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K's Room Odds & Ends

Vol.3 5月5日はこどもの日

 

平成13年5月2日(水)

 

 あたふたと日々を過ごしている内に、ふと「端午の節句」が近づいてる事に気付いた。

 本人は生まれたばかりでまだわけが分からないとはいえ、当然我が家の長男として生まれた「ゆう君」には、最高のグレードのセレモニーをおこなう必要がある。

 端午の節句、子供の日といえば、「鎧兜」に「鯉のぼり」である。

 マンション住まいの身としては、大空を泳ぐ鯉のぼりというわけにはいかないが、それはそれなりに何か良い物もあるはずである。そう考えた親父は何の下調べもしないまま、勤務場所に程近い日本橋にある超有名デパート「T」へと寄ってみることにした。

 

 店内の子供用品売り場でその旨を告げると、特別会場で「端午の節句フェア」をやっていると教えられた。

 教えられた場所の小部屋へ入ると、わずか十畳くらいのスペースに所狭しと鎧兜が陳列されていた。薄暗い照明の中、スポットライトに浮き立っているそれら光景は、まるで歴史博物館の中の“戦国時代コーナー”にでも迷い込んだ気分にさせられた。

 取り敢えず手近に飾ってあったガラスケース入りの兜を覗き込んでみる。

 「早乙女源之助作」と仰々しい作者の立て札があり、値札を見ると“うん十万円”となっていた。

 “うん十万円?!”

 あまりの値段に驚いて、さらにその上の段にある鎧付きの兜に目を向けると、“うん十万円”の“うん”の数値が更に大きくなっている。

 “なんだこの値段は?!”

 普通に「鉄製の物体」の値段を想定し、小遣い銭程度で買えるだろうと高を括っていた親父は、全く場違いなところに来ている事に気付かされた。

 “こんな物は、どこかの親馬鹿の買い物だわい!”と、負け惜しみを心の中で唱え、一目散にその場を後にしようと考えたその時、片隅の壁に貼ってある、“狭い場所にも安心!ミニ鯉のぼり”なるビラが目に入った。

 “ずいぶんおせっかいな”とも一瞬考えたが、そのビラの下のダンボールに詰まれているラケットケース程度の紙の箱を手に取ってみると、小さいながらも吹き流し付きで、鯉も三匹付いている立派な鯉のぼりである事が分かった。

 更におせっかいな事には、その“ミニ鯉のぼり”の横に、文鎮程度の大きさの“ミニ鉄製兜、お座布団付き”なる物も売っていた。

 どう冷静に考えてみても、予算内で買える品といえばこれくらいしかない。まんまと策略にはまっている気がしないでもなく、手頃な物で妥協する事には後ろ髪も引かれたが、「まあ今年はこんな物でいいだろう」と自分を納得させ、超有名デパート「T」の紙袋を抱えた親父は、いそいそと帰宅したのであった。

 

 家に帰りさっそく“ミニ鯉のぼり”を組み立てて、“ミニ兜”を「ゆう君」のベッドの脇に飾ってみた。

 “なんだ、結構様になるじゃないか”

 強引にママ様にも納得させて、「ゆう君」に「元気で、丈夫に育てよ」と話しかけてみる。

 親父の苦労も知らぬ我が子は、「狭い場所にも安心!ミニ鯉のぼり」の下で、涎を光らせながらひたすら爆睡するだけなのであった。

 

 

 

平成13年5月10日(水)

 

 感情だけで生きる赤ちゃんの表情は、まさに七変化である。

 静かな寝息を立てて眠ってるかと思えば、何の前触れもなく突然首を左右に振り出し、真っ赤な顔になって“いきみ出す”。次の瞬間には、腕をぐるぐると回し、足をばたつかせて突如ダメ親父に変身、あらん限りの力で泣き叫び出し、ひたすらミルクを要求する。しかし、いったんミルクを口にした瞬間には、“なんや、嘘泣きやんけ!”と言いたくなるほど、何事もなかったかのように穏やかな顔でミルクを飲みつづける。そして、腹が一杯になると、喉を鳴らし、まるで酩酊したオヤジのように弛緩して目を閉じ、「与は、満足じゃあ」と言い残し、瞬く間に眠り込んでしまう。

 こんな間隔が二時間足らずの間に起こり、当然食って寝るだけの生活で、体はあっという間にぶくぶくと太り出し、腹は出るは、顔は膨らむはで、生後一ヶ月の間に「ゆう君」は巨大な「親父ベイビー」に変身してしまった。

 

 

 こんな様子に、親父とママ様は「ゆう君」の事をいつしか「おやっさん」と呼ぶようになった。

 「おやっさん」は、ところ構わずブーブーおならをする。

 眠っている「おやっさん」は抱っこしてもまるで意に介さず、だらっと口を開けて眠っている。

 「おやっさん」は、静かに寝ていたかと思うと、突然「んーがー」と唸り、伸びをする。

 しかし、昼夜が完全に逆転している「おやっさん」は、夜中に真ん丸な目を見開いてきょとんと起きていることが多い。

 こんな時にふと目に留めた「ゆう君」の表情は、メチャメチャ可愛い。

 いったい昼間の「おやっさん」はどこへ行ったのか、まさに「舞い降りて来た天使」の顔を見せる「ゆう君」なのである。

 

 

 

平成13年5月14日(月)

  

 早いもので「ゆう君」が生まれてから一ヶ月余りが経過した。そして、もうすぐ一ヶ月検診の日となる。これは退院から一ヶ月、乳幼児の発育をチェックする病院での大切な儀式に当たる。

 そんな一ヶ月検診を前に、「ゆう君」の体に大きな変化が現れた。

 脱毛が激しいのである。

 最初は“何か額のあたりが薄くなったかなあ”と、思っていた。しかし、お風呂に入れて頭をこする度に見る見る毛が抜けていくのである。気が付いてみれば、髷を切られた落武者のように、耳の上と襟足の両脇の毛を残して、額からつむじのあたりまでがつるんと禿げてしまった。

 これはいったいどうしたことか!?

 乳幼児の特性なのか?頭の洗いすぎ?何かの病気?幼くして髪の毛を失った我が子を見て、これから先の「ゆう君」の苦難の人生を思い、頭を痛める両親なのであった。

 

平成13年5月17日(木)

  

 一ヶ月検診は無事「異常なし」と、担当の先生からお墨付きをもらった。

 それはそうだ、こんなに際限なくブクブクと育ち、ふてぶてしい表情をする「ゆう君」の体に異常があろうはずもない。しかし、髪の毛が・・・

 ママ様は、その事を恐る恐る先生に聞いてみたらしい。すると、先生は一言、「ああ、赤ちゃんは、だいたいみんな禿げるのよ」と、事もなく言われたらしい。

 後から“たまごくらぶ”を良く読んでみれば、確かにそう書いてあった。心配する類のことではなかったようだ。

 親の心配をよそに、「ゆう君」の頭には、脱毛前より一回りも逞しい髪の毛が、みるみる間に、もそもそと生え揃って来たのであった。

 

 

 


次は
Vol.4 「ゆう君」の出家 

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