性の欠如について、周囲の自然数と有理数と無理数と虚数は困ったものの、かといってどうすることもできず、ますます18に関する推測がにぎやかになるだけであった。
何もない18が占めるべき位置が十分に長い時間空白であったため、その場所に空集合φが出現した。出現と同時に空集合φは、自分はここに居てもいいのだろうか、そもそもここに居るといえるのだろうか、それとも居ないとみなすべきなのだろうかと苦悩し、ついには哲学的見地をもって(「われ思う、故に我無し」の文言で知られる)新しい不在学説を世に提示することになるのだが、それはまた別のお話である。
空集合φの苦悩を解消するために18を呼び戻す、さもなければ18が不在となった理由を明らかにする。それが空集合φの希望となった。それにより18の不在による空隙を埋め、空集合φは消滅したい。故に我無しと叫びたい。
「さて、みなさん」
探偵φは広間に集めた関係者の顔をぐるりと見渡した。不機嫌そうな17が抗議する。
「どうでもいいが、話は早くしてくれ。私が疑われたままだと迷惑だ」
「まあ、そんなに慌てなくても良いではありませんか。なにしろ数直線上には時間の概念がありませんから」
「そんなことはないだろう。数直線上を等速で移動する点Pの問題に使われたことは一度や二度ではない。速度があるということは時間の概念があるということだ」
「まあそれは次元の解釈時代であった、それが本来の時間概念を示すものかどうか議論の余地がありますね。まあその話はよしましょう。どうしてもというなら”たかしくん”を呼びますが」
「それは勘弁してくれ」
17は肩をすくませて拒否した。自転車で兄を追いかけさせられたり、食べもしないりんごやみかんを買わせられたり、鉛筆やクレヨンを配らせられたりした算数の記憶がよみがえってきたらしい。
「では、数字らしく命題から説明しましょう。『18の軌跡。ただし18は不在とする』でよろしいでしょうか」
空集合φは皆から異論が出てこないことを確認して話を続ける。
「ただし、以下の条件を満たすものとする。
1)18の因数である2,3,9がそれぞれ単独で発見された。
2)18が逆さまに磔になっていた。
3)現在、18は行方不明
4)犯人は17
あまりにもテンポよく条件を列挙されたため、17はうっかりうなづいてしまう。数字にとって証明は自ら行うことではなく、数学者により証明されることであったため、事実と異ならない場合には受け入れてしまうのである。
「探偵さん、アンフェアだぞ……」
「だれが本格推理と言ったかね。思い込みは叙述トリックの始まりだ、気をつけたまえ」
はからずも自白してしまった17は自らの罪を告白しはじめる。
「18とは長い友人だった。周りから見れば仲の良い友達であったろう。しかし私は17である自分が素数であることにプライドを持ち、1,2,3,6,9,18と約数を6個も持つ18のことを内心軽蔑していた。外面上は仲が良いようにつくろってはいたが、17である私と18との間に共通点がないことをひそかに誇っていたのだ」
「ある日、18がこう言った。」
「君も僕も3乗した数の各桁を合計すると元の数になる仲間だ。一緒だね」
「そんな馬鹿なと思い検算してみると」
17×17×17=4913, 4+9+1+3=17
18×18×18=5832, 5+8+3+2=18
密かに軽蔑していた18から共通点を指摘され、内側に秘めていたプライドを傷つけられた私はかっとなってしまい18に詰め寄る。一緒に喜んでくれるだろうと思っていた18は虚をつかれ17のなすがままになる。18は高層階のビルの窓から押し出され落下する。真っ逆さまに落ちた18は地面に叩きつけられたショックで因数分解された。私が窓からのぞくと、因数2,3,6,9となった18の変わり果てた姿が見えた。恐ろしくなった私は逃げ出したのです。あとで恐る恐る見に行くと18どころかその因数達の姿もありませんでした。私は自首すべきでした。でも怖かったのです」
泣き崩れる17。空集合φはこう言った。
「ただいまの証明には瑕疵があります。確かに17は18を窓から落としたかもしれません。それは犯罪です。しかしながら18の死体が出てこない限り、17を殺人罪で告発する訳にはいきません。さて、調査の結果以下のことがわかりました。19さん、あなたは最近部屋に誰かをかくまっていましたね」
「そ、それは」
「19は素数でありますが18に親近感を抱いていた。それはなぜか?19の逆数1/19は0.052631578947368421 052631578947368421 052631578947368421 052631578947368421 と18桁が繰り返す循環小数であることを自ら知っており、18とは無縁でないことを知っていたからです」
「そ、そこまで御見通しだったとは」
「たまたま通りかかった19は18のピンチを見つけ、地面に散らばった18の因数を拾い集め、犯人に再び襲われることがないように、彼をかくまったのです」
「それでは18は今19の家に?」
「19は地面に強く叩きつけられたショックで1,2,3,6,9と過剰に因数分解してしまったのです。19が掻き集めた時にそれが合計されてしまい、1+2+3+6+9=21となってしまったのです」
すると今まで部屋の隅でじっと話を聞いていた21が前に進み出る。
「21の仮面をかぶった私こそが、実は18だったのです」
21が顔に被ったゴムの仮面をとるとそこには18の素顔が。
「私は17に襲われ、19に救われました。しかしながら17が何故私を襲ったのか、その理由がわかりませんでした。その理由がはっきりするまで身を隠していたほうがいいと考えたのです」
17は泣きながら18に謝罪する。
「許してくれ18よ、私は素数というつまらないプライドのためだけに君を傷つけようとした」 「17さん、いいのです。私は無事でした、それでいいではありませんか。許します」
大団円だ……皆がそう思った時に今まで飛ばされて出番がなかった20が暴れ出す。
20……それは数学的には原始疑似完全数である。すなわち自分自身を除くいくつかの約数の我が元の数に等しい数である疑似完全数のうち、その約数に他の疑似完全数を含まないものである)
数学的に原始である20はその原始の本能と力で怒りに燃えるゴリラのごとく暴れはじめた。 「ウホ、茶番!茶番はジャングルでは許されない!」
「わ、暴れ出したぞ、探偵さん何とかしてください。あれ、探偵がいない」
18が姿を現したと同時に18の空隙が埋まり探偵役であった空集合φは消失していたのであった。
20は手当たり次第に周りの数字をちぎっては投げちぎっては投げ数字を細かく分割していく。疑似完全数である20の力は強く、不完全な他の数字はとてもたちうちできるものではなかった。勢いに乗った20は全ての数字を1にまで分解し、さらには自分自身を分解してしまう。世界に満ちる数字はすべて1となってしまった。全てが等しく1となってしまったため、すべて物の差がなくなり、差がないということは社会的には区別がつかないということになり、強いてはその数字が存在するということを示すことができなくなってしまった。
この状態はすなわち何も存在しないことと同じであり、20の暴走により1に満たされた世界は闇に閉ざされたも同然の状態となった。
これが後の世に言う 闇の1 である。
闇に閉ざされ、誰もいなくなったと言える世界にはφが再び出現したとも、出現していないとも言えた。