「人間失格」しりにいたるやまい篇      

20.「人間失格」しりにいたるやまい篇 2002.07.13


撰ばれぬことの
不満と安心と
二つ我ニヤリ

痔瘻と思っていた。

 数年前の春、尻が痛いので会社を休んで病院へ行った。歩くと泣きそうになるくらい痛い。座ると痛みが増加する。寝ていて痛くて目が覚める。という訳でずっと立っている。廊下で診察を待っていると私好みの美人の看護婦さんがやってきて根ほり葉ほり症状を聴きにくるのには参った。「どうしました。痛いのは肛門ですかその回りですか。ずきずき痛みますかキリキリ痛みますか。原因に思い当たるところはありませんか。」仕事熱心なのはわかるが、一種の羞恥プレイである。順番が来て呼ばれる。しかし美人の看護婦である。看護婦は夏になると白衣は薄着になるのであろうか。夏まで生きていようと思った。

 ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。

 先生は男性でした。一安心。じゃあお尻を出して横になってください、と言ってカーテンを閉めてくれた。しかし、そのカーテンをものともせず、さきほどの看護婦が覗きにくる。美人看護婦に恥ずかしいところを覗かれるというシチュエーションが好きな人には良い病院と言えるかも知れません。私は遠慮したいです。内診の結果(ものすごく痛かった)「切れてますね。」ということで病名が決定。うんちが固かったという記憶もないし、肛門性交も試したこと無いので、原因には全然思い当たらないのであるが、こういうこともあるのであろうか。「清潔にして暖めてください、2週間後にまた来て下さい。」切れているところが化膿して膿が溜まっている場合は切開する必要がありますが、凄く痛いですとのこと。痛いのには強いほうであるが本日の内診より痛いのは耐えられそうにない。明日は講演会聴講で一日座りっぱなしの必要があるのが憂鬱である。

 私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。

 妻とのなれそめを書いてみてという要望があった。恥ずかしいのでそれだけは勘弁してください。ということで、昔の尻の話でごまかしてみる。

 次の日、講演会で一日椅子に座っていると、案の定痛みが悪化する。座薬はあまり効き目がよくないようである。
 その翌日、やっとのことで出社する。尻の病気で座るのが辛い旨上司に告げる。「頭髪と胃と尻の3つの病気が出たら、この業界ではやっと一人前だ。」と妙な説教を受ける。胃が痛いのはしばらく出ていないが、頭髪と尻は深刻である。特に尻は、どんどん悪化している感じである。座るのが怖いのでパソコンのセッティングを立ったまま操作できるようにして仕事してみる。立ち続けで疲れてしまって結局座って作業することになる。尻をかばうために妙な格好で座ることになり、今度は腰が痛くなる。風呂であっためて早めに寝ることにする。しかし、痛くて読書もできないのでどんどん本が溜まるのであった。尻が痛くて動かせないので別のものもどんどん溜まるのであった。と、軽い大人のジョークをかましても何の気休めにもならない。
 さらに翌日、痛くて夜眠れない。熱まで出てくる。お尻のホームページなど見てみると入院して手術しないと直りませんだそうだ。やだなあ。

 そんなら自分は、一生涯こんな憂鬱と戦い、そうして死んで行くということに成るんだな、と思えばおのが身がいじらしくもあった。

 白状し給え。え? 誰の真似なの?

 えっと、太宰治の真似なのである。生まれてきてすいません。どーもすいません。本当に大変なんですから。こうしたら笑ってください。

この話題をものともせず、いまだにお食事中の方もいらっしゃるかとは思われるが、そろそろご遠慮下さい。

 肛門の周囲が腫れてきてひどく痛む。痛むというか立っても座っても歩いても寝ても痛い。そうこうするうちにますます腫れてきて痛くて眠れない。ずいぶんとのたうち回って、うとうとして朝になると不思議なことにひどい痛みは無くなっている。(全然痛くないわけではない。)下着が濡れている感じがするので見てみると夢精ではなく(と、大人のジョークをかます)腫れているところが破れて大量の膿が出てきたようである。日曜日であるが病院に電話して聞いてみると、「手当した方が良いと思われますので来て下さい。」とのこと。上記ホームページによると放置すれば直腸から皮膚まで管を形成して痔瘻(ぢろう)というものになるそうである。痔瘻物語(と、べたな駄洒落を書いておく。)尻をかばって無理な姿勢で寝ていたため腰が痛い。尻が膿んでいる影響か歯も痛くなってきた。なんか満身創痍である。痔瘻と言い、歯槽膿漏と言い、腰と言い、ジジイの病気と思っていたのになあ。自分がジジイになってしまったという複雑な気分である。新しい自分の発見というものであろうか? 似非哲学書のソフィーの世界など読まなくても本当の自分の発見は出来るものである。

 水到りて渠成る。

 ということで、イソジンでも塗布して消毒するのだろうなどと軽い気持ちで病院に行った。随分待たされたが、日曜日の救急病院であるから仕方がない。パンツを脱いで診察台に横になったところ救急の患者が飛び込んできてそのままの状態で随分待たされる。放置羞恥プレイであろうか。美人看護婦ではなかったのがせめてもの救いである。などと政治的に正しくないことを思いながら待っていると、その救急の患者がなんかの発作で感情のタガが外れてしまった婆さんで、申し訳ないと泣いているのだが「ぶおっふぉ〜、しーがはがは」という今までに聞いたことがない声で泣いている。点滴したらどうやらおさまったようである。と、尻を丸出しのまま考えている。生まれてきてすいません。
 泣き声が聞こえなくなった頃、女医さんが現れる。美人女医ではなかったのがせめてもの救いである。などと政治的に正しくない感想を抱く。どういう治療をされたかというと、新井素子の「もとちゃんの痛い話」とほとんど同じであった。(ただし、向こうは乳房で、こちらは股ぐらである。)麻酔注射を肛門付近に打たれる。これがまた痛い。

念のために重ねて注意しますが、お食事中の方はより一層ご遠慮下さい。

 膿が溜まって破れたところをメスで切開して、肛門に指を突っ込んで膿を絞り出す。切開して穴があいたところに消毒液をつけた綿棒を何度も突っ込んで消毒。その後、消毒したガーゼをゾンデで突っ込んで終わり。…気を失うかと思うほど痛かった。まじで。いやほんと。この痛みの前には政治的に正しくないなどということは些細なことである。あなたが食事中かどうかということも些細なことである。勉強しまっせ引っ越しの些細〜である。痛み止めにボルタレン座剤を肛門に突っ込まれる。凄く強力な鎮痛剤である。抗生物質と消炎鎮痛剤と胃薬を処方される。明日も来てくれということなので、明日も同じ治療が行われるかと思うと胃が痛いのであるが、こういうときは何も考えないことにするのが一番である。この治療が終わっても、直腸側の手術もやる必要があるような感じであるが、やはり何も考えないのであった。

引き続き、お食事中の方と政治的に正しい方はご遠慮下さい。

 おかしな幽霊を見たことがございます。あれは、私が診察台にあがって間もなくのことでございますから、どうせ幻燈のようにとろんと霞んでいるに違いございませぬ。いいえ、でも、その青蚊帳に写した幻燈のような、ぼやけた思い出が奇妙にも私には年一年と愈々はっきりして参るような気がするのでございます。

 次の日は春分の日であった。春分曉をおぼえず。風は強かったものの爽やかに晴れ渡った空で行楽日和でしたが、みなさまいかがお過ごしでしたでしょうか? さわやかな春風の下で、私は相変わらずパンツ血まみれでした。

ますますお食事中の方はご遠慮下さい。

 生理中の女性の気持ちが少しだけ判ったような気になりました。

政治的に正しい方もご遠慮下さい。

 本日の治療は穴に突っ込んだガーゼをひっこ抜いて、新たなガーゼをゾンデで突っ込み、ゲンタマイシン軟膏を塗って絆創膏を貼って終わり。それなりに痛かったですが、まあ我慢できる範囲でした。ときどき肛門に折れた割り箸を突っ込まれてぐりぐりされているような痛みが走りますが、これくらいなら我慢できます。

 この治療の話を家内にすると「穴に突っ込まれる女性の気持ちが少しはわかったでしょう。」と言われました。そんなに嫌だったんでしょうか? それともゾンデ並ということを暗に指摘しているのでしょうか? 夫婦の間には深くて暗い河があるという言葉が思い出されます。今日は出血のためのガーゼは当ててくれなかったため家内より生理用ナプキン(羽付き)をもらう。下着は20年トランクス派だったのだが、固定できないのでビキニを買ってみる。気分だけはヒロミ・ゴー(羽付き)である。文部省表記的にはヒロミ=ゴー(羽付き)である。
 ゾンデという言葉をご存じ無い方のために説明すると、先を丸めた針金である。私が仕事で使っていたのは注射器の先に付ける奴で、ストローのように中空でした。治療の場面は見えないので(なにしろ尻付近で作業している)見ることが出来なかったので、穴が空いているのかどうかは確認できませんでした。仕事では薬物をネズミに投与する場合、口に入れても全部は飲んでもらえないので、口から胃までゾンデを突っ込んで注入するために使いました。10分で100匹くらいのペースだったかな? 

動物愛護教会の方もご遠慮下さい。

 しまった!ここを読んで下さる方の中には女性もいらっしゃることをすっかり忘れていた。女性には向かない話が続いてしまって申し訳ない。反省しよう。

 反省が終わったところで、尻の話である。午前中会社を休んで消毒。相変わらず痛い。傷跡に綿棒を突っ込むのだから痛いのは当たり前とは言え、やっぱり痛いのである。手当の間痛いのを我慢するために、右手で左手首をぐっと掴んでいたのだが、知らぬ間に爪をたてていたらしく、ミミズ腫れになってしまった。尻の病気はもうこりごりである。
 会社で仕事していると痛み出す。やはり椅子は良くない。所用で書類を届けに1時間ほど散歩したところ痛みが軽くなる。散歩とゴロ寝が良いらしい。散歩とゴロ寝で勤まる会社があればすぐにでも転職したいなあ。いっそのこと創業するのが良いかもしれない。IT関連と偽って出資させれば数年は赤字垂れ流しでも大丈夫そうだから、今こそチャンス!
 「インターネットで散歩とゴロ寝」というアイディア誰か買ってくれませんか? 会社の株10%でこのアイディア売ります。……というスパムメールを無差別に出して金を騙し取るというアイディアでも良い。あがりの1割でこのアイディアを売ります。というスパムメールを無差別に……。

 散歩の途中でガレージセールの店をみつける。たいていはシャッターが閉まっているのだが3カ月ぶりに店をやっているのでのぞいてみる。キーホルダーとかCDとか時計とかよくわからない中古を並べている。中古カメラもあったので見せてもらうとロシアカメラのゾルキー1とゾルキー3C(記憶では)であった。ゾルキー1は外観が極端に汚れており距離計もでたらめでシャッターがおりなかったので私が修理できる範囲外と判断し断念。ゾルキー3Cは美品で革ケース付きだったが、スプールについている細いピンが短くなっていたため巻き上げ不良であった。ピンの長さはネジで調節可能の様子だったので何とかなるかも知れないと思ったが「1万3千で仕入れたけど、1万でいいや。」とのことだったのであきらめました。私が持っているロシアカメラFEDと比べると作りがしっかりしている感じで好感がもてました。明日行ってみてまだあったら買ってしまうかも。

 なぜ今日買わなかったかというと、病院で3日分の治療費としてがっぽりとられ、その時の所持金千円だったのである。カメラが買えないのも尻の病気のせいである。仕事に身が入らないのも尻の病気のせいである。郵便ポストが赤いのも、夕べ巨人が負けたのもみんなみんな尻の病気のせいであると言えよう。この論理でいけば、尻の病気で尻が痛いことさえも尻の病気のせいであると言えるのかもしれない。
 次の日、朝から尻の病院へ。切開跡はずいぶん乾いてきているということで治療は無し。月曜日にまた来て下さいとのこと。最初に診察されたときの看護婦さんが居ることに気がつく。あいかわらず遠慮無く覗かれる。パンツを脱いだりするところをじっと観察するのは止めてもらいたいものである。あくまで仕事熱心である。それともそう言う趣味なのか。それなら個人的に言っていただければいくらでも個人的に見せてあげるのに。しかし、尻を見る趣味ではなくて、尻が切開されるのを見るのが趣味であった場合困るので、声をかけるのは止めておいた。
 この日は、続いて歯医者へ。歯石をとる予定だったが前歯に虫歯が発見されたので急遽治療。ドリルで削られて痛いことは痛いが、尻を切開されることを思えばなんと言うこともない。ドリルで削られながら眠りそうになる。

 発病から2週間で尻の快気祝いとなった。しかし、油断してはならない。尻の病気は、今度は貴方を狙うかも知れない。
 太宰のパロディにする予定が、まったくもって破綻。しょうがない。で、すませてみる。

 よい仕事をしたあとで
 一杯のお茶をすする
 お茶のあぶくに
 きれいな私の顔が
 いくつもいくつも
 うつっているのさ

 どうにか、なる。   のか?


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