黄色いスリッパ      

30. 黄色いスリッパ 020725


家に帰って電気をつけると、部屋の真ん中にスリッパが一足空中に浮かんでいた。コンビニの袋を片手に呆然と眺めているとスリッパは、重力があることにやっと気がついたように、いきなりすとんと床に落ちた。今のはなんだったろうと、落ちているスリッパを眺めてみると見覚えの無いスリッパでもちろん私の物ではない。手にとって眺めてみたが別に何の変哲もない黄色いスリッパだった。気味が悪いのでごみ箱に放り込んで、次の朝ごみ捨て場に持っていった。

次の日、家に帰って電気をつけると、また空中にスリッパが浮かんでいた。昨日と同じ黄色いスリッパだった。これも気味が悪いのでごみ箱に放り込んだ。その夜、夢にスリッパが出てきてうなされた。知り合いに相談してみると、どうやらそれは報われないスリッパの霊で、私に訴えたいことがあるようなのである。悲しいかなスリッパには口がないので訴えることができない。あなたがスリッパの気持ちを察して成仏できるようにしたらどうか。

そう言われてもスリッパの気持ちなどわかるはずもなく、どうしたものかと思案してみる。スリッパの希望といえば、履かれることである。スリッパの霊というものは気持ち悪いが、恐る恐る黄色いスリッパに足を入れてみる。スリッパから感謝の気持ちのようなものが伝わってくる。

どうもありがとうございます。私はスリッパの霊です。私は生前購入された時に、色がやっぱり気に入らないという理由で全く使用されずに捨てられてしまいました。そのことが無念で無念で成仏できませんでした。あなたさまのおかげで、短い間ですがスリッパとして生きることができました。これで成仏できます。ありがとうございました。

スリッパはすうと姿を消してしまった。よくわからないが、もう消えてしまったので二度と出てくることはないだろう。

次の日、家に帰って電気をつけると、空中にカッパが浮かんでいた。今度は妖怪の霊ですか。この部屋にくると生前の心残りを晴らしてもらえるという話をスリッパから聞いたらしい。カッパは相撲を取りたかったらしく、三番ほど相撲の相手をしたところ納得して成仏して貰えた。カッパはありがとうございましたと言って消えていった。スリッパのあとはカッパですか。もう来ないだろうと、相撲で疲れたのでその晩は安心してぐっすりと眠った。

次の日、家に帰って電気をつけると、空中に老人男性が浮かんでいた。こんどこそ幽霊だ。と腰を抜かしそうになりながらも、話を聞いてみる。どうやら古川ロッパだったらしい。最近の芸人に対する愚痴を聞いてくれる人を捜していたらしい。どうも古い芸人の話ばかりでてくるので理解できなくて閉口したが、愚痴を聞いて貰えて安心したらしく礼を言って消えていった。スリッパのあとはカッパで、そのあと古川ロッパですか。次の日は何だろう。ちょっと楽しみになってきた。

次の日、家に帰って電気をつけると、何も浮かんでいなかった。ほっとすると同時にちょっと寂しい感じがした。ドアの鍵をかけて部屋に入る。スーツを脱いで部屋着に着替えるとTVをつけて見始める。しかしなあ、どうして私の部屋に次々と霊が出てきたんだろうなあ。スリッパ、カッパ、ロッパですか。どういう繋がりなんだろうなあ。背後でガタと音がしたのでふりかえると、古くさい服にマントを羽織りシルクハットをかぶった白人男性が空中に浮かんでいた。はいはい、今度は何ですか。望みは何ですか。そう言いながらその男の顔を見てなにかぞっとするものを感じた。彼は陰惨な目をして獲物をみる目つきで私を眺めていた。スリッパ、カッパ、ロッパ。まさか「ッパ つながり」でジャック・ザ・リッパーなのか。彼の望みは何なのか聞かなくても、彼の手に光るメスが雄弁に物語っていた。


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