ジョー&フランソワーズの雪国旅行顛末記









新幹線を降りた後、ローカル線を何本か乗り継いで、ボクらはようやく目的の駅に着いた。
ココらの列車は変わっていて、窓ガラスには「半自動ドア」と書いた大きなシールが張ってある。
降りる駅に着いたら乗客は自分でドアを開けてホームに降りる。当然乗る時にも、自分でドアを開けるんだ。そして、発車する時にドアは自動的に閉まる。
「半分だけ(つまり締める時だけ)自動だから『半自動ドア』。実に的確なネーミングだ・・・。」などと思いながら、ボクはドアを自分で開けた。
乗る人もいなければ降りる人も他にはいなかったようで、この鄙びた無人駅に降り立ったのはボクら二人だけだった。

小さな駅舎を出ると、一人のおばあちゃんが
「えっしょ、えっしょ・・・。」
と掛け声と共に歩いてきて、ボクらの前に立ち止まると、顔ごと上を見上げるようにして話しかけてきた。

「あんちゃん、『スマムラ』さんだベ?」
「え?ボクは『しまむら』ですけど・・・。」
「んだから、『スマムラ』さんだべ・・・。」
「はぁ???」

いきなりの事だったので、ボクは驚いてしまった。だけど、しばらく考えて、ボクは気がついた。おばあちゃんはちゃんと、ボクの名前を呼んでいてくれているのだと。ただ、ココの地方の訛りで、「しまむら」が「スマムラ」になっているんだと。

「はい、ボク、島村です。」
「んだべ?だと思ってたべ。10日くれェ前(めぇ)によ、東京サ行ってるタカスから電話サあってヨ、スマムラっていう、かっこいいあんちゃんが外人で別嬪の嫁っこサ連れて泊まりに行ぐから、ヨロスグてな・・・」
そう言って、おばあちゃんは、ケラケラと大声をあげて笑った。おばあちゃんの曲がった腰が少しだけだけど伸びる位の勢いだった。


ちなみにおばあちゃんの言う「タカス」とは、ボクのチームメイトの「吉岡 隆(たかし・・・念の為)」のことだ。隆とボクは同い年で、お互いを「隆」「ジョー」と呼び合う気心の知れた仲だ。ボクはドライバー、隆はメカニックと、チーム内でのポジションは違うが、一番の友達だ。

そして、つい10日ほど前、隆にボクがある事を相談した事が、ココに来る事になった発端だった。
ある事といっても、別に大したコトではない。ただ、クリスマスからお正月にかけて、フランが働き詰でちょっと疲れたような表情をしている事が気になっていたし、TV番組でたまたま写し出されていた雪国の風景にフランが目を輝かせていたから、雪国にでも旅行に行けば気が晴れるんじゃないかなって思った。
だから、雪国出身の隆に聞けば、イイ温泉宿とかを教えてもらえるかなって・・・。それだけなんだけどね。

フランとも面識のあった隆は、
「彼女と一緒に行くのなら、僕の実家に行けばいい。」
と言ってくれた。それじゃぁあんまりにも申し訳ないからと固辞するボクに、隆は目の前で携帯を取り出してその場で話をまとめてしまった・・・。
そして、今、ボクらはココに来ているわけなんだけど・・・。


「こちら、あんちゃんの嫁ッ子だベ?あんれまぁ〜、別嬪さんたぁ聞いてたけんども、ほんに、フランス人形のように別嬪さんだべ・・・。」
おばあちゃんの例えにちょっとだけ苦笑しながらも、「フランがボクの『嫁ッ子』だって言うのは訂正しておいた方がいいかな?」などと思っていたら、
「フランソワーズと言います。おばあちゃん、お世話になります。」
とニッコリと微笑みながらフランが挨拶した。ボクは訂正する機会を失ってしまった・・・。

ボクでさえ理解するのに少々時間がかかる、このおばあちゃんの言葉は、フランにはあんまり理解できないようだ。フランはもうかなり長く日本にとどまっているので、日常会話程度ならば翻訳機なしでも楽々とこなせるんだけど、こう、訛りがキツイと、やっぱり理解不能な状態になるようだ。翻訳機にも、東北バージョンなんてプログラムはないだろうし・・・。
まいっかぁ〜。どうせ、いつかはそれを本当の事にするつもりだし・・・。などと安易に考えていたのが、間違い(?)の始まりだったかもしれない・・・。今考えると・・・。

「あんれまぁ〜!!おめさん、日本語うめぇベ!!」
差し出したフランの右手を両手で握りしめておばあちゃんはひどく感動している。
「んだば、おらも国際親善に一役買えるべぇ!」
「「??????」」
呆気に取られているボクらを尻目に、おばあちゃんは駅の前に止めてある、あるモノの方にスタスタと歩き出した。

「え?今時???」とびっくりしているボクを見て、おばあちゃんはまた、曲がった腰が伸びるくらいの勢いで笑った。
「あんちゃん、何をびっくりスてるだ?外国のお客さんが来るで、こっちのほうがよかんべと思って、こっちに乗って来ただ。それに、この雪じゃ、クルマの方が危ねぇベ。」
そりゃ、そうだと思うけど、今時こんなものが道路を走っているなんて・・・、ボクは想像だにしなかった。「ジェロニモあたりにこの話をしたらさぞ喜ぶだろうな・・・」って思ってしまった。

おばあちゃんはボクとフランを後ろの座席に乗せると、自分はよっこらしょと前の台にも見える席に座り、
「はいよ〜!」
と叫ぶと、馬に一鞭くれた。
そう!ボクらが乗ったのは馬車だったんだ。
いかに山奥の田舎道とはいえ、一応立派な公道なんだから、馬車が走っても大丈夫なんだろうか?道路交通法違反なんて事にはならないんだろうか?
そりゃ、こんな雪の山道を走るなら、車よりも馬車の方が何倍も安全かもしれない。しかも、運転する(?)のが、おばあちゃんならば、尚更そうかもしれない・・・。でも・・・。
そんな事を考えながら馬車に揺られていたら、もう目的地に着いたようで、ボク達はその田舎家の前に降ろされた。

「まぁ、ステキ!!」
フランは、その家を見るなり目を輝かせた。
フランの視線の先にあったのは、積もっている雪のお陰で屋根の造りこそわからないけれど、それを除いたってかなりの築年数が経っているはずと、建築に関して全くの素人であるボクにさえわかるほどの、堂々たる古民家だった。

「まぁ、まぁ、そったらとこサ、立ち止まってねぇで、さっさと中サ入(へぇ)れ!」
おばあちゃんに促されて入ったその家は、昔ながらの土間があり、上がり框に上がってから、板敷きの廊下を経て座敷に入る。天井がものすごく高く、外の雪明りに慣れた目には薄暗く感じられたが、なぜか心が落ち着くような雰囲気を醸し出していた。
どこかの部屋にかけられている柱時計のカチカチという時間(とき)を刻む音が、懐かしげに耳に響く。それでいて、なぜかしら、この家の中だけが時間(とき)が止まっているかのように感じられた。

一番手前にある部屋の障子を開けるとおばあちゃんは、
「ちょっくら、そこで待っててくんろ」
そう言って奥へ行ってしまった。

客間らしいその部屋は、真ん中にコタツが作られていて、その向こう側には床の間があった。そこには七福神の描かれた掛け軸と、松や千両、菊などをあしらった生け花が飾られていて、傍らには、なんと、鏡餅がデンと鎮座していた!

「ジョー、これ、もしかして・・・」
さすがのフランもわかったらしい。
「もしかしなくっても、お正月のものだよ。でも、どうして・・・????」
そう、今は2月。お正月は1ヶ月も前だ。だのに、どうして?

二人して「?」に埋もれそうになった頃、パタパタと足音がして、障子が開いた。
「いや〜、ようおいでになったねぇ・・・。えと、島村さんだったべ・・・?」
「はい。隆さんのお母さんですよね。隆さんにはいつもお世話になってます。」
「いや〜、お世話だなんてぇ・・・。きっと、ウチのタカスの方こそ、島村さんにお世話になってるべ」
と言いながら、彼女はボクの背中をバシバシと叩く。

「ナンにもない所だけんども、ゆーっくりしてってくだせぇ。」
「あ、あのぅ・・・。」
挨拶もそこそこに台所の方へ立ち去ろうとする彼女を、ボクはやっとのことで引き止めた。
「お聞きしてもイイですか?」
「?」
「あれ・・・お正月のものですよね・・・。どうして、なんですか?」
そう言って、ボクが床の間の方を指差すと、彼女はものすごい勢いで笑い始めた。

「あれは、おばあちゃんがやったんだぁ〜。明日は旧暦のお正月だからって言ってぇ。ここらでは、30年くらい前まで旧暦でお正月をやっていたんだべ。今じゃ、旧暦の方はすっかり廃れっちまってるけんども・・・。
でも、外国人のお客さんも見えるからどしても・・・って、おばあちゃんが言い張ってぇ・・・。」
「え?ボクらの為に、わざわざ?」
「あ、気にしないでくんなせ。おばあちゃん、そう言うのが大好きなんだぁ。おばあちゃんの趣味に付き合っていただくようなもんだからぁ。」
「いえ・・・とても、嬉しいです。」
フランは目を輝かせてそう言った。おばあちゃんよりは訛りがきつくないので、おかあさんの言葉はフランでも理解ができるらしい。

「田舎だモンで、気の利いたもんはなぁんもないけんど、夕飯までは、まぁだ1時間くれぇかかるで、風呂でも入(へぇ)って待っててくんなせ。」
と言うと、来た時と同じように、バタバタと足音を立てて走り去って行った。
「んだば、部屋サ行ぐか・・・。」
何時の間にか後ろに居たおばあちゃんが障子を開け、こちらへ・・・と招く。ボクらはその後について行った。

ボクらが通されたのは渡り廊下を渡った先にある、こじんまりとした離れだった。
母屋の建物に比べてこちらはだいぶ新しいようだった。
あらかじめ暖房を入れて部屋を温めておいてくれたらしく、部屋に入るとボクらは暖かい空気に包まれた。

「ココは亡くなったじいさんが道楽で作った部屋だ。今じゃ誰も使っとらなんだがな。トイレも風呂も一通りのものはある。だけんど・・・。」
おばあちゃんが手招きをする方に行き、開けられた障子の外を見てびっくりした。露天風呂だった。
「これも、じいさんが道楽で掘っただ。もっとも、この湯はず―っと昔っから湧いとって、若けぇ頃はおらも毎晩入(へ)ぇってただがな。」
と、遠くを見るような目で言いながら、おばあちゃんはナゼか少しだけ、頬を染めていたようだった・・・。

「暖けぇ時分にゃ、家のモンもたまぁに入りに来るけんど、こう寒くっちゃだぁれも来んから、遠慮なく入(へぇ)ってくんなせ。ああ、雪見酒ちゅうのもオツだと思ってな、仕度しておいてやったでな。んでも、あんま飲み過ぎんなよ。ロクなことになんねぇでな。」
と言いつつ、最後のほうでおばあちゃんはボクのほうをじ・・・っと見てた?

「せっかくだから、入らせてもらっちゃおうか・・・。」
おばあちゃんが行ってしまって手持ち無沙汰になったものだから、ボクはフランにそう言った。
「/////そ・・・そうね・・・。」
フランは頬を染めて頷く。
しばらくはテレビ見てたんだけど、ココは山間の村だから、映るチャンネルは数少ないし、おまけにボクらの住んでいる地域とは、チャンネル番号も番組も全く違うので、どうも、見る気が起きなかったんだ。

フランはいつもは一緒にお風呂に入るのをイヤがるんだけど、おばあちゃんの
「ここらは、クマはめったに出んけど、時々サルが風呂に入(へぇ)ってくるでな、気ぃつけてくんろ。」
の一言が利いたようで、おとなしく一緒に入る気になったらしい。

「それって、クマやサルよりはボクと一緒に入るほうがマシってこと?」
なぁんて言ってみたくもなったんだけど、せっかくのチャンスだし、それはあっちの方においておくことにして、ボクはおばあちゃんが用意してくれた雪見酒用の徳利やらぐい呑みやらを持って温泉に入った。

ちょっと前まで西の空には夕焼けの赤い色が名残惜しそうに残っていたのに、何時の間にか夜の闇が空いっぱいに広がっていた。
銭湯や普通の浴室と違って、ここは音が響かない(当たり前といえば、そうなんだけど)。夜の闇と山が全てを吸収していくようで、なんだか、コワイくらいに静かだ。おまけに、都会の空と違って、スモッグのない澄んだ空気だから、家々の灯りが反射する事もない。第一、一軒一軒の家がかなり離れているときている。研究所の近くとは比べ物にならないくらいに、辺りは真っ暗だ。満月と夜空の星の明るさがイヤというくらいに痛感できる、ソノくらいに真っ暗なんだ。

先に入っていたフランの後姿が見える。月明かりに浮かぶ、髪を無造作に結い上げているその姿は、いつになくイロっぽく見えて、いつもよりも心臓の鼓動が早く大きくなったような気がした。亜麻色に輝くその髪の生え際から白い項、背中にかけての、ゆるやかな曲線にボクの目はクギ付けになってしまった。
「あら、それ、持ってきたの?」
フランがボクの気配に気づいて振り向いた。

「どうしたの、ジョー?」
「う・・・うん/////」
「ちょ・・・ちょっと、どこをじっと見てるの?」
ほんの少し、ぼうっとしていたら、いきなりフランにお湯をかけられてしまった。
ボクとしては、項のあたりに見惚れていたんだけど、ぼーーっとしていたから、フランが振り向いた今となっては、胸元に視線が行っているような形になっていた・・・らしい(らしいというのも、情けない話だけど)。

「ひ・・・ひどいよ、フラン。ボクはただ・・・。」
「ただ?」
ちょっぴりオカンムリといった風に、口をへの字に曲げて、フランはボクの言葉を繰り返す。
「ただ・・・・・へ・・・へ・・っくしょい」
ただでさえ、ここは真冬の北国で、雪だって積もっているんだ。ボクは腰にタオルを巻いただけの格好で、しかも、さっきフランにお湯をかけられて濡れている。いくらなんでも、寒すぎる・・・。
ブルブルっと身震いをした後、ボクはフランの質問には答えずに、お湯に入った。

「ふふふ・・・・・」
「え???」
なんで、ソコで笑うかなぁ?
「どうしたの、フラン?」
「だって・・・・だってね、ジョーったら、子犬みたいなんだもん♪」
コ・イ・ヌ???
「だって、ほら、びしょ濡れになった子犬って、ブルブルってするじゃない?そっくりだったわよ、あなた。」
そりゃ、ボクは子犬みたいだってよく言われるけどさぁ、フラン、キミまでそんな風に言うことないじゃないか・・・。

「フーラーンー!!」
ボクは復讐に燃えて(?)、フランに襲い掛かろうとした・・・・。
「!!!」
フランは急に耳を欹てるような仕草をして、脱兎の如く駆け出した。
急な展開にびっくりしながらも、ボクはフランの後を追う。
部屋に戻ったボクらは、大急ぎで服を着て、ついでにスーパーガンを手に飛び出した。

モノスゴイ勢いで走るフランの後に付いて走って行き着いた所は、ボクらが泊めていただいている隆の実家から、少し離れた所にある、ゴク普通の民家だった。ただ、普通でないのは、鬼のような顔をした化け物(?)が3体(?)と、子供を抱いたおかあさんと思しき女性が、玄関で相対していることだ。よく見ると、女性の後ろには他にも子供が2人隠れている。ボク達は、庭木の後ろに身を隠し様子を覗った。

化け物(?)は、大きな出刃包丁を振りかざし、何やら喚いているようだ。フランならば聞こえるんだろうけど、子供達の泣き声が邪魔をしてよく聞き取れない。
「フラン、アイツ、なんて言ってる?」
「『イイ子にするかぁ?んでねぇと、とって食うぞ〜』って言ってるわ。」
「???」
そのフレーズ、ボクにはなんとなく聞き覚えがある・・・。そう言えば、あの女性は、あんな化け物に凄まれても顔色ひとつ変えること無く、むしろ、微笑んでさえいる。
悲鳴を聞きつけて、駆け付けはしたもののどうも様子がおかしいのに気づいて、フランも戸惑っている・・・。と、そこへ、隆のお母さんが走ってきた。

「やぁっと、追いついただよ。おめさんがた、足が早ぇだな・・・。」
息を切らしながら、彼女は続ける。
「おめさんがたが、血相変えて飛び出して行きなさったから、何事かと思って、追いかけて来ただよ。」

「それにしても、よぐわがっただな、ここにアレが来ているのが・・・」
「あの・・・アレって、もしかして、ナマハゲってやつですか?」
ボクがオズオズと尋ねると、
「もしかしねぐっても、ナマハゲだ・・・」
と、お母さんは、大声で笑いながらそう言った。
「おめさんがた、ナンだと思ってここさ来ただ?」
「彼女が悲鳴が聞こえるって・・・それで・・・」
「???」
「あ、彼女、ものすごく耳がいいんですよ。TV番組の取材を申し込まれたくらいで・・・。」
怪訝そうにしている、お母さんに、ボクはそう言った。もちろん、取材の話はでたらめだけど、ね。ウソをつくのは申し訳ないけど、本当の事を言うわけにも行かないし・・・。

「あの・・・ナマハゲって、何なんですか?」
と、フランがお母さんに尋ねる。
「ああ、おめさんはご存知ねぇだか・・・。ま・・・無理もねぇべ。
ここらに残っている、伝統行事でな・・・。オトナ達が数人でああいうオニのカッコをして、小さな子供のいる家さ回るだ。『泣ぐ子(ご)はいねが?悪り子(ご)はいねが?』って言ってな。
今じゃ大晦日や小正月にやる集落が多いんだけんども、ここらじゃ旧暦の大晦日にヤルだよ。
そだ・・・明日、鎮守様でやる神事があるだども、おめさん、参加スてみるべか?」
そう言いながら、お母さんはボクを見た。
「おめさんも、参加資格があるだしなぁ・・・」
「???」
「まぁ、ジョーも参加できるの?ステキじゃない!是非参加させていただいたら?」
隆のお母さんの、意味不明の微笑みに何やらイヤな予感はしたものの、フランがあんまり熱心に言うものだから、ボクは参加させてもらうことにしてしまった・・・。

家に戻ると、すっかりと夕ご飯の用意ができていた。
「なぁんにもねぇけんどもな・・・」
と言いながら、おばあちゃんは、ご飯と味噌汁をよそってくれた。

研究所だと食事はダイニングルームのテーブルで摂る事が多いんだけど、ここのお宅は、掘りゴタツだ。それも、真ん中の囲炉裏状のところに燠(おき)を入れてその上に金網を被せてさらにやぐらを置き布団をかぶせている。そんなに大きなコタツではないけど、電気ゴタツとは違う、なんかホッとする温かさ(いや、暖かさと書くべきか?)だ。
それに加えて、蛍光灯の冷たいまでの白い光とは違う、電球の少しだけ黄色を帯びた温かみのある光が、部屋中を温かく照らしていた。
それは、何年も前から、おそらく100年以上も昔から、この家で営まれてきた家族の暮らしの風景を彷彿とさせるには充分過ぎるくらいだった。

食事が済んで、ひとしきり話し終わった後、お母さんやおばあちゃん達が
「明日は朝が早ぇがら・・・」
と言ってそれぞれ部屋に引き取ってしまい、ボク達も自分たちの部屋に戻った。
とは言っても、別段することもないし、さっき充分温まらないうちにナマハゲ騒動(?)で、飛び出しちゃったからと、もう一度お風呂に入ることにした。

ボクは普段はあんまりお酒は呑まないんだけど、おばあちゃんが、
「雪見ながら呑む酒も、またオツでいいもんだべ・・・」
と言っていたのを思い出して、さっき呑みそこなったお酒をもって露天風呂に入った。

この辺りの地酒だと言うこのお酒は、スッキリとした飲み口で、お世辞にも強いとは言えないボクにでも、結構呑み易い。
さっきとは違い、窓越しの灯りが零れる中、満天の星空、そして晧晧と明るい満月を眺めながらのお酒は、おばあちゃんの言う通り、とても美味しかった。ぐい呑みで2杯目を飲み始めたコロに、脱衣所のほうでなにやら気配がするなと思ってたら、フランがやってきた。もちろん、お風呂に入るためだ・・・。

「さっき、途中で飛び出しちゃったでしょ。なんだか冷えてきちゃったから・・・。」
と、ちょっとだけ言い訳っぽく言って、ボクの隣に腰を下ろした。
「キレイね・・・。」
「そうだね・・・。」
フランは星空を見上げながらうっとりとして言ったのだが、ボクの視線は、フランのほうにクギ付けになっていた。

「夜空の星や満月よりも、キミの方が何倍もキレイだよ・・・。」
そんな台詞をシレッと言えたら、どんなにイイか・・・。ボクはこの時ほど自分が口下手なのを悔やんだ事はない。ボクは悶々としながら、ただ、フランのほうをボ〜ッと見ていた。
お陰で
「ねぇ、ジョー。私にも、お酒ちょうだい。」
って言ってボクの方を向いたフランと目が合ってしまった。
ヤバイ、また思いっきりお湯を引っ掛けられる・・・そう思って瞬間的に身構えたら
「うふふ・・・。ナニをボ〜っとしてたの?」
フランはそう言って、艶やかに微笑(わら)った。
フ・・・フラン、それって、やっぱりハンザイだよ、いや、ハンザイを誘発するというか・・・。そのぅ・・・。

温泉の湯気の熱と湿り気で、亜麻色をしたフランの髪はいつもよりも少しだけ濃い色をしていて、真っ白な頬は上気して赤みを帯びている。そして、さっきみたいに髪を無造作に結い上げ項を露わにしている・・・。そんな姿で艶やかに微笑まれて、ボクの心臓は当然のように口から飛び出そうなくらいの勢いで鼓動し始めた。
あ゛〜ぁ、どんなに隠したってフランには、ボクの心臓の音は聞こえてるよなぁ〜、きっと・・・。だ、だって、彼女は003、だし・・・。ど・・・どーしよー?
ええい、鎮まれ!ボクの心臓!!

意気地なしのボクがそうやってオタオタしていたら、
「ねえ、私も欲しいんだけど、ソレ・・・。」
「あ・・・・ごめん。」
ちょっぴり不満気に唇を尖らせる彼女に、もうひとつのグイ呑みにお酒を注いで手渡した。

「こういう時って、乾杯するんでしょ?」
「え?まぁ、してもいいけど。」
「じゃ・・・ステキな星空に乾杯!」
「乾杯・・・」

お酒が大好き(しかも、強いんだよな〜、彼女・・・)なフランはぐい呑みに注いだお酒を一気に空けてしまった。
「おいしい〜♪」
ボクはお代わりを注ぎ続ける・・・・・・・。

程よく酔いが回ってきたフランはいつもに増して饒舌になる。
「でねぇ〜・・・・」
「だ〜か〜らぁ〜」
「でしょ?」
今もご多分に漏れず上機嫌で喋っている。
ボクはボクで少し酔いが回ってきた頭で、必死に彼女のお喋りを追いかけている。時折、白い項と結い上げた髪と、上気してトロンとした瞳がミョーに・・・・・・なんて不埒なコトを考えながら・・・。そして、酔いも手伝ってボクの頭の中には色々な妄想が渦を巻き始めた・・・。

しばらく妄想に浸りきった後、ふと気が付くと、フランはグイ呑みを持ったまま眠りこけていた。あちゃ〜、このままじゃ、いくらなんでもアブナイよ・・・。
ボクはフランを抱き上げ、部屋へ運んでそっと布団に寝かせた。あ、もちろん風邪をひかないようにしてね。
そして、もちろんボクも隣の布団に入った。イロイロな事があったせいか、それとも、酔いが回ったせいか、ボクは呆気なく眠りに落ちた。




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