112. キャッチ・マウンテン(20090601)


日本昔話「かちかち山」には解決されていない謎が残されている。

ここで簡単に「かちかち山」の話を整理してみよう。

シーン1 老人は狸を捕まえ天井に吊るし、老女に狸汁を作るように命じ、再び畑仕事に戻る。

シーン2 老女を騙して狸は開放される。狸は老女を殺害し、人肉料理を作る。

シーン3 狸は老女の皮を被って変装し、老人に人肉料理を食わせる。狸は老女の骨のありかを教え、退散する。

シーン4 兎が老人に対し復讐の代行を申し出る。

シーン5 兎は狸に拷問(火炙り、火傷跡に唐辛子)を加え、泥舟に載せ池に沈める。助けを求める狸を見捨て溺死させる。

 シーン2において、狸は絶体絶命の危機を機転によってまぬがれ、更に必要以上に残虐な行為に出る。単に逃げ出すか、老女を手伝って隙をみて逃げ出すだけでよかったろうに……。さらに人の皮を被り配偶者の肉を食わせる。ハンニバル・レクター並みの行為である。

 しかしながらシーン5においては、その知能は別人の如く低くなる。カチカチいうのはかちかち山だからだ。正気の沙汰とは思えない理屈に納得してしまう。この変わりようは説明が付けにくい。老女を騙して殺害した狸と、簡単に騙されて殺された狸は本当に同一人物なのであろうか。

 さらにシーン2には叙述トリックが仕掛けられている。

 シーン2では狸が老女を殺害する様子が描写されている。このシーンの登場人物は二人である。そのうちの一人、老女はこのシーンで殺害されてしまう。したがってこのシーンを描写することは出来ない。狸はこの場面を知っているが、老人に正体を現してからは骨のありかと老人を揶揄する言葉を残して逃げ出す。その後は兎に犯行を告白したという記録もなく、最後は拷問の上殺害されてしまう。したがって、狸がこの情景を他人に伝達した形跡はない。では、このシーンを記述したのは一体誰なのであろうか?

 狸は死に、老人は聞いていない以上、このシーンは「狸がこう言っていた」という兎の証言に基づくと考えるのが妥当であろう。ここで、兎が言ったことは信用できるかという疑問が発生する。なんら義務もないのに他人の復讐をかってでた兎。行動が不自然である以上、その証言も疑う必要があろう。

 さて、兎の証言の信用性が疑わしいとなると、この事件は一気に様相を変じる。はたして、老女を惨殺したのは本当に狸であろうか。弁舌にて相手を巧みに騙し、残虐な行為と殺害……。気がついただろうか? これはシーン5の兎の行動原理に奇妙に一致している。

 同一人物だとすると一人二役トリックである。具体的には、兎が「狸に変装した上で」老女を殺害し、狸を殺害したのではないかとの仮説にたどり着く。しかしながら、この場合動機が不明である。理由もなく残虐な殺人を二度も繰り返したというならば、兎は猟奇連続殺人犯であったという説明しかできない。兎が単にシリアルキラーであるならば、更にこのあと殺人が連続してもおかしくない。少なくともターゲットはもう一人残っていたはずである。しかしながらこの後老人が殺害されたとは伝えられていない。

 ここで、二つ目の殺人の方法を思い出してみよう。火炙りに加えて唐辛子のすり込みである。火傷跡のみならず体中が腫れ上がり、人相・体形が変わってしまったと考えられる。極めつけは池に沈めたことで、死体が消失している。死体が池からあがったところで火傷跡と腫れで人物を特定することは難しい。DNA鑑定のない江戸時代ではなおさらである。

 なぜこのような殺害方法をとったか? 殺人がなるべく発覚しないようにするためである。しかしながらこの隠蔽方法ではいずれ池から死体が発見される可能性がある。発見されれば隠蔽工作も時間の問題で被害者が特定される可能性がある。そこで、万が一発見された場合に備えて、狸が殺されても仕方がない状況を作り出すために第二の殺人を計画したのだ。

 第二の殺人? そう、すなわち、二つの殺人事件は、時間的に逆の順番で起ったと考えるとつじつまがあう。すなわち、兎はまず、(何らかの理由で)狸を殺害し死体の隠蔽をした。そして、万が一死体が発見される可能性を恐れ、アリバイおよび動機を創作するために狸に変装し、老女を殺害した。それからすました顔で老人に復讐の代行を申し出た。しばらく何もせず、時間を置いて老人に復讐の完了を告げる。

 これがかちかち山の真実である。

 うさぎにも多少の良心の呵責があったのだろうか。狸を殺害するシーンを告白する際に、ヒントを出している。すなわち、ここはCatch Catch山だよ。(このヤマで私を“捕まえる”ならここだよ)。

 既に関係者は全員行方不明であるため、これが真実であるかどうかは藪の中である。我々は拷問の上殺害された上に冤罪までかけられた狸の無念さを偲んで黙祷することとしよう。


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