GPSの仕組み
(原理・誤差原因、入門編、「みちびき」精度)
身近になったGPSですが、意外と原理を知らず利用しており誤解が多々あります。特に「みちびき」については、受信出来ればcm単位やm単位での精度が得られると勘違される方が多数おられます。このページでは、「みちびき」の仕組みも含め出来るだけ分かりやすく解説いたします。(2022年情報)
まずGPS(Global Positioning System)は、米国が上げたGPS衛星を利用しています。
米国以外にも世界のGPS(正確にはGNSS)は現在増えています。(毎年増減しているので数は参考です。)
GPS −アメリカ(2022年31機)
GLONASS −ロシア (2022年25機)
Galileo −欧州 (2022年28機)
QZSS −日本 (2022年4機)
BeiDou −中国 (2022年49機)
IRNSS −インド (2022年7機)
GPS衛星から発信された(信号コード)電波は、光の速度で地上に到達します。
⇒299,792,458 m/s(約30万キロメートル毎秒)
発信された時間と、到着した時間を計測することで、衛星からの距離を測定します。(レンジングと呼ばれています。)
電波到達時間(GPS衛星→受信側) × 電波速度(光速度) = GPS衛星からの距離
GPS衛星からの距離が分かると、その衛星を中心とした距離を半径とする球面上のどこかに居ることになります。
衛星の位置(軌道)はGPSから送信されて分かりますので、3個以上の衛星からの球面の交点が現在地ということになります。(受信の確認に信号コードを使うことからコード測位方式とも呼ばれています。)
各衛星から測定された距離の交点が現在地です。
光の速度の信号コード到達時間を正確に測定するためには、原子時計が必要となります。
GPS衛星には2台以上搭載されていますが、GPS受信側に搭載することが、コスト、サイズ的に出来ません。そのため水晶発振時計(クオーツ)を利用しますが、精度が悪いため、衛星から届く時間で補正しながら測定しています。
(時刻補正には、最低4個衛星が必要となります。⇒4つの未知数の連立方程式を解く必要があります。)
1mを光の速度で通過する時間は、0.00000000333564 秒です。(ほんの少し遅延するだけで大きな位置誤差が生じます。)
余談ですが、相対性理論によると地上と衛星では進む時間が違います。(1日 約30マイクロ秒進む:雑誌Newtonより)
衛星側の原子時計は、この現象を補正する仕組みを持っています。(資料)
GPS誤差の原因
GPSの位置誤差は常に数メートル在ります。極端に悪い場合は100m以上となります。誤差の原因は以下の9つあり、この原因が合わさり生じています。(注:誤差mは資料により違いがあります。)
1)米国政府による意図的精度低下=SA(Selective Availability)
→2000年5月に解除されています。
2)GPS側衛星の時計誤差 1〜2m程度
3)衛星軌道情報の誤差 1〜4m程度
4)大気遅延(電離層・対流圏)
【電離層】遅延 2〜20m程度
→太陽フレアなど太陽活動が激しいと急激な誤差変動します。(電離層シンチレーションと呼ばれます)
→地域により遅延量が異なります。
→水平線(地平線)付近の衛星は影響が大きいため測位から除外します。
【対流圏】(空気、水蒸気) 数m程度
→天気(水蒸気、雲)の影響を受けます
5)建物や山の反射(マルチパス) 数m
6)受信機側の時計誤差 1m程度
7)その他ノイズや信号減衰(携帯電話<LTE電波>、電子機器と干渉、妨害電波<ジャミング>など)
→受信数減少の原因となり9)へ影響
8)システム障害
→ごくまれに発生事例があります。
米国GPS 2004年1月1日(資料)
ロシアGLONASS 2014年4月1日(資料)
EUガリレオ2017年1月18日(資料)
9)衛星の配置・補足数不足 数十m
→これが、一番誤差が大きな原因です。
GPS衛星の配置状況は、DOP(Dilution of Precision:精度低下率)という数値で表されます。衛星受信数が少なくGPS衛星位置が離れていない場合は、三角測量で誤差が大きくなります。
(資料3)→P7
この測量誤差は受信機ごとに異なるため、DGPS(下記記述)での補正が出来ません。
下の図はDOP(測量精度低下)のイメージ図解です。
衛星からの測定距離を半径とした円(実際は球面)が重なる場所が現在地です。衛星の間隔が広い場合は、交点は狭い範囲で収束するため測量誤差は小さくなります。(上記赤矢印)
山やビルの陰になると受信出来るGPS衛星が減少。そのため見かけ上近い衛星のみ受信することになります。
衛星が近い場合は、円の交点範囲が広くなってしまい、少しの誤差(円周の線の太さで表現)でも大きな位置の変化が生じます。(測量誤差)この状況がDOPの悪化している状態です。
(山でのGPS精度レポートはこちらへ)
GPS(GNSS)衛星からの情報
1)電波(周波数)と信号(コード)
ひとつの電波(周波数)に複数信号(コード)が共存します。
L1 (1575.42MHz)
@L1C/Aコード:第一世代の民間用信号 ⇒カーナビ、スマホやGARMINは受信可能
AL1Cコード:第三世代の民間用信号 →GNSS互換(米GPSは2020年から打上開始)
BL1Mコード:最新の軍用信号(解読不可)-資料
L2 (1227.60MHz)
@Pコード:第一世代の軍事用信号(Yコードが付加され解読不可)
AL2Cコード:第二世代の民間用信号
BL2Mコード:最新の軍用信号(解読不可)
L3 (1381.05MHz)
核爆発探知システム用
L4 (1379.913MHz)
電離圏層の情報を収集用
L5 (1176.45MHz)
@L5Cコード:第二世代の民間用 →GNSS互換
複数GPS衛星から同じ周波数で発信した信号がなぜ混信しないのでしょうか? また民間用で複数信号や軍用と混在出来たりするのは何故?
これは固有の拡散符号というものが付加されているため、各信号を受信側で選り分けることが出来るためです。符号は疑似乱数(一見デタラメだが解読できる数)なのでPRN(Pseudorandom noise codes)と呼ばれており、C/Aコード、Pコード、Yコード、Cコード、Mコード等があります。
信号拡散は携帯電話等でも使われているCDMA技術でスペクトラム拡散と呼ばれているものですがここでは触れません。
2)GNSS衛星が発信している情報
✓発信した日付と時間
(衛星健康の状態と徴候、クロック補正係数を付加)。
✓自分の衛星の位置
(エフェメリスと呼ばれている精度の高い情報で、有効期間4時間です。)
✓他衛星の軌道の情報
(アルマナックと呼ばれている荒い情報<有効期間6日間>です。全衛星分受信するのに約12分掛かります。測位可能な衛星を見つけるために利用します。
GPSの電源を入れて位置特定に時間が掛かる理由はこの情報を入手するのに時間が掛かるためです。
スマホはA-GPSという仕組みで、ネット経由でこの情報を入手するため素早く測位が開始出来ます。→アンドロイドOS搭載の場合は、EPOファイル: Google Android GPS Extended Prediction Orbit Dataで、Garminの場合はCPEファイル:Connected Predictive Ephemeris と呼ばれますが中身の情報は同じです。)
✓電離層の情報
(“KLOBUCHAR”と呼ばれる、誤差が大きな荒い情報。)
です。
詳細:https://www.enri.go.jp/~sakai/pub/symp07a.pdf
GPS誤差修正手段
Differential GPS(相対測位方式)。→略してDGPS
位置が分かっている電子基準点で、GPSを受信します。GPSから得られた位置と本当の位置との差(=ディファレンシャル)を分析します。(衛星軌道、電離層の遅延や誤差は、近くにある受信機に対しては、ほぼ同じ位置誤差が生じます。)
その誤差情報を何らかの手段で、各GPS受信機に情報を届ける必要があります。条件が良ければ1m程度の誤差まで精度を高めることが出来ます。→参考
【見通しの良い場所ではDGPSによる補正は大変有効】
【谷間では、DOP悪化での誤差が大きい為DGPSによる補正はあまり役に立ちません】
電子基準点からGPS受信機に誤差情報を届ける代表的な方法は、以下4つあります。
@FM電波での送信
A海上保安庁のビーコン (資料)
→海上向けで、山向けには不向きです。(2019年3月1日廃止済み)
B静止衛星からの送信
→SBAS(satellite-based augmentation system)主要エリアでサービス
米国: (WAAS)
北欧・アフリカ: (EGNOS)
日本:MTSAT (MSAS)→日本では「ひまわり」からQZSSに引き継ぎ
インド:GAGAN
上記以外:ロシア(SDCM)、アフリカ(SAFIR)、韓国(KASS)、中国(BD-SBAS)(資料)
C準天頂衛星「みちびき」による送信
L1S信号、L5S信号、L1Sb信号(補強信号)で、DGPS情報を2020年4月から開始(資料)
→現時点(2021年1月)GARMINではL1S,L5S,L1Sb受信不可です。
SBASの役割(資料)
本来、航空機用に用意された誤差等補強の仕組みですが、一般向け用途が広がっています。(DGPS補正情報が提供)
誤差修正以外には、衛星の健康状態をモニターして測位に利用しても良いかなどの信頼性情報も提供しています。
実は航空業界では安全重視のためGPSを完全に信用しておらず、アプローチや着陸に使ってはダメな信頼性低下時間帯を予測=RAIM(Receiver Autonomous Integrity Monitor)してパイロットに通告しています。
→SBAS信号は、GARMINで受信可能(資料)
衛星の番号について
衛星(正確には衛星が発信している各信号)にはPRN番号とNMEA番号の2つが付いていますが、PRN番号(pseudo random noise=疑似乱数による識別番号)は、WEBで確認できます。
レシーバに表示されるNMEA番号は、全米海事電子機器協会(National Marine Electronics Association)が決めています。
2つの番号の関係は、下記です。
・米国GPS:1〜32 NMEA=PRN
・SBAS:33〜64 NMEA=PRN-87
・GLONASS:65〜96 NMEA=slot+64
GPS高精密測位(❶スタティック測位、❷キネマテック測位)
GPS(GNSS)を「測量」など高精度な計測(mm〜cm単位)に利用する方法で20年以上の実績がある手法です。
地殻変動の監視、土地建物道路・土木などの測量、地図作成、山岳標高の計測、等の高い精度が求められる場合に使われます。→参考資料
土木工事現場でのGPSによるcm単位の精密測量
1m以下の精度を求める場合は、信号コード(光の速度)到達時間で計測は限界です。そこでGPSが発信している搬送波(電波)そのものを測定する技術が実用化されています。
搬送波(つまり電波)の位相(つまりズレ)を観測することで距離計測するため、干渉測位(または搬送波位相測位)と呼ばれています。
GPSの情報をどのように搬送波に乗せるのかは、下記図をご参照ください。
上記図は、GPSの情報を電波に乗せる流れです。乗せる電波は『搬送波』とも呼ばれています。
❶スタティック測量(静止点向け)
mm単位の超高精度に測量することが出来ますが、測量には1〜2時間以上掛かります。基準点が複数必要(同時に観測)で、基準点に近いほど精度が上がります。
すぐに結果が分からず、一旦オフィスに持ち帰り計算させる必要があります。後日、複数の基準点で観測したデータやIGSという機関からの高精度の精密衛星軌道データ(精密暦と呼ばれています。)と突き合わせする必要があるからです。
GPS衛星が発信している軌道情報(放送暦)は、数メートルの誤差がありますが、IGS等が発表している軌道精度は最終の精密暦(1〜2週間後)で5p以下です。(資料)
(標高測量イメージ)
スタティック測量の精度は条件により異なりますが5〜10mmです。
❷キネマテック測位(移動点も可)
『kinematic』(キネマテック)とは動いている状態でも測位できるという意味です。干渉測位法にも関わらず、比較的早く1〜2cmの誤差で計測が出来ます。複数方式があります。
RTK法:測定点と基準点とのデータのやり取りが必要です。
PPP法:基準点が不要で単独で測位できますが、誤差を補正するための情報受信が必要です。
測位計算手法初期の位置を特定するのに4個以上GPS衛星が受信出来る場所で数分〜15分位必要です。初期位置特定後は自由に動き回れますが、一旦信号が失われると再度初期位置を特定させるため待つ必要があります。(静止は不要)
干渉測位(搬送波位相測位)ってなに?
もともとGPSはコード測位(信号コード到着時間から距離を求める方式)として設計されていました。
上記図は、信号到達時間の計測イメージ図です。
この計測方法では10m程度の誤差が生じます。より精度の高い測量のニーズがあり、干渉測位法は後から発展してきた技術です。
方法は、搬送波の波形の数Nを数えることで距離を測量します。
搬送波の波形数Nを数えることは簡単ではありません。なぜならば衛星からの距離が不明なためです。
波形のズレ(位相差)だけで衛星までの距離が測定できるのか非常に不思議ですよね。
GPS発信時刻から生成した波と観測された波を干渉させると、波のどの位置(位相と言います)にいるのかがわかります。しかしN数(波の数)は分からないままです。
上記の図は一つの衛星から届いた電波のイメージです。実際は平面ではなく球面で電波が広がります。上記図は「等位相面」というものを考えたものです。
はじめは衛星から何番目の「等位相面」にいるのか分かりません。でも複数時間で観測された候補位置を絞り込むことで、どの距離の「等位相面」に乗っているかを推測します。
通常の信号コードによる測位で、仮に50m程度誤差位置に絞り込んだところからスタートした場合、前後100m位の範囲でNの候補が約500本(実際は面)あることになります。
下記は分かりやすいように等位相面2次元で線として表現します。
上記は、4つの衛星から電波を受信している場合の交点を求めます。
正しい位置が赤色の▲とします。4つの衛星から来た電波で等位相面(実際は球面)に乗っているとすると4衛星からの等位相面が一致している交点となるはずです。
交点が完全に一致する場所が見つかれば位置が確定できます。
実際は、交点が微妙にずれた候補点(●で印)が複数見つかります。誤差で等位相面が前後する可能性もあるためすぐには候補から排除できません。
上記イメージ図ですが複数衛星からの電波で候補を絞り込んでいきます。(ドップラー効果も利用)
決定するためには、長時間(RTK法は約1〜15分、スタティック法だと1〜2時間)の観測が必要になります。
また基準点(位置が明確な点)と測定点とで同時に4個以上の衛星を観測しないと軌道や電離層などの誤差補正が出来ず位置の絞り込みが行えません。
上記の図は複数のGPS衛星からの位相観測イメージです。時間の経過とともに衛星も移動するので衛星数が多いまた経過時間が長い方がN数をみつけやすくなります。
L1、L2、L5電波を組み合わせることで観測された位相からN数の絞り込み(位置候補)を大幅に早めることが出来ます。たとえば上記の例(イメージ)では2つの電波の位相が揃うと観察された場合、候補が1/4に絞られることになります。
一旦N数が正しく見つかると、移動しても矛盾のない正確な距離がリアルタイムに分かります。(計算式は難解なので省略)
“アンビギュイティ決定”??
GPS関連資料で、干渉測位(搬送波位相測位)を調べるとかならず出てくる言葉です。Ambiguity(アンビギュイティ)は直訳すると「あいまい」という意味です。意味は、上記N数(衛星から何番目の波か=別名:整数値バイアス)を決定することです。
決定する方法は多数提案されていますが、流れは「推測」→「検証」です。(資料)調べる範囲が狭くなるほどに候補点が激減するので収束が早まります。
N数は整数(つまり少数点以下はない)のはずですが、最初からズバリ決定出来ず、少数値を含む近似解を見つけます。(最小二乗法によるフロート解と呼ばれているものです。)
さらに絞込み、整数値が完全に決まる解(フィックス解と呼ばれています。)を決定できれば精密な位置が特定できます。
上記グラフは誤差が時間経過で収束していくイメージです。(実際はもっと乱れています。)RTK法でも10cm程度の誤差に収束するまで数分〜15分初期時間が掛かります。(条件が揃えば30秒程度に短縮可能)
キネマテック測量やRTK測位がハンディーGPSやスマートフォンに使われない理由
❶搬送波を計測に使うためノイズやマルチパス(反射波)などの影響を受けやすい
❷初期化に時間が掛かる点や、常に4個以上の衛星を受信しなければならない
❸一旦信号が途切れると再度初期化時間が必要になる
❹基準点が10km以内に必要(自前で基準点を用意するか、有料サービス等利用する。)
❺装置や高感度アンテナも高価でコンパクト化は難しい
❻cmまでの測位ニーズが低い コストが合わない
GPS干渉法は20年以上測量の世界で使われてきた技術ですが、スマホやカーナビ用としては課題が多々あります。現在も、大学や企業・研究機関で研究されており日々改善が進んでいますが、現時点では、登山やスマホで使えるようなものではなさそうです。
Googleで検索した干渉法用のアンテナ(大きなものが多い)
さて政府が力を入れている「みちびき」というプロジェクトが分かり難いので、まとめてみました。政府の資料では物凄いプロジェクトだと印象を受けます。ところが仕組みは説明がありません。
Webで調べても、原理を簡単に説明する資料が見当たりません。ほとんどの方が、「みちびき」は画期的な衛星だと信じておられるかもしれません。事実は以下です。
準天頂衛星「みちびき」について(Quasi-Zenith Satellite System)
この衛星の役割は以下3つ(@補完、A補強、Bメッセージ)です。
@GPS補完(補完信号)
天頂近くにGPSが増えることによる測定精度向上効果です。信号は、米国GPSと互換のものを受信出来ます。⇒GARMIN etrex10,20,30等は英語版・日本語版ともに受信可能。
一般的に天頂付近は遮(さえぎ)るものが少ないため受信確率が上がります。しかし、単にGPS衛星が増えるだけです。
iPhoneが「みちびき」を受信出来るからと言っても1mやcmまで精度が上がる訳ではありません。ビルの谷間で、20〜80mの誤差が生じていたものが本来の誤差10m程度に戻るだけです。
携帯電話が街中で位置精度が比較的良い理由は、Wi-Fi、Bluetooth、携帯基地局(携帯の電波)による位置補正にも関係があります。
また(資料)で西新宿での比較を見れば分かりますが、みちびき精度は実は「ロシアの衛星グロナス」の効果である可能性が高いです。
別のデータですが、経済産業省のページにある、平成28年3月18日衛星測位活用検討コンソーシアムの資料P38によると、銀座周辺の補完効果は、誤差10.82mとあります。
AGPS補強(補強信号)
紛らわしいですが、補強には下記2つのサービスがあります。
A) 『サブメータ級測位補強サービス』
B) 『センチメータ級測位補強サービス』
A)『サブメータ級測位補強』
SLAS(Sub-meter level augmentation signals)
1〜3m誤差補正情報提供で、国内向けサービスです。
これはL1SまたはL5Sいう日本独自の信号を使いますが、従来のGPSでの位置補正技術であるDGPSを実現しているのに過ぎません。要するに「ひまわり」と同様のディファレンシャル補正を指し、すでにサービスされているSBASとほぼ同じ内容です。
残念ながら従来のGPSレシーバでは受信出来ません。
SBASと違う点は、7日間有効のGPS用とQZSS用の軌道情報(エフェメリス)を配信することでレシーバ電源オンした際の測位速度を速める工夫ですが、携帯やスマホはA-GPSという仕組みが既にあります。
QZSSの信号一覧をみるとL1Sとは別にL1Sbという信号があります。このL1SbはSBAS完全互換信号です。(GARMINで受信出来る可能性があります。ただし「3号機」静止衛星からのみ発信です。)
信号 |
L1Sb (3号) |
L1S、L5S (2号、4号) |
精度1 |
2〜3m (九州南端以北) |
1〜2m (県庁所在地) |
精度2 |
7m (九州南端以南) |
2〜3m (日本周辺) |
DGPS補正 |
× |
〇 |
高速補正(fast correction) |
〇 |
× |
長期補正(long-term correction) |
〇 |
× |
電離層補正 |
〇 |
× |
軌道時刻予報 |
× |
〇 |
SBAS互換 |
〇 |
× |
初号機のサブメータ級補正信号は、『L1-SAIF』と呼ばれていました。2015年7月頃に『L1S』変更され、仕様も修正されました。(資料5P)
上記L1SbはDGPS補正が“×”ですが、従来のSBAS(MSAS)もDGPS情報は、電離層補正と、長期補正(ゆっくりと変化する衛星の軌道情報とクロック誤差に対する補正値。)と高速補正(変化の早い鮮度の短い情報)として誤差成分を要素毎に分解して配信されていますが内容はDGPS補正情報です。
(誤差を要素別に分ける手法は、専門用語でSSR「State Space Representation」状態空間表現と呼ばれます。資料)
注意点:受信衛星数が少なく、DOP(衛星配置による測位精度の低下率)が悪い場所(森林や深い谷の中、高いビルの谷間など)は、補強信号L1S もしくはL5S(=Differential GPS情報)を受信しても精度は改善されません。
L1SやL5S信号による補強は、GNSS衛星を多く受信出来る場所でDOPによる誤差が少ない場所でのみ効果が期待出来ます。L1S受信出来れば絶対1m精度になるというものではありません。
2021年1月時点L1S信号を受信出来るものは、まだ小数です。それ以外はモジュールもしくはアンテナです。資料 また、みちびきの公式WebサイトでL1S受信はバッテリー消費が増えるためスマートフォンなどを想定していないと記載されています。
B)『センチメータ級測位補強』
cm誤差補強についてご説明します。
このサービスは、LEX(L-band experiment)=L6という1278.75MHzの周波数信号を使います。JAXAの資料では、「欧州Galileo衛星のE6信号と相互運用性を有す。」となっております。
このcm誤差補正は実は、2つのサービス(国内専用@CLAS と 海外でも使えるAMADOCA)が在ります。
L6信号構造(資料)
信号名 |
メッセージ名 |
用途 |
L61 |
L6D |
CLAS用 |
L61 |
L6D |
不明 |
L62 |
L6D |
CLAS用 |
L62 |
L6E |
MADOCA用 |
@CLAS:Centimeter Level Augmentation Service → 国内向けサービス
1号機では衛星測位利用推進センター(SPAC)という組織がCMASという名前のサービスを開始していました。開発は三菱電機株式会社が担当し、子会社の三菱スペースソフトウェアが部分開発しています。
2号機以降からCMASはCLASという名称となりました。変更点は通信フォーマットが国際規格RTCM準拠となりました。今までLEXと呼ばれていた信号名は、L6信号に名前を変えました。
技術的な測位手法は、PPP-RTKもしくはRTK-PPP(Precise Point Positioning)と呼ばれているものです。原理を理解するためには、初めにRTK法とは何かを説明しなければなりません。
上記は従来のRTK法のイメージ図です。
GPS(GNSS)から来る電波は電離層遅延や軌道誤差など様々な誤差を含みますが、干渉法(搬送波位相測位)を使い基準点と受信機で同時に同じGPS電波を観測することで基準点と受信機の相対的な距離においては誤差が相殺でき、1cm単位で正確に求めることが出来ます。
地面からの絶対位置は誤差が大きく生じていますが、基準点の位置が明確なので、受信機の位置もcm単位で明確にすることができます。
干渉法は、2か所以上で同時に4衛星以上の観測が必要です。また位置の明確な基準点を10km以内に自前で用意する必要があります。(離れすぎると電離層誤差が変わるためです。)リアルタイムに位置を割り出すためには、基準点と計測点とのデータ通信(無線や電話等)が必要です。
PPP法はRTKの欠点でもある基準局から10km以上離れた場所でも、干渉法(搬送波位相測位)を使った精密な測量が出来るように考え出された方法です。(資料)
ただしRTK法と比較すると、初期化時間が長いという大きな欠点があります。その欠点を解決すべくRTKとPPPの利点を融合させた方法がPPP-RTK法と呼ばれているものです。
RTK-PPP法のメリットとしては基準点が不要でRTK法並みの精度と初期化時間が短いことです。(資料)
仕組みは下記で説明します。
RTK-PPP法は、まず前段階として地上システム側で各GPS(GNSS)衛星の軌道誤差、時計誤差、また電離層を含む大気誤差等を電子基準点から観測します。
GPS衛星が発信しているエフェメリスと呼ばれる軌道情報(放送暦)はメートル単位での誤差を含みます。(地球からのわずかな大気や地表凹凸による重力変化、太陽や月の重力による潮汐力、太陽風などの影響で軌道が予測計算軌道からズレるためです。)
観測された誤差修正情報を、「みちびき」に送信し、「みちびき」から全国へL6D信号を使い配信(放送)します。
受信機側は「みちびき」経由で得られた誤差修正情報をもとに、GPS(GNSS)を使った干渉法(搬送波位相測位)で自分の正確な位置を知ることができます。
サービス範囲は日本国内のみで、アジア・オセアニアはカバーされていません。(資料)
また残念ながら、公称精度はRTK測量並み(1〜2cm)ではありません。おそらくL6D通信速度による制約の可能性があります。(推測です。)
GPS衛星を使ったcmレベルの精密測位は歴史が長く、1994〜2002年には国土地理院が全国電子基準点整備済みで、既に測量に利用されており、特に目新しい技術ではありません。
国土交通省国土地理院で作業マニュアルが掲載されていますが、2002年以降、独自で基準点を持たず、ネットワーク経由で電子基準点から補正情報を受ける方式もネットワーク型RTK-GPS測位として開発され、利用が広がっています。(資料) (資料2)
「みちびき」は基準局から10km以上離れても干渉法による精密測位が出来るように必要な誤差補正データを衛星で送信する仕組みです。残念ながら干渉測位(搬送波位相測位)を行わない、一般カーナビやスマホとは無縁のものです。
AMADOCA:Multi-GNSS Advanced Demonstration tool for Orbit and Clock Analysis →海外でも可能なサービス
準天頂衛星(2号機以降)にL6E信号が新しく追加されました。担当は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が行っています。このサービスはまだ実証実験中のものです。(2021年情報)(念のため:SPRING8のMADOCAとは無関係で別物です。)
資料:https://qzss.go.jp/overview/information/madoca_171206.html
基本的な原理は、PPP-ARと呼ばれている方式です。簡単に説明するとRTK法と同様に干渉測位(搬送波位相測位)で衛星との距離を計算します。
CLAS(国内向け)のPPP-RTK法と違う点は、各地域の電離層と対流圏の遅延データが送られません。(通信速度の関係で全ての地域情報送信が困難。)そのため受信側で電離層・対流圏遅延の補正を行う必要があります。
受信側での電離層の補正方法は、L1,L2,L5電波周波数で電離層の通過時間に違いがあることを利用します。そのため最低L1,L2,L6等の3周波受信する機器が必要です。
(上記は電離層補正イメージ図です。 L1信号とL2信号は電離層を通過する速度が違います。到着時間差から電離層遅延量を推測し補正します。)
対流圏遅延は適切な理論式により推定し補正します。
(上記は対流圏補正イメージ図です。衛星の見える角度で通過する空気の量が異なりますので数値モデルで対流圏遅延量を推測し補正します。)
PPP-AR方式は、各地域別固有情報(つまり電離層情報など)を送らないので、アジアやオーストラリアでもこのサービスが利用できます。しかしながら、受信側で電離層遅延誤差を補正するためには、高感度アンテナや受信機への負担が増え、コストや技術難易度が上昇します。
また現時点では初期化時間が長い点がデメリットです。
MADOCAの精度は、10cm未満を目指しています。それにしても何故か日本語の説明サイトが見つかりません。資料
『センチメータ級測位補強』の用途は、干渉法(搬送波位相測位)を伴うためレシーバ側の装置が高価となり農機自動走行、津波監視ブイ、大型土木機械制御、車両自動走行などの用途が限られます。スマートフォンやハンディーGPSはターゲット外です。
L6信号受信機は、2021年1月時点で8社程度あります。(http://qzss.go.jp/usage/products/list.html)
価格例は残念ながら公開されていません。
皆さますでにお気づきかもしれませんが、「みちびき」は衛星数が少ないため測位に直接関係せず、他国GNSS衛星との測位誤差修正ための情報を提供している一種の放送衛星と言えます。
メーター級、センチメータ級のリアルタイム測位は、他国GPS(GNSS)無しでは成り立たないことがご理解できるかと思います。
GPS位置精度を向上させるために必要なことは、端末側(受信側)で干渉測位(搬送波位相測量)を行うことです。
そのためには、誤差補正データ(補強情報)が不可欠ですが、実は、補強情報を配信するだけであれば高価なロケットで人工衛星を打ち上げなくても、街中では携帯電話でも十分なのです。
実際MADOCA-PPP実証実験では、LEX信号と同じ情報をインターネット経由で配信。P10されています。(資料)
「みちびき」の誤差6cmは本当??
CLAS(旧CMAS)の精度ですが、https://sys.qzss.go.jp/dod/report/clas.htmlにて、6か月毎に毎月の精度が公表されるようです。
ご参考までに2020年上半期の性能は以下です。
上記は「静止時」での精度です。横軸が水平精度(cm)、縦軸が垂直精度(cm)です。番号(色)は場所を指しています。大まかには1cm〜3cmに収まりますが、月によっては水平で5cm、垂直で9cmを超える場合があります。
エリア番号は、下記図をご参照下さい。(12番は省略しています。)
そして次が、実用的な「動いている」場合の精度です。
横軸が水平(cm)、縦軸が垂直(cm)です。水平では4cm〜10cmに収まるようになってきました。最近劇的に精度は向上していますね。ただし12cmを超える場合もあり、常に安定して精度が出ているとは言えませんのでご注意下さい。
「みちびき」がGPS(GNSS)より優れている技術的な点は特殊な軌道とデータ圧縮「Compact SSR」対応と国内向けサービス(PPP測量)に対応しているというもので測位技術は従来のものとほとんど変わりありません。(補正データは確かにありがたいですが、特殊な装置が必要で、誰でも受信出来るものではありません。)
海外のGNSSも近代化しており差別化が難しい状況となっています。(もちろんリアルタイムな誤差修正情報提供は、干渉測位(搬送波測位)を行う利用者にとっては、貴重なものです。でも余程の山奥でない限りは衛星みちびきを使わなくてもネット経由で受信可能です。)
みちびきの必要性http://qzss.go.jp/overview/services/sv02_why.htmlですが、準天頂のメリットを示す説明は米国GPSとの比較のみで記載されています。GLONASS、Galileoを含めると準天頂での測位は精度の安定性にはあまり影響がありません。
みちびきの優位性は、http://qzss.go.jp/technical/technology/tech02_superiority.html に記載されていますが、『同時に電波を受信できる衛星が増えて、高精度で安定した測位が可能になり、測定誤差を減らすことができます。』と補完信号のことのみ記載されています。
Bメッセージ機能
測位と無関係なので省略します。災害時の放送や相互通信に利用する計画です。(資料) 受信出来る機器がいくつか存在します。(2022年2月情報)
https://qzss.go.jp/usage/products/dc-report.html
1号機、2号機と4号機が『8の字軌道』で、3号機が『静止衛星』となりますが、みちびきの大きな特徴のひとつ、8の字軌道は地表から実際どのように見えるのでしょうか。
上記は新宿から見た場合の「みちびき」をシミュレーション(GNSS Viewで確認)してみました。上記はイメージで多少異なることはお許し下さい。低層ビル群から4〜5時間で天頂付近に昇り8時間ほど天頂付近に留まり、約4時間で消えていきます。(肉眼ではもちろん見えません)
上記は石垣島でのイメージ図です。水平線には沈まず8の字が完全に見えています。天頂付近では真上を通らず東に少しずれます。(軌道が手書きなので実際と異なります。)
上記は「みちびき」の軌道の高さを示しています。オーストラリア付近では、静止軌道より低い(近い)ですが日本付近では静止軌道より高い(遠い)所を通ります。軌道の高さが高くなるとスピードダウンして『準天頂』での滞在時間を長くする効果があります。
日本付近では米国GPS軌道の約2倍の高さとなるため、米国GPSより強い電波を出す必要があります。
「みちびき」のホームページでは、軌道の模式図が上記となっていますが衛星が地球に近すぎます。(誤解が生じます。)この影の付いた軌道を見ると、衛星はオーストラリア付近で地平線に沈むと考える人が多いのではないでしょうか。
実際は3.2万から4万キロメートルだと距離的にはおそらく下記のようなイメージになるはずです。
緯度にもよりますが衛星は完全には地平線に沈まず、ぎりぎり地平線からまた天頂付近に戻ります。(上記図は軌道の高さから推測した想像図ですので実際とは異なることご了承下さい。)
「みちびき」の裏の役割として隣国のミサイル発射監視など偵察衛星併用と考える方もおられますが、日本付近では静止軌道より高い軌道(一般的な偵察衛星の約100倍以上の高さ)ので不向きかもしれません…。
不明な信号 公共専用サービス
資料にも記載されていないPRS_L6Rという政府専用?信号があります。(記載場所)
PRS/L6R信号と説明されていますが、現時点ではネット上では一切公開されていません。(2021年2月)
PRSとはPublic Regulated Service(公共規制サービス)のことでしょうか?
ご参考までに、EUガリレオの公共規制サービス(PRS)は、警察、沿岸警備隊、政府関連団体によって使用される暗号化されたサービスです。
「みちびき」の精度まとめ
期待精度 |
|
補完信号 (GPS互換信号) |
10m 程度 |
補強信号 (サブメータ級) SLAS |
1〜2m 程度 |
補強信号 (サブメータ級) (SBAS互換信号) |
2〜3m 程度 |
補強信号<国内用> (センチメータ級) CLAS 干渉法 |
5〜20cm 程度 |
補強信号<海外可> (センチメータ級) MADOCA (CLAS-E?) 干渉法 |
6〜50cm 程度 |
「みちびき」受信できる機器は「補完信号」だけのことを指している機器が大多数です。数センチの誤差になるというのは大きな誤解であることがわかります。
「みちびき」の課題
誤解を生む宣伝が当初(今も?)ありましたが、社会にGPSが深く浸透しているため、自国のGPS互換衛星を持つ動機も少し理解できます。折角予算を投入した衛星なので積極的に活用頂きたいのですが、その活用に向けて懸念点と課題をまとめてみました。(私見です。)
1)サブメータ級補強信号受信機の普及
日本独自の補強信号L1S信号(=DGPS信号)を受信出来るスマホやカーナビ、またハンディーGPSを増やす必要があります。単にみちびきのL1C/A(GPS互換信号)を受信する機器は「みちびき」を受信したことにならないように、差別化すべきです。
2)L6信号(旧LEX信号)速度向上
現時点では、L6D信号は、2kbpsの速度です。これは予算の関係からの制限かもしれませんが、干渉法(搬送波位相測位)の精度を落としている原因かもしれません。(推測による私見です。)計画当初では1Mbpsの送信レートで補正情報を送信する案もあったようです。(資料P48)
QZSSの仕様では誤差が静止時は6cm程度、移動時では12cm程度となっております。なので、カーナビやスマホが10〜30mだったことと比較して『驚くべき高精度』と言っている人がおられますが、土木建築・建設などのRTK測量専門家からするとおそらく『残念な精度』となります。6cmだと前後左右に静止時最大12cm、移動していると最大24cm振れる可能性があります。
土木建築、造成や土地所有登記、土石流災害管理から考えると12cm以上の振れでは問題です。従来RTK測量で行っている1〜2cm程度の精度は欲しい所です。理想は10k〜100kbpsあれば日本全土をカバーする広域ネットワークRTKサービスが行えるようです。(全国の高度な補正情報を網羅すると計測する地域に無関係な他県向け通信が増え、通信の無駄が生じます。)
2号機以降はL6D信号も2チャンネル(D1,D2)に増えているので期待できるかもしれません。(資料)
(参考:日本はフィリピン海プレートと太平洋プレートに押されており、年間数ミリから数センチ移動しています。また地震による地殻移動が頻発しております。精度をどこまで求めるかは用途とコスト見合いになるかとは思います。)
3)稼働率(アベイラビリティ)
仕様によるとサブメータ―級補強サービスは、仰角60度以上(つまり高い位置)の衛星から得られるL1S信号が unhealthy(つまり故障)ではない確率が「0.92以上」となります。となると0.08は停止している可能性があります。計算では1日24時間で約2時間、1年で700時間(1か月近く)も止まります。何か計算間違いでしょうか?
しかしQZSS公式ツイッター発表でUnscheduled Outages(計画外停止)が発生しており気になる所です。上記は2020年の集計です。(データ元、資料)
上記は2021年の集計です。
NAQU情報によると、正式運用開始後L1SやL6信号が割と停止しています。利用者はQZSSがサービス停止をすることを前提に予防措置を行った商品化が必要です。生命に係るシステムは特に注意が必要です。
4)L6受信機のコスト
低価格で高性能、かつ操作が簡単なものが望まれますが、コモディティー製品(低価格製品)は、各メーカー技術力が必要な割に利益が少ないため、手を出しにくいという状況です。
最大の問題は、『3周波アンテナの開発』のようです。
「みちびき」が活用されるかどうかは、干渉法測位が行える受信機+アンテナの低価格化がキーとなりそうです。
GPS(米衛星)の近代化について
GPS衛星は1978年に打ち上げられた後、逐次改善(近代化)が行われて来ました。
※ブロックは世代を示します
(ブロックI )1978年〜1985年 プロトタイプ
(ブロックII )1989年〜1990年 L1C/A民生信号
(ブロックIIA )1990年〜1997年
(ブロックIIR )1997年〜2004年 近接衛星間通信
(ブロックIIRM)2005年〜2009年 次世代L2C民用信号、次世代M軍用信号
(ブロックIIF )2010年〜2016年 次世代L5民用信号
(ブロックIII )2020年〜 次世代L1C民用、2020年から打ち上げ開始
GPS衛星の寿命は短く、5〜15年位ですが老朽化した衛星から新しい機能が付加されています。注目は、L2C信号、L5C信号、L1C信号、M信号の追加です。
L2C信号 ⇒軍専用であったL2周波数が民間へ開放となりました。
L5C信号 ⇒特徴は、マルチパス(電波の反射)に強い点とデータ誤りの少ないコードへの改善です。
L1C信号 ⇒従来のL1C/A信号とは同じ周波数で共存しますが、全く別の新しい民間用信号です。 米国は、2020年から打ち上げ開始、2020年代後半に24個のGPS衛星で利用可能予定とのことですが少し遅れています。
Mコード⇒次世代の軍用信号:従来の軍用Pコード(Y)コードの置き換え予定です。L1M信号とL2M信号があり2018年から本格的に運用が開始されているようです。妨害やサイバー攻撃への耐久性を高めております。また次世代のGPS運用制御システム(OCX)との整合性も高く設計されています。
L1C信号の代表的な特徴
❶GPSレガシー信号(L1C/A)と同じ周波数なので受信が比較的容易。
✓拡散符号を工夫することで旧来L1C/A信号と共存と影響配慮。
❷GNSS信号との互換性を重視
✓つまりガリレオE1C信号との互換性。
❸L2CとL5Cの改善を引き継ぐ
✓最初位置決定までの時間(TTFF)短縮の工夫。
✓出力が高い。→ノイズやマルチパスに強い。
✓前方誤り訂正〈FEC〉の実装→ノイズ強化
✓週番号改善で「ゼロ復帰」は2137年まで無発生
✓全パケットにアラートフラグ付加(障害時12秒以内通知)
✓パイロットキャリアでのトラッキング改善
❹メッセージ構造はL2Cと類似していますが、CNAV-2と呼ばれています。
✓NAVより18%多い各衛星からの軌道情報を配信。
❺将来はL1C/A(レガシー信号)の置き換えとなる予定です。
(米国で全てのGPS衛星が実装するまであと10年掛かります。)
残念ながら2020年3月現在GPS近代化信号L2C、L5C、L1Cを受信できる安価なGPSレシーバがほとんどありません。
EU版GPS「Galileo」
ヨーロッパ版GPSとなる「Galileo(ガリレオ)」が2016年12月15日から全世界で利用可能となりました。Galileoは欧州共同体の主導により、17年の歳月と53億ユーロもの巨費が投じられることでシステム構築が進められてきたものです。2016年12月18機→2018年までに全21機打ち上げ完了しました。2020年時点で26機です。
すでに近代化信号(E1C)がベースとなっており、米国GPSとはL1C信号で互換性があります。(L1CとE1Cは互換性あり →米国の打ち上げはGPS IIIからで2020年に開始され2029年?までに24個のGPS衛星で利用可能予定)
また、E5aはL5(米国、日本、インド)とB2a(中国)で互換性があります。
下記周波数で発信しています。
バンド |
中心周波数[MHz] |
信号名 |
サービス |
E1 |
1575.42 |
L1B、E1C(=L1C) |
OS、CS、SOL |
E1、E2 |
PRS |
||
E5 |
1191.795 |
E5a(L5C)、E5b |
OS、CS、SOL(E5b) |
E6 |
1278.75 |
E6b |
CS |
E6a |
PRS |
https://de.wikipedia.org/wiki/Galileo_(Satellitennavigation)
http://galileognss.eu/galileo-frequency-bands/
信号名は少し混乱しますが、通常はE1C(=L1C)が一般向けの信号です。
5つのユーザに応じたサービスを提供
OS(Open Service)一般用(無料)
CS(Commercial Service)有料の商用サービス、暗号化
SoL(Safety-of-Life Service)民間航空・海事用
PRS(Public Regulated Service)政府機関、公用
SAR (COSPAS-SARSAT) 捜索救助サービス
現時点(2017年1月)GARMINでは受信出来ません。もしこの信号(E1C=L1C)とSBAS信号が受信できれば、米国GPS、ロシアGLONASSと合わせると谷間での精度が各段に良くなるはずです。
Galileo(ガリレオ)の位置精度
オープンサービス(OS)の場合、単一周波数(SF)で15~30m 二重周波数(電離層補正効果あり?)の場合で4~8mです。
E5b もしくはE6 で「みちびき」と同じようにPPP-RTKが使えるようですが、詳細不明です。 精度はおそらく「みちびき」と変わらない実質10~60cm程度と推察されます。(条件により大きく異なる様子です。)
GLONASSの効用について
ロシアのGPS衛星であるGLONASSを受信するカーナビやスマホが増えて来ました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/GLONASSでの情報には
標準精度信号(SPコード)→民需用
高精度信号(HPコード) →軍事用
とあります。
民間利用においては米国GPSより誤差が大きいと一般的に言われています。土木学会の情報によるとRTK法によるcmレベル測位には、あまり有効ではないようです。しかし最近は、複数のGPSを組み合わせる研究が進んでおり、『マルチGNSS』と呼ばれております。
信号コードを使った1mレベルでの測位には、ビル・山の陰・木などの遮蔽物がある場合はGLONASSを含む多くの衛星を受信することが大変有効ということが証明されています。
APPLE社iPhoneやGARMIN社eTrex30はGLONASSを受信することが出来ます。
→消費電力は少し増えますが迷わずオンにしましょう!
余談ですが、GLONASSは衛星ごとに発信周波数が異なります。これはFDMAと呼ばれる古い技術ですが、GLONASSも近代化として2011年以降は米国やEU同様、CDMA方式を利用して来ています。情報が増える分、電離層補正情報を増やすことで測位精度を向上させているようです。(資料)
世界のGPS(GNSS)
http://app.qzss.go.jp/GNSSView/gnssview.htmlで世界のGPS衛星の状況がモニターできます。軌道情報は、NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)が発表している軌道情報を元に算出されています。
これをすべて受信出来るとビルや山の谷間での精度が良くなりそうですね・・・。(それでも10m程度までの誤差は生じます。)
2017年以降、L5信号(欧州E5a/中国B2a信号)とL1信号(米国L1C/中国B1C/欧州E1信号)の二波を受信できるスマホが販売されています。ブロードコム社(本拠:シンガポール<登記上>とアメリカのカリフォルニア州サンノゼ)が格安のL1とL5が受信出来る格安で低消費電力のチップをリリースしています。 資料
中国で生産されたアンドロイドスマホは、GNSS受信(次世代信号受信)が行えるようです。GARMINはGPSMAP 65/65s/66srがL1とL5の二波を受信できます。(日本のQZSSも受信可能です。)
最近のiPhoneはGNSS受信出来ると公表されていますので、二波受信している可能性がありますが、仕様には明記されていません。
各国の信号名は以下です。枠で囲った信号が各国互換性の高い信号です。
資料:https://interface.cqpub.co.jp/wp-content/uploads/IF1910_125.pdf
スマホで精度1cm測位
パソコンやスマートフォンを使った安価なRTK法での干渉法(搬送波位相)による精密な位置特定の研究や実験が行われています。RTKLIBというオープンソースソフトを使っているものが多いのです。(資料)(資料2)(資料3)
これは、ソフトウェア受信機と言われる技術で、従来ハードウェアで行っていた信号処理をソフトウェア上で行うものです。ハードを開発するコストが不要で低コストで色々な信号処理が行える受信機が開発出来ます。(資料)
RTKLIBは、もともとWindows版やLinux版だったようなのですが、Apple社のIOSは不明ですが、Google社のAndroidではGooglePlayから試作のRTKGPSアプリがダウンロード出来ます。
測位するためには、@GNSS受信機とA高性能のGPSアンテナが必要です。
受信機は、uBlox社のNEO-M8Pが人気のようです。GNSS受信機からRAWデータ(つまり生データで、搬送波位相などの観測データが含まれます。)を受信します。
価格はソフトが無償、GNSS受信機は2020年1月時点でGNSSモジュールが1万円以下、アンテナが1〜7万円などで、数年前まで100万円以上していたが個人でも出来るレベルになって来ました。https://www.u-blox.com/en/product/c94-m8p
注意点:RTK測位で1〜2cmの精度(静止時)を得るためには10km以内にある基準局からデータを受信する必要があります。自前で基準局を立てない方法としてネットワーク型RTK(NRTK)も行えるようで、国土地理院からのデータを利用できるようです。
ただし10km以上離れると精度が落ちます。みちびき用の補強データ(MADOCA-PPP AR)を利用した測位も行えるようです。
基準局からのデータをネットワーク(インターネットや電話回線、無線など)から得る方法はいくつかありますが、Ntrip(Networked Transport of RTCM via Internet ProtocolというTCPベースの通信方式が整備されつつあります。
RTCMとは国際標準化団体名です。RTCM(団体名)は「レーダーシステム」、「緊急位置指示無線ビーコン」、「ディファレンシャルGPSシステム」、「デジタル選択呼び出し手順」などの標準化を行っています。GPS誤差補正データはこのRTCMが定めたフォーマットに従い作成されています。
測位の補正技術は代表的な方式で2種類あります。(VRS方式=「仮想基準点」を使う方法、とFKP方式=「状態空間モデル」を使う方法)どちらも同じぐらいの精度らしいのですが専門的な内容なので省略します。
トランジスタ技術(技術雑誌)2018年1月号予告情報によると大学や企業が無償公開しているオープン基準局と呼ばれているものが増えているようです。GNSS受信機が1万円程度であれば今後個人や団体などの有志による草の根活動で私設基準局(雑誌ではMY基準局)が全国に急激に広がる可能性があります。
近い将来、オープン基準局や私設基準局が10km以内出来ればスマホでもGNSS受信機と高感度アンテナがあれば精度の高い測位を行うことが可能となります。
GNSS受信アンテナは上記の大きさですが…。(https://www.youtube.com/watch?v=W7twEo5mSv0)
一方オープン基準局と私設基準局が広がると「みちびき」のL6信号の意義が薄れて行く懸念はあります。(推測) →私設基準局はまだ公的な測位として利用できる訳ではありませんので、L6信号を否定するものではありません。
RTK等の干渉法(搬送波位相)は受信アンテナ(例)が未だ高価で大きいという欠点がありますが、スマホで50cm以下の測位が簡単にできる世界が案外すぐそこに来ているのかもしれません。(注意:ただし現時点では、L1とL2の2周波受信がほぼ必須のようで、また専門知識が必要なので誰でも出来るものではありません。)
話は外れますが、私設の基準局増加は精密測量が広がる明るい兆しなのですが、一方その影として急速に広がるIoTデバイス同様、ウイルス Mirai等の温床となる可能性もあり精度や信頼性、安定性に向けたセキュリティー対策が課題です。
上記はラズベリーパイと言う超小型サーバーです。サーバーもついに名刺の大きさになりました。このモジュールとRTKLIBを使った私設基準局も増えて行くのでしょうか…。(価格も色々ですが、5000円以下のものが多いようです。)
余談ですがWebを検索するとRTKLIBに関する中国語のページも多数あり、お隣の国では安価で高精度な手法を熱心に研究?している様子です。
GNSS共通フォーマット
RINEX(Receiver Independent Exchange Format)GNSS受信機が観測した生データ交換のために世界的に使われているファイル形式です。GPS(GNSS)メーカーは独自の収録フォーマットですが、誰でも利用出来るようにデータフォーマットを変換する必要があります。
アンチジャミング技術
ある国が大変熱心に研究しているジャミング(妨害電波)に対抗する技術です。
現時点、軍事レベルで利用している方法はいくつかありますが、その一つにSTAP(space-time adaptive processing)=時空間適応処理という技術があります。(細胞の話ではありません。)
仕組みは、複数のGPSアンテナを並べ、特定の方向からの電波のみを選択することで、それ以外の方向から来るノイズやジャミング電波をブロックします。
角度によりアンテナへの到着時間がずれることを利用して、電波を遅らせて干渉させると特定の角度からの電波のみ選択することが出来ます。資料、資料
GNSS-R(GNSS反射率測定)
全地球航法衛星システムからの航法信号の反射から測定を行う技術です。
https://en.wikipedia.org/wiki/GNSS_reflectometry
この技術により行える計測としては、@高度計としての利用 A海洋学(波高と風速などの測定) B雪氷圏の監視 C土壌水分モニタリングなどがあります。
GNSS-RO(GNSS radio occultation)
全地球航法衛星システムが地球の大気で曲げられる量により大気状態を観測する技術です。
たとえば、電離層の厚み、大気の温度、圧力、および水蒸気含有量に関する情報を導き出す研究です。気象学や天気予報用データとして使用され、また気候変動の監視にも利用できます。
GBAS(Ground-Based Augmentation System)
GBAS=地上型衛星航法補強システムとは衛星からではなく、地上からGNSSの精度や安全性を高める技術です。
https://www.soumu.go.jp/main_content/000548510.pdf
民間航空機の進入着陸を支援する着陸誘導システムです。GNSSの測位の精度や安全性を保障するための補強情報(誤差補正データ 、インテグリティ情報、進入経路情報)を地上で生成・放送することで航空機は安全な進入着陸を実現することが出来ます。
人工衛星不要のナビゲーション技術
電波を受けられない海底や地中での高精度測位ニーズがあります。またGPSシステムがダウンした場合や、ブロックできないノイズやジャミングの影響を受けたケースへの対策も必要です。
そのためアメリカ国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency=DARPA)や各国の軍・大学・民間では、人工衛星を使わない超高精度測位技術Precision Inertial Navigation Systems ( PINS )を研究しています。その一つが、「冷却原子干渉法」を用いる超高性能な慣性ジャイロ(IMU)です。
冷却にはレーザー光を使い、絶対零度付近まで極低温に冷やすことで熱雑音の影響を抑えた原子干渉計にて高性能な精度の慣性センサーを作り、位置や高さ・速度を測位しようとするものです。資料 まだ軍用が先行しており2017年にはデモンストレーションが行われたようで、もしかすると既に実装実験されている可能性もあります。資料
下記はDARPAのMicroscale Positioning Navigation and Timing(マイクロPNT)という研究で、IMUチップを複数組み合わせて「TIMU」(タイミング&慣性測定ユニット)チップにしているものです。
写真はhttps://www.darpa.mil/program/micro-technology-for-positioning-navigation-and-timing
「TIMU」以外にも「MRIG」、「PASCAL」、「C-SCAN」という研究が進んでいます。
民間で利用できる小型化したものは先になりそうですが、この技術が普及すればGNSSの役割は大幅に低下します。
日本も他にない技術を追求するのであれば、このような超高精度で超小型の慣性ジャイロにも投資すべきかと個人的には思います。
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上記結論ですが、現時点(2022年1月)で登山者やカーナビ、スマホユーザーにとっては「みちびき」を1つ受信したというだけで、cm単位の位置測定が出来ないことがお分かりいただけたかと思います。(もちろん登山にはcmまでの精度は不要なのですが、あまりにも誤解が多いのであえて書きます。)
仮にL1S信号やSBAS互換信号を受信出来たとしても1〜3m位の精度となります。ただし、その恩恵はGPS受信の良好な見晴の良い稜線や、山頂の三角点付近に限られます。
「みちびき」を利用してcm単位の位置精度を得るためには干渉測位を行い、かつL6信号を受信する必要があります。アンテナも大きく、受信機も高価で、森林など電波が途切れるような場所での計測は不向きです。つまり、現時点ではスマホや登山用のレシーバだけでcm精度の測位は出来ません。
Garmin etrexの英語版、アジア版でも「みちびき」を通常のGPSとして受信してくれます。日本語版GARMINは、「みちびき」を衛星番号255(未知衛星)ではなく193として表示されます。Webでは255は測位に利用されていないという情報もあります。
下記は、緑色が米国のGPS,紺色がロシアのグロナスです。
上記は米国GPSが3個、ロシアGLONASSが2個、日本QZSSが1個でも、3分以上待っても確定しませんでした。
米国GPSを4個受信すると直ぐに位置が確定しました。
となると、GLONASSやQZSSは測位に使われていない?かというと、そう言った訳でもなさそうです。(位置精度に貢献しているようです。)
また、同時に複数のSBASを受信しないという癖(くせ)がありそうです。見晴の良い場所でもMSASを受信しないケースが多々あります。
現在のGarminやスマホは、日本語版/英語版ともにL1S(サブメータ級測位補強サービス)=ディファレンシャル情報は受信できません。GARMINが受信出来る可能性のあるL1Sb信号(SBASと互換性のある信号)は「みちびき3号:静止軌道」から行われています。(2020年サービス開始済み)
結論として、
山歩きでは「みちびき」より「GLONASS」や「ガリレオ」を受信出来るほうが意味はありそうです。GarminのeTrexでL1とL5の2波を受信出来るものが早く出てきて欲しいですね。(2022年1月時点ではGarmin GPSMAP 65/65s/66srのみ2波対応、ただし日本で未発売)