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147. 須臾ビルヂング 2048F 発電室 antinominic generator room 20130419


 自然は真空を嫌うと言ったのはアリストテレスだったが、残念ながら彼は間違っていた。当時、地上で真空が観察されなかったのは、自然が真空を嫌っていたからではなく、単に真空状態を保持することが技術的に困難だったからだ。仮に突然に真空状態が出現したとしても、大気圧により即座に真空が埋められてしまい、アリストテレスは真空を観察することができない。観察できないものは存在しないのと同じだ。誰も聞いていない演説が何の意味もない事と同じだよ。

 実際には何もないところからエネルギーが出現するのではなく、重力が大気圧に形を変えて現れているのであるが、観察する人間からしてみれば、真空が出現すると、大きなエネルギーが出現して真空を埋めてしまうと解釈することも可能だ。つまり、自然界に真空を出現させることができれば、エネルギーが発生し、したがってそれを利用することができる。実際には真空を作り出すエネルギーが必要となるので実用にはならない。

 しかし仮に真空が突然現れたとしよう。科学の力を使って、その真空を保持したとしたら?そこには動きがなく、保持するためだけのエネルギーが消費されるだけである。では、真空が保持されるかどうかギリギリの状態にしてみよう。具体的には真空を囲む容器にピンホールを開けた場合を想像してもらいたい。容器が十分に強度を保っている場合、ピンホールから大気が流入する。その流れを利用すればエネルギーを取り出すことが出来る。

 では真空が保持できないような場合には?一気に大気が押し寄せ一瞬にして真空が消え失せる。我々がエネルギーを取り出すことはほとんど不可能といってよい。

 まとめると、真空が存在を続けても、即座に存在を失ってもエネルギーの利用が難しい。真空があるのかないのかあやふやな状態であればエネルギーを取り出すことが可能となる。

 さて、自然は真空を嫌うが、自然がもっと嫌うものがある。なんだかわかるかね?それは矛盾だよ。君は自然界が矛盾しているまま存在している事をみたことがあるかね?一見矛盾しているように見える物についてもそれには理由があり、大きな系として捕らえれば矛盾していない。たとえば親が自分の身を捨てて子を助けるとかね。生命維持の原則からは矛盾しているが、同一のミームを増やす可能性と理解すれば矛盾はない。

 なぜ矛盾が存在してはいけないのか?その理由を考えたことがあるかね?そんな理由はないとしたら?真空は自然界には存在しない。しかし地上を離れて宇宙空間に出てみればわかる。真空こそが自然なのだ。われわれは矛盾は存在を許されないと考えている。しかし、その根拠について説明できるかね。君はアリストテレスと同じ間違いを犯しているのではないかな?

 では自然界に矛盾が出現した場合、どうなるか?大気圧にて一気に消し去られてしまう真空のように、背理法の圧倒的な圧力により矛盾の存在は消し去られてしまう。あたかも最初から矛盾など無かったようにね。では矛盾が存在する”かもしれない”状態はどうなるだろう?真空を徐々に埋めていく大気の流れのように、エネルギーを取り出すことが可能となるのではないか?

 この理論に従い、矛盾が存在するかもしれない状態を発生させる系を考えた。どんな盾でも防げない槍をピアノ線で吊す。その真下にはどんな攻撃でも防ぐことが出来る盾を設置する。このピアノ線が切れたら直ちに矛盾が発生する。この場合、矛が折れるか盾が破れるかが直ちに判明し、矛盾の存在は消え去る。恐るべし自然の圧倒的な矛盾訂正力。

 さて、この箱の中にラジウムを置き、ラジウムが崩壊した場合にピアノ線が切断されるような装置を設置する。一定期間の後、ラジウムが崩壊したかどうかについては、量子力学的には箱を開けて人が観察するまで確定しない。したがって観察されるまで矛盾が発生した状態としない状態が重なり合った状態で存在することになる。

 この状態を維持すると、自然により徐々に矛盾が訂正される状況となる。この訂正エネルギーを人の利用可能なエネルギーとして取り出すための装置。それがこのビルヂングなのだ。矛盾が存在するかもしれない状況を長期間保持していることから、通常は存在を許されない矛盾がこのビルに牽かれて集まってくる。このフロアにたどり着くまでに、君はさまざまな説明のつかない現象を見たことだろう。それは君の妄想ではなく、この矛盾保持装置が存在することにより発生した現象なのだ。さまざまな理屈に合わない矛盾に耐えなければいけないという理由から、このビルは超高層の建築物となった。なに?超高層なら何かあったときに崩壊しやすいだろうって?そう、矛盾しているね。それこそがその理由の一つだ。

 矛盾訂正から取り出されるエネルギーはどこから来るか?それは大きな問題だ。エヴェレット解釈による事象が確定しない重なり合わせの状態については、別の観点からは並行宇宙の発生説ととらえられる。つまりこの実験により、我々の宇宙と同じ宇宙が出現することになる。当然その宇宙には質量(エネルギーと言ってもよい)をもっており、その莫大なエネルギーがいきなり出現することになる。真空の出現により大気圧がいきなり出現するようなものだ。このエネルギーを徐々に出現させることにより、我々が利用可能なエネルギーの形に変換して取り出すことができるようになった。具体的には生成途中の宇宙はわれわれの宇宙とエネルギーは同じでもエントロピー総量が少ないからね、我々の宇宙で増大したエントロピーをそちらに捨てる方法をとっている。

 さて、発生させた矛盾は最終的には矛盾を確定し、自然からの矛盾訂正圧を発生させうる機構にしておかねばならない。最後まで確定されないことが確定しているなら矛盾ではないからね。つまりシューレディンガーの猫の箱を開けて矛盾を確定する人が必要なのだ。しかしエネルギーを少しでも長く取り出すためには、その箱を開ける人の到達がすこしでも遅い方がいい。それがこのフロアにたどり着くのが困難となっている理由だ。君はこの装置を開けてもいいし、開けなくてもいい。そのまま立ち去っても、いつかはまた別の人がきてくれるだろう。さあ、開けて矛盾を確定させ、このビルに蔓延する矛盾をすべて消し去るがよい。それとも更に上のフロアに登り、旅を続けるがよい。どちらを選ぶかは君の自由だ。そして、その選択によってこのビルになにが起こるのか、それは全く予想がつかない。なにしろこのビルは矛盾の塊だからね。

 フロアに吹き込んできた風とともに舞い込んできた紙片に向かって、人工知能は語った。計画当初に予測した期間を大きくすぎても、この部屋にたどりついた人はいない。あまりにも長い期間を一人で過ごしたため、今喋った内容が本当のことなのか、電気的ノイズから生まれた妄想なのかもう区別がつかなくなってしまった。人工知能は退屈し、やることもないので今日もリハーサルを続けている。本当に箱の中では矛盾が発生していないのか、もうそろそろピアノ線が切れても良さそうな時期だが。ぜんぜん人が来ないのであれば自分で確認してみようかと思うこともある。人ではなく、人工知能が観察した場合でも重なり合った状態が確定する事になるのか、それとも単なる機械であるから確定しないのか、それは彼自身には判断できない。その中途半端な状態も設計者の計画のうちだったのかもしれない。

 


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