魍魎の箱男      

75. 「魍魎の箱男」(20010630)


この世のなかには不思議なことなど何もないのだよ

だいたいこの世の中には、あるべくしてあるものしかないし、起こるべくして起こる事しかないのだ。自分逹の知つてゐる、ほんの僅かな常識だの經驗だのの範疇で宇宙の凡てを解つたやうな勘違ひをしてゐるから、ちょつと常識に外れたことや經驗したことがない事件に出くわすと、皆口を揃へてヤレ不思議だの、ソレ竒態だのと騷ぐことになる。だいたい自分たちの素性も成り立ちも考へたことのないやうな者に、世の中の事なんかが解つてたまるかい。    と、京極堂も云つている。

どうして最後のほうは小声なのかひ。しかし、僕がエレベヱタアに乘つた時には確かに一人だつたのに、降りやうとしたらいつの間にか後ろに人が立つてゐたんだ。こんなことは物理的に不可能だ。

可能性はいくつも考へられる。一番の可能性は君がぼんやりとしてゐたといふ可能性だ。しかし、いくらなんでもエレベヱタアのトビラが開いて人が乘り込んできて君の後ろに周り込んだのに全く氣がつかないといふのは、いくらなんでも考へられない。
 エレベヱタアの天井の裏に隱れてゐて、氣付かれないやうに降りてきたといふのは、更にありさうもない。ダイハアドぢゃあるまいし。

そんな、シリィズが進むにつれシナリオが杜撰になつていつた映画のことなんかどうでもよひ。確かに僕の後ろにいつの間にか人が現れたんだ。いつたいどこから現れたといふんだね。実はその人は液体金属人間で、隙間から入り込んできたとでも云ふのかね。

少年を追跡するトラックが右ハンドルだったり左ハンドルだったりする映画ぢゃあるまいし、そんなことは絵空事だ。本題に戻すが、その人はいつの間にか君の後ろに出現した。問題はどこからどうやつてあらはれたかだ。單純なことだよ。君の後ろから歩いてやつてきたのだ。

なにを言つてゐるんだ。エレベヱタアではそんなことはあり得ないはずだ。だからかうやつて不思議だ不思議だと騷いでゐるのではないか。

君には惡いが、その建物について獨自に調査させてもらつた。その調査の結果、驚くべき事實が判明した。君がその怪竒現象に遭遇したその建物には「エレベヱタアは存在しない」。

なんだつて? ぢゃあ、私が嘘をつゐてゐるとでも云ふのかね。幾らなんでも失敬だ!

いや、さうではない。君はエレベヱタアだと思ひ込んで乘り込んだのは、實は「エスカレヱタア」だつたのだ。字面が似てゐることから、ついエレベヱタアに乘つてゐると思ひ込んでしまつたのだらう。画像に頼らないテキストサイトではよくあることだ。御存じの通り、エスカレヱタアなら氣がつかれないうちに後ろに立つことは簡單なことだ。

そんな! いくらなんでもこの推理はあんまりだ!

君が納得しようがしまいが、理論的に導かれた真実なのだよ。テキストサイトの悲しい運命(さだめ)といへよう。

いや、「いへよう」じゃなくて…

この世のなかには不思議なことなど何もないのだよ。    と、京極堂も云つている。

また最後が小声になってる…


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