変と身      

32. 変と身 020722


ある朝、クレゾール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、 車道の横で自分の姿が一個の空き缶に変わってしまっているのに気がついた。固いアルミの背中を下にして、仰向けになっていて、ちょっとばかりプルトップの頭をもたげると、円筒の、赤色の、なめらかで継ぎ目のない腹部が見えた。

空き缶と言えども三分の一ほど、中身が入っているのであった。体を起こそうと努力しても悲しいかな金属の筒である体が動くわけもなく。さて、空き缶であるところの体を持つところの彼が、一体これからどうしたらよいのか思案してもみたが、どうこうにも事態の進展もなく、諦めて空いている飲み口の穴から抜けるような青空を眺めたり、吹く風をプルトップに当てて口笛のような音を出したりしてみたが、されとてやはり進展もなく。

試しにアルミの筒をへこませたり膨らませてみたりしてみると、あら不思議。中の液体この場合飲み残しのコーラと昨日の雨と朝露の混合物の揺れる周期即ち固有振動数と一致させて、アルミの筒を膨張−収縮してみれば、その振動はどんどん増幅されついには自らの体を回転させ、空き缶の己の体をぐるんぐるんと進行させることに成功するに至る。

やったやった快挙なり。我自らの意志を以て、進行する史上初の無機物となりにけり。進め進め。我の前に道は無し。我の後に道はできる。意気揚々と転がる彼へ、巨大な自動車が猛スピードで近づき、あ、と思うまもなくタイヤにて轢かれ、彼は短い空き缶の生涯を終えた。

ある朝、クレゾール・ザムザが不安な夢からふと覚めてみると、 車道で自分の姿が一個のアルミ板に変わってしまっているのに気がついた。


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