本文へスキップ

K's Room Odds & Ends

Vol.4 「ゆう君」の出家 

平成13年6月×日 

 「ゆう君」が誕生してから、早くも2ヶ月余りが経過した。体重は生まれた時の3キロから倍の6キロを通り越して、あっという間に7キロにも近付こうとしている。

 

 

 この体重は“ひよこくらぶ”の付録に付いてきた、“新生児の年齢と体重早見表”で照らし合わせてみたところ、生後半年くらいの子供に匹敵するようだ。いったい「ゆう君」はどこまで大きくなってしまうのだろうか。手首や足首など関節廻りの肉は膨張し「自然の輪ゴム」現象が起き、抱っこするにも首が据わらずに7キロの重さといえばちょっとした物、ミルクを飲ませなければならないママ様は本当に大変である。三ヶ月は使えるはずだったベビーバス、体重計、ラックなどはことごとくサイズが合わなくなり、二ヶ月にして早くも大人のお風呂に入っているのだ(爆笑)。

 しかし、最近は甘えを覚え始めた「ゆう君」は、訳もなく泣いては抱っこを要求する。それも決まって夜中の12時ごろの寝る間際にである。

 こうして親父は、「ゆう君」が眠りに着くまでの間、7キロの体を抱いて部屋の中をあてどなく歩き続ける日々が始まったのだった。

 当然狭い部屋の中を歩く訳だから、そのコースなどは決まってしまう。親父が歩いた後には、リハビリ中黙々とグランドを走り続け、芝生に道を作ったジャイアンツの“桑田ロード”ならぬ、フローリングのそこだけ埃が消え、妙にピカピカに光っている「ゆう君」ロードが完成してしまったのだった。

 

 

 

 

平成13年6月×日

 「子供の成長は早い」などと言うが、乳幼児のこの時期の成長には本当に目を見張るものがある。

 嘘だと思われるかもしれないが、昨日見た顔と今日見た顔が違うのだ。わずかな時間でも確実に“少年の顔”に向かって少しづつ成長しているのである。考えてもみていただきたい。生後二ヶ月余りで体重が倍になるのだ。これが大人だったら偉いことだ。70キロの体重が、二ヶ月後には140キロ、そのまま倍々計算すれば一年で軽く一トンは超えてしまう計算になる(何も、計算しなくとも・・・)。

 当然ながら新陳代謝も恐ろしく早い。

 自分で暴れて引っ掻いた顔の傷は翌日には跡形もなくなり、汗疹が出来たなあ、などと見ていると、翌日にはその場所の肌はツルツルに変わり、別の場所に汗疹があったりする。この調子だと尻尾が切れてもすぐに生えてきてしまいそうだ(・・・)。

 発する声の種類もずいぶんと多くなり、表情も様々になってきた。

 朝起きた時やミルクをお腹いっぱい飲んだ後など、「ゆう君」がむちゃくちゃ機嫌のいい時間帯というのがある。そんな時、親父は「ゆう君」の顔をじっとのぞき込んでみる。すると、「ゆう君」は最初不思議そうな表情でじっと人の顔を見返してくる。そして、次の瞬間、突然に表情がくしゃくしゃの笑顔に変わる。

 

 

 こんな顔を見せられたら親父はもうたまらない、「何があってもこの子を守るぞ!」などと一人鼻息を荒げる。二度とやってこない一日一日の「ゆう君」との日々。そして、順調に育っている我が子には安心感を感じながらも、もう少しこのまま変わらずにいてくれたらなあ、などと思わずにいられない親ぶあか振りなのであった。

 

  

平成13年6月×日

 自分の趣味や自分の時間には、100パーセント以上の活力を集中させることをモットーとしている親父は、実に稼ぎが悪い(・・・)。

 何とも頼りない親父を持ってしまった不遇なママ様は、会社の産休が明ければ職場に復帰しなければならない。公務員や業績の良い大企業などであれば、一年くらいは産休でお休みなどとのんびりもできるのであろうが、現実の社会はなかなか厳しい。

 法定休日ギリギリの8週間で、ママ様は職場へと復帰することとなった。

 こうして、必然的に「ゆう君」は若干0歳にして果敢にも親元を離れ、誰かの元に預けられる事となったのである(誰のせいじゃっつうの!)。

 さて、それじゃあいったどこに預けたらいいのか?

 新聞には保育所不足の深刻さが脅迫のように日々囁かれている。

 「小泉さん」が声高らかに、「認可保育所待機児童ゼロ」の施策を打ち出したようだ。何ともすばらしい!しかし、どうやら「ゆう君」には間に合いそうもない。

 未熟な保母さんの虐待事件や、事故による死亡事件など、目を覆いたくなるような出来事も起きている。

 どの子供より可愛い「ゆう君」は、その可愛さゆえのいじめや、嫉妬の対象となってしまうはずである。

 少し前迄はまるで他人事のように聞いていたこうした世界が、今現実となって我が家の前に現れることとなったのだ。

 

 まあ、ああだこうだ悩んでいても仕方がないので、取り敢えず親父は保育園への申し込みを行うべく、区の窓口である福祉センターへと出向いてみることにした。

 

 福祉センターの窓口のおばさんは、「そこに保育園のパンフレットと申込書がありますから、記入して提出してください」と、こともなげに言った。

 そんな簡単なことで、本当に「ゆう君」の預け先は決まるのだろうか。

 取り敢えず言われたパンフレットをめくってみる。そこには区内の保育園の一覧表があり、ざっとみたところでは、0歳児を預かってもらえる保育園の数は、親父が思っていたよりもずいぶんとある事が分かった。

 “なんだ、結構あるじゃないか”そう親父は一人ごち、「今、0歳児の空きは、どのくらいですか?」と、その窓口のおばさんに聞いてみた。

 「そちらのボードに、空きのある保育園の一覧表がありますよ」と、そのおばさんは言った。

 おばさんの教えてくれた、窓際の壁に掛けられたボードを見てみた。

 そこには、パンフレットに載っているのと同じ保育園が書き出された、0歳から5歳まで枠を区切った年齢別の一覧表があった。

 それを見て行くと、時折高年齢の枠に1なる数字があるくらいで、あとは枠の中が空欄となっている。表に書かれている全部の数字を足してみても全部で5くらいである。

 “いったいこれはなんだろう?”

 いまいち表の見方が分からない親父は、その旨をおばさんに聞いてみた。すると、おばさんは書いてある数字の数が今受け入れられる児童の数で、空欄は0人、つまり空きなしだということだった。

 0歳児の欄をざっと見渡してみたが、すべてが空欄である。

 親父はハンマーで頭を殴られたくらいの衝撃を受け、しばらくその場所に立ち尽くしていた。

 おばさんはそんな親父を気の毒に思ったのか、「とにかく申し込みをしてください。毎月空きが出た場合の抽選待ちということで申し込みが出来ますから」と言った。

 “空きが出た場合の抽選待ち?”

 ちなみにその申込者は、今どれくらいいるのかおばさんに聞いてみた。

 「この机の上の申込書が1日でぜんぶなくなるくらいいます」と、おばさんは言った。

 机の上の申込書は平置きで30センチくらいの高さだった。

 

 親父は宝くじを買う気分で取り敢えず申し込みを済ませ、紛うことない現実に意気消沈帰宅した。

 家のベビーベッドでは両手を上に上げ、「ゆう君」は蛙の仰向けのようなポーズで爆睡していた。

 親父とママ様はその横でがっくりと首を垂れ、これからの「ゆう君」の行く末を憂うのであった。

 

 


次は
 Vol.5 「ゆう君」との日々

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

スポンサー広告