キューブ      

35. キューブ 021030


目の前のコンクリートは3m四方の壁を形成している。壁はきっちりと正方形である。白いコンクリートは陰影も無く作られてからそう時間も経っていないことを伺わせる。正方形の壁は6枚で立方体を形成している。天井にも照明は見あたらないが、どこからかぼんやりとした光が浮かび部屋の壁を照らしている。床を眺めると、真新しいコンクリートには足跡一つ無い。どの6面の壁も同じように白く真新しい壁で区別が付かない。扉も扉のようなものも見あたらない。どうやってこの部屋に入ってきたのだろう。壁をよく見ようと手を伸ばそうとして気がついた。手がない。慌てて自分の躰を見回そうとすると、躰がない。ゆらゆらと揺れながら部屋の中心に浮かんでいる。壁を見ようとすると壁が近づいてくる。どうやらゆらゆらと浮かんで流れているようだ。自分の意志でゆっくりと移動できることがわかったので部屋の隅々を観察して回る。6面を念入りに見て回るがどこにも継ぎ目は無いように見える。ふわふわと浮いているうちにだんだんとどちらが上でどちらが下か混乱してくる。揺れているうちに船酔いのような気分になってきたので目をつむろうとするが、どうやらそれもできないらしい。

揺れながら力を抜いて浮かんでいるとゆっくりと部屋の中を漂いながら循環していることに気がつく。どこからか風がふいているようだ。通風口のようなものもないのに不思議だ。

ぼんやりと何も考えずに壁のほうに近づいたり遠ざかったり意味もなく繰り返してみる。ひょっとしたら天井と壁の間かもしれない。とうに上下感覚はなくなっていてどちらが上か下かそれとも斜めの部屋なのかわからなくなってしまった。上下感覚はなくなったのに左右感覚は残っているというのもふしぎなことである。壁だか天井だか床だかよくわからないコンクリートの壁に近づくとその壁が青く光ることに気がつく。コンクリートが光るのは不思議だと思い何度も近づいたり遠ざかったりしてみる。壁にセンサーと光源があるのかな。また何度も近づいたり遠ざかったりしてみる。そのときに気がつく。私が青い光を発しているのだ。いや、私が青い光の点なのだ。

光なら壁を通り抜けられるかもしれない。そう思って思い切って壁にぶつかってみる。衝撃と共に光が薄らぎ私の躰が拡散するのが感じられた。どうやら無理のようだ。

いつまで漂っていたのだろうか。

部屋が小さくなってきたのが感じられた。私の意識が薄れていく。部屋が小さくなったのではなく、私の意識をつなぎ止める求心力が弱くなって、躰が広がってきたのがわかる。私もしくは私が発する光は部屋を占領しそれとともに輝きが失われてゆく。私は光だったのだろうか。それともレーザー光線を浮き立たせるスモークに過ぎなかったのだろうか。私は部屋一杯に広がり、弱々しく壁を光らせる。私を繋ぎ止める意識は既に希薄となり光が消えると同時に部屋そのものと一体化する。

そこは四方をコンクリートに囲まれた空っぽの部屋。中にはなにも無い。


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