りありて      

28. りありて 020327


これだけ虚構だとかバーチャルとかのたぐいが氾濫していると、何がリアルで何がリアルでないかよくわからなくなってきます。リアリティが無い方が現実だったりするのも困ったことです。貴方が家に帰ってきてパソコンの電源を入れた時のことをおぼえていますか。ついさっきの事なのに些細なことだから見逃してしまったのかもしれませんが、いつもと立ち上がりのシーケンスが違っていました。どうしてそのことを私が知っているかというと、私がハッキングしたからです。今、あなたが読んでいるこのサイト、実はインターネットではなく、私のパソコンからデーターが送られてきています。良く見ると、いつもとフォントサイズとか背景色が違うでしょう。気がつきませんでしたか。ここは貴方がいつも訪れているサイトではなくて、私が準備したデーターなのです。何故私がこんなややこしいことをしているかというと、ちょっと貴方にお話したいことがあったからです。このまま回線を切断しいただいてもよろしいのですが、まあちょっと我慢して読んでください。

私は最近何がリアルで何がリアルでないか訳がわからなくなってしまいました。いろんな体験をしてもまるで自分のことではないような宙に浮かんだ感覚です。だんだんその感覚がふくれあがってきて、私自身を押しつぶしそうになりました。去年の夏のこと、リアルでない感覚に苦しめられて、深夜眠れず苦しんでいたときに、一匹の蚊が飛んでいました。私は蚊を叩き殺しました。つぶれた蚊は私の血を吸っていたらしく真っ赤な染みとなりました。その時、不思議なことに私を押しつぶそうとしていたリアルでない感じがすっと無くなってしまいました。気持ちが軽くなった私はしばらくの間、幸せでしたが、ふと気がつくと再びあのリアルでない感じが舞い戻ってきました。今度は蚊を殺してもそれは去っていきません。じりじりと焼け付くような感覚に追いつめられた私はふと思いついてペットショップに出かけました。初めはネズミでした。動物を扱うのは慣れていなかったのでネズミは暴れて私の指にかみつきました。ナイフで切り落とした首から流れ出る血を見ていると現実感が戻ってきました。ネズミにはかわいそうなことをしたと思いましたが、現実に生きているという充実感を得て私は幸せでした。でもしばらくするとまたあの非現実感が襲いかかるようになってしまいました。今度はネズミでは間に合いません。今度は違うペットショップでネコを買ってきました。

ああ、すいません。グロな話をしてしまいました。もうこれ以上聞きたくなければ、ここで回線を切ってください。このデータを消去し、もう二度と貴方の前に現れないことを約束しましょう。もしよろしければもう少し私の話を聞いてください。

それから私の秘密の儀式はエスカレートするばかりでした。大型犬の死体を山に埋めに行ったのは去年のことでした。それから私は自分の気持ちを抑えようと努力し、襲いかかる非現実感に耐えてきました。ああ、心配なさらないでください。私は殺人の告白をしようとしているわけではありません。人を殺したことはありません。

それから私はどうすればこの衝動を抑えることができるのか考えました。誰かにこの秘密の儀式を告白しようと思いました。私のことを知らない誰かに。自分一人で秘密を抱え込むのではなくて、誰かに喋れば気分が軽くなるかもしれない。でも現実の知り合いにはとても話せるような内容ではない。そして私はあなたを選びました。選んだのは完全に無作為でした。あなたのことについて調べるのは簡単でした。なにしろあなたはインターネットに接続しているのですから。申し訳ないと思いますが、あなたの住所も簡単にわかりました。パソコン内のデータを漁れば簡単でした。申し訳ない。謝っても許していただけるとは思いませんが、あなたに関する情報は決して他人に漏らさないことだけはお約束します。そうやって、あなたがアクセスしているサイトを調べるのは簡単でした。そういうわけで、偽のサイトデーターを準備してあなたに読んでもらっているわけです。

私の話を聞いていただいて感謝いたします。これを読んでいるということは、私の話を聞いてもらいたいという願いを受け入れてくださったのですね。ありがとうございます。もうひとつお願いがあるのですがよろしいでしょうか。駄目だとおっしゃるなら、どうぞブラウザを終了してください。約束通り、二度とあなたの前には現れません。

ああ、聞いてくださるのですね。ありがとうございます。簡単なお願いなのですがよろしいでしょうか。

簡単なお願いです。「そのまま読み続けていてください。」

実を言うと、あなたがここに帰ってくる前に先回りして後ろの隅の方に潜んでいたのです。大丈夫。苦しくないようにいたします。できればこの文がフィクションであると信じて読み続けていてください。私は何度も読み続けないように忠告したはずです。あなたがブラウザを閉じればこっそりと帰るつもりだったのに。忠告を無視して読み続けたのがいけないのです。でもこうなったらまだ読み続けていてください。あなたが暴れると面倒なことになります。もうあなたのすぐ後ろにいます。あなたには申し訳ないと思いますが、私の膨れ上がる非現実感を解消するにはこれしかないのです。ごめんなさい。ごめんなさい。あ、「そのまま読み続けていてください。」


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