ABCD

kyoukai-rogo.GIF 
Association Budo Culture for the Disabled    ABCD

身体障害者への空手道普及の可能性 (空手道研究6号から)

「身体障害者への武道指導法講習会」報告を通じて
 
国際武道大学 松井完太郎
 
 
はじめに
 
これまでも多くの先生方が身体障害者への空手道指導に献身されてきた。まず、その御活動に敬意を表さなくてはならない。ここで報告させて頂くのは、遅ればせながら国際武道大学空手道部の学生が中心となって平成13年4月25日に企画実施した「身体障害者への武道指導法講習会」の概要と今後の展開可能性についてである。
 
この活動は、基本的姿勢として「可哀想な身体障害者」のために奉仕活動をするのではなく、身体障害者は自らの意志でリハビリテーション効果がある運動を行い、その家族は身体障害者が道場で稽古している間は介護が軽減され、道場は少子化・武道離れの中で新たな生徒として身体障害者を受け入れ、道場生仲間となる健常者も多くを学ぶという循環を目指す活動である。
 
 日本はまだまだバリアフリーな社会ではない。身体障害者は家庭や施設などの中に引きこもりがちとなり、来日して観光した外国人に「日本には身体障害者がいないのか」という皮肉的な質問を受けることになる。バンク・ミケルセンが提唱したノーマライゼーション理念の下、障害をもつ人も持たない人も同じ市民として地域の中で共に生きるという状況を創出すべきなのは武道・スポーツの分野とて例外ではない。
 
もちろん空手道をはじめとする武道を身体障害者へ普及する大きな原動力は、このような身体障害者福祉に関する理念のみならず、武道がこれまでのリハビリテーション技術に勝るとも劣らない可能性を秘めていることにある。すなわち、身体運動理論体系としての武道が、身体的に身体障害者のリハビリテーションに資するとともに、精神文化としての武道の側面が身体的、精神的に身体障害者のリハビリテーションに資する大きな可能性を有しているのである。
 
たとえば道場が身体障害者を道場生として受け入れるときには工夫が必要であろうが、武道稽古における精神的なリハビリテーション効果を高めるためにも、基本的には健常者とは分離せず、ノーマライゼーション理念に基づいた対応をすべきであると考えている。その啓蒙活動を行う上では、まず健常者・道場指導者を中心に「身体障害者を受け入れ指導することは難しくない」ということを理解していただく活動が必要であると認識している。
 
 今回開催した身体障害者への武道指導法講習会ではサブタイトルとして「武道 for All」=「みんなの武道」を掲げた。Sports for ALL運動からヒントを得たものである(注1)。しかし現在、今後は「みんなの武道(武道for All)」よりも「それぞれの武道(武道for Everyone)」の方が的確ではないか、いや「みんなの武道・それぞれの武道」併記がいいのではないかという議論を学生としている。以下の報告をそのような観点からお読みいただけるとよいのではないかと考えている。
 
 
 
スウェーデンからの研修生
 
スウェーデンからの空手道研修生が平成13年3月から5月のはじめまで本学に滞在した。この研修生ポントス・ジョハンソン氏(29歳)は期間中、空手道部の練習に参加し、空手技術の研鑽を行う一方で、本学空手道部員に多くの刺激を与えてくれた。
 
 彼は、身障者水泳ワールドカップで銅メダル、ヨーロッパカップで銀メダル2つ、バルセロナ、アトランタパラリンピックにスウェーデン代表水泳選手として出場している。
 
彼は、脳性麻痺による右下肢機能障害があり、生後7ヶ月から始まったリハビリテーションによって11歳でやっと自立歩行ができるようになった。しかしその後、障害が悪化し、歩行が再びできなくなったが、水泳のためのトレーニングの一環として16歳で空手道の稽古を開始した。スウェーデン和道会の大上真吾先生に師事し、空手道や他の武道を通じてバランスの取り方を学び、再び自立歩行ができるようになったのである。この経験を通じて彼は、空手道をはじめとした武道が身体障害者のリハビリテーションに非常によい効果もたらすと確信し、現在は、スウェーデン北部にあるボーデン市の空手道場でコーチをしながら、身体障害者への空手道をはじめとする武道の普及に尽力している。スウェーデンパラリンピック水泳ナショナルチームコーチとして選手達のトレーニングにも週1回の空手稽古を取り入れている。
 
 
 
身体障害者への武道指導法講習会
 
 今回の講習会は、ポントス・ジョハンソン氏の指導の下、武道学科の空手道部部員、国際スポーツ文化学科学生そして別科生(外国人留学生)が企画、準備、広報、実施を担った。講習会の進行、通訳もすべて学生によって担われた。また、ボランティア同好会の学生が今後の身体障害者への武道普及活動のために募金活動を行い4万2千円の寄付を受けた。
 
会場となった国際武道大学7号館剣道場には100名を越える学生・社会人が集まった。広報期間が1週間しか無かったにもかかわらずテレビ局、新聞社の取材も入り、学生の士気も高まった。
 
まず、健常者である参加者は例外なく会場入口で「障害」を選び、身体を拘束する。様々な障害を持ったものが一緒に稽古する状況を作ることから始まる。実際にスウェーデンでは、このように様々な身体障害者を健常者と一緒に武道・スポーツ指導を行い、成果を収めている。
 
 講習会の内容は、スウェーデンでは通常2日間かけて実施している講習会のエッセンスを2時間に凝縮したものである。具体的には、開催のために学生が準備した台本から抜粋する形で概要をお伝えしたい。
 
 
 
<整列 正座 礼>
 
 障害によって不可能な部分があるとしても、なるべく近い動作をとるよう促す。
 
<開会>
 
 講師のポントスさんです。拍手! 腕の欠損や機能障害で「拍手」できない方もいると思います。しかし、床をたたいたりして歓迎の意志は表現できると思います。今日は「これができない、あれができない」ではなくて、「これができる、あれができる」という可能性を探ってください。
 
 最初に無理して正座をしていただいたかもしれません。しかし皆さんは生まれてからずっと障害を持っていると思いこんでください。はじめて道場にいって、「君でやらなくていいから見てて」ではなく、同等に道場の流儀を体験した、普通にしてもらったという楽しさを想像してください。
 
<準備運動>
 
 準備運動です。隣の障害者がバランスを崩して倒れてくるかもしれません。お気をつけください。できないではなく、何ができるかを考えながらおやりください。
 
<木刀>
 
 安全確認をして素振りをします。
 
 両上腕欠損の方はどうすればよいでしょうか?
 
向き合って後ろではなく横にステップする指導。
 
時代劇に出てくる「侍」の様にかわしてください。
 
<基本>
 
 では、空手道の基本をやります。
 
 障害のレベルによってできる突きもしくは足の動きだけを練習ください。
 
 相手に突かれたら防御します。「受け」です。
 
 とにかく突きを払えばいいのです。
 
 うち受け・外受け、上段払い・下段払いの組み合わせです。
 
 では受けて反撃する練習です。できるスタイルでおやりください。
 
<1本組手・3本組手>
 
<居取り>
 
両手・両襟・裏拳
 
ポントスが空手道部員を投げて組み伏せる。
 
<自由組手>
 
 力を直接受けるとポントス倒れる。
 
 いなすと倒れず、反撃できる。
 
<型>
 
ジオン 学生二人が一人は両足を拘束して同時にジオンを行う。(2人の息の合ったジオンは、「身障者もできる」ということを参加者に強く印象づけ好評であった。)
 
<寝技>
 
<まとめ 質疑応答>
 
<整列・正座・礼>
 
 
 
 ちょうど2時間で全プログラムが終了した。
 
 
 
講習を終えていくつかの質問
 
*競技性について
 
この活動に関して、多くの方から「試合はどうするのか」「パラリンピックの種目になれるのか」という質問を頂いた。多くの日本人が長野パラリンピックを見て身体障害者競技に感動した。身体障害者の姿に「勇気づけられる」だけでなく、更に「格好いい」と感じた人も多いのではないだろうか。その競技レベルの高さは十分に見る武道・スポーツの対象になるものである。そして各種武道種目もルール・カテゴリーの開発により多くの武道種目が視覚障害者柔道に続いてパラリンピック種目になることは喜ばしいことかもしれない。しかし、現段階では、まず競技領域よりも生活領域の武道を普及することを主眼に活動すべきと考えている。
 
すなわち、障害者武道・スポーツは、1,高度の競技武道・スポーツ(見る武道・スポーツの対象となりうるレベル)、2,競技的武道・スポーツ(生活武道・スポーツとしての競技武道・スポーツ)、3,趣味の武道・スポーツ(活動自体や仲間との交流に価値を於く武道・スポーツ)、4,健康武道・スポーツ(障害者のリハビリテーションを含む)を4種類に分類できるが、活動戦略として、まずは3,4のレベルを主たるターゲットにすることが現実的であろる。いずれ、生活領域の武道の中から競技指向者が出て来ることを期待している(注2)。
 
 
 
*武道を習いたい身体障害者いるのか?
 
確かに身体障害者は相対的には少数ではあるが、絶対的には少数ではない。
 
厚生省の調査によれば(注3)、身体障害児の人口比は、人口1,000人に対して3.3人となっている。また全国の18歳以上の身体障害者数(在宅)は、2,933,000人(人口比2.9%)と推計されている。これらの身体障害者全員が武道をするわけではないが、普及する可能ではあると感じている。むしろ、空手人口を高校年齢層を例に考えてみると、約1万人であり、当該年齢層の人口比は約0.2%に過ぎない。剣道、柔道、弓道を合計しても約10万人で、人口比は約2.2%であり(注4)、空手道・武道競技者の方が相対的に少数といえる。
 
現段階では多くの健常者・身体障害者がともに「身体障害者に武道は無理」と思いこんでいる状況にあると推測する。
 
 
 
*危険はないのか?
 
危険は存在する。しかし、それは健常者でも同じである。前述のように道場が身体障害者を道場生として受け入れるときには工夫は必要であろうが、基本的には健常者とは分離せず、ノーマライゼーション理念に基づいた対応をすべきであると考えている。事故が起こるたびに普及活動が後退しないように保険、道場への入会手続時の承諾書の開発をしなければならない。
 
 
 
*身体障害者に本当にできるのか?
 
パラリンピック選手であるポントス・ジョハンソン氏が特別なのではないかという意見も頂いた。実際に身体障害者への指導を行っていない私に直接回答する資格はない。
 
しかし、ポントス・ジョハンソン氏が住むスウェーデン北部のボーデン市(人口約2万人)にある彼の道場では15人程度、彼の住む県全体では60人程度の身体障害者が空手道の稽古を行っている。また日本にも実例はある。大阪市身体障害者スポーツセンターにおける身体障害者への柔道指導に関するレポートは勇気づけられる内容となっている。少々長くなるが引用して回答に代えたい(注5)。
 
「身体障害者に於ける柔道の修業の方法は、肢体不自由、視覚障害、聴覚言語障害などのそれぞれの障害を有していても、何ら健常者と変わるところはない。彼らにとっても、柔道は力比べをする人間の本能に基づく身体活動であり、投げ技、固め技、関節技と、障害の種類、程度に応じた工夫は必要であるが、これらの技術に応じた工夫は必要であるが、これらの技術を身につける努力も特別のものがあるわけではない。ただ、障害によっては運動能力としての四肢、躯幹の支持性、安定性、スピードなどに問題があったり、運動器官の変形、拘縮、短縮、異常可動性、動揺関節、欠損などの部分的な異常も認められ、それなりの工夫(サポーター、装具、テーピングなど)が必要である。」としている。また、柔道の受け身に関しては、習得に多少時間はかかるとしても無理なく反射動作として身につき練習で発揮できているとしている。
 
 
 
*指導方法は?
 
 健常者に対する空手道指導においても、指導対象年齢によっても様々な工夫が可能であり、その研究が熱心な指導者、研究者によってなされている。その重要な成果の数々が現場で重要な意味を持っていることは明らかである。まして身体障害者においては、その障害の部位、程度によって違った指導法があろう。しかし、障害を分類できるとしても、脊髄損傷部位のレベルが同じでも症状が異なる。結局、身体障害者への指導法の体系化を待つのではなく、実際に受け入れ指導しながら試行錯誤するのが解決法として有効であると考えている。「あれができる、これができる」という姿勢で、常に個別に見ることである。個別に見るという点では健常者指導と変わらない。しかし、それは対象となる身体障害者に常に付き添うことを決して意味するものではなく、基本的には健常者と同様に各自に工夫を促すことが重要であろう。
 
 
 
 
 
今後の展開可能性 
 
* 身体障害者武道協会の発足
 
スウェーデンに於ける身体障害者への武道普及のために、ポントス・ジョハンソン氏はスウェーデン武道協会の下にスウェーデン身体障害者武道協会を運営している。身体障害者武道協会は、身体障害者の武道に関して当該協会を頂点として各種武道競技団体・流派などが加盟しピラミッド型に構成されるものではない。あくまでも身体障害者を中心に置き、サポートをする組織となっている(概念図参照)。
 
 
 
 概念図 身体障害者武道協会
 
 
 
日本でもこのような組織を作ることが望ましい。現在、学生とともに検討中であるが、当初は、武道を習いたい身体障害者に道場などを紹介する事業をインターネット上に形成することが主な業務になると考えている。文部科学省の地域総合型スポーツセンター・広域スポーツセンター構想と、地域で地道な活動をなさっていらっしゃる道場との連携仲介を担うことが目標となろう。
 
 日本においては、会員制度をとらず、開かれた組織にすることが肝要であると認識している。あくまでも身体障害者への武道普及を考えれば、当該組織は身体障害者武道普及の頂点に存在するものではなく、底辺に存在し、身体障害者への道場の紹介、道場への指導法紹介事業など情報サービスが主な活動になると考えている。インターネットが発達している現在、情報サービスはネット上で行われることになろう。
 
 現在、世界的な情報交換のためにスウェーデン、ノルウエーなどで活動なさっている方々が参加し国際身体障害者武道協会(仮称)を立ち上がろうとしてる。日本語・ハングル語・中国語・スペイン語などのホームページは、国際武道大学学生の管理運営が期待されている。当初は日本独自の組織ではなく、このような開かれた国際組織の日本支部の形でサポート事業に着手したいと考えている。
 
 
 
* 身体障害者武道使節団の招聘
 
 具体的事業として、学生とともに北欧からの身体障害者武道使節団の招聘を計画中である。現在のような経済状況では「よい事なので」というスタンスではスポンサー企業を見つけることは難しい。きちんとした企業のメリットを提示したうえで協力を御願いする形で学生が交渉をはじめている。現段階では多くの企業から前向きの回答を頂いている。
 
 
 
* スウェーデンにおける研修
 
 平成13年8月には空手道部員3名が身体障害者指導の研修のため3週間スウェーデンで研修する。平成14年度からは国際スポーツ文化学科の学生による研修も計画されている。夏にスウェーデンで研修し、冬に身体障害者武道使節団を招聘するというサイクルを3年程度継続させることを目指している。しかし、まだまだ課題は多い。
 
 
 
 
 
おわりに
 
この活動への私の関与が「身障者の状況はどうにか変化させよう」という奉仕の精神に支えられるとしても、私が活動を通じて空手道部員をはじめとする国際武道大学学生に新しい武道・スポーツサービスの形を提示し、教育効果を高めるという利益を得ることを否定できない。むしろこのような利益を目指して活動を行っていくというスタンスが、活動継続の上で必要であるとも考えている。
 
講習会への参加を促した学生の中には少なからず「先生に言われたので仕方なく」という義理堅い学生がいた。しかし、そういう学生こそが、講習会終了後「すごく楽しかった」と喜々として報告に来た。「勉強になった」ではなく「楽しかった」という多くの学生の感想にも活動継続の可能性を見いだしている。
 
2005年に介護保険が全面的見直しされる予定になっている。介護保険の対象として要介護高齢者が中心に議論されているが、介護保険と障害者の関係をはっきりさせなければならないと政府審議会でも議論されている。各種武道道場に於ける稽古がリハビリテーションの一環として認められるのか、介護保険によるサービスの一内容として認められるか否かが議論に上るような状況になることが理想である。空手道道場での稽古が介護保険による給付サービスの一内容となり、道場月謝などの費用が給付されることは夢であろうか。
 
 
 
注1:『スポーツ白書2010 スポーツ・フォー・オールからスポーツ・フォー・エブリワンへ』SSF笹川スポーツ財団 2001年 参照 
 
注2:片岡孝重・木村和彦・浪越一喜 編著 『現代スポーツ経営論』(株)アイオーエム,1999年 pp.106 
 
注3:この身体障害者実態調査は全国の身体障害者・児及びその属する世帯を対象とし、平成7年国勢調査により設定された調査区から1/360(児については、1/100)の抽出率で無作為抽出された地区内に居住する身体障害者・児及びその属する世帯を客体として平成8年11月1日に実施された。ここで身体障害者とは、平成8年11月1日現在、18歳以上の者であって、身体障害者福祉法別表に掲げる障害を有する者であり、身体障害児とは、平成8年11月1日現在、18歳未満の児童であって、身体障害者福祉法別表に掲げる障害を有する児童をいう。調査は、障害の種類・程度・原因等の状況、日常生活の状況等を把握することによって、身体障害者・児福祉施策の推進に必要な基礎資料を得ることを目的として実施された。
 
注4:土居陽治郎 松井完太郎「体育系私立大学入試の現状と将来予測に関する研究」『国際武道大学紀要』第15号, 1999
 
注5:市川宣恭 広橋賢次「障害者のスポーツ種目 柔道」 『臨床スポーツ医学』Vol.3,no.11(1986-11) pp.1151-1154