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K's Room Odds & Ends

Vol.2「ゆう君」わが家へやって来る 

 

平成13年4月16日(月) 

 ママ様(奥様改め)と「ゆう君」は、一週間ちょうどで、順調に退院となった。

 今回お世話になった病院では、産後母子共に順調であれば一週間で退院ということになっている。

 この日生まれて初めての外出となる「ゆう君」を、アフガン(ふわふわとしたおくるみ用の布)で包み自宅まで帰るのだが、ただの正方形の形で、一角に頭を包むらしい頭巾のような折り返しがあるだけのこの布を、いったいどんなふうに扱っていいものかまったく分からない。

 取り敢えず「ゆう君」をアフガンの上に寝かせて、新米パパ、ママは、「ああでもない、こうでもない」と、折り紙のようにアフガンをいじくりまわしてみた。当の本人は、まったく意に返さず、ぽかんと口を開けて眠っているのだが、親父たちにとっては、本当にこんな事一つ取ってみも、試行錯誤の連続なのである。

 まあ取り敢えず包んであればいいだろうと、何とか形を付け、ナースステーションで看護婦さん達に挨拶を済ませ、病院からタクシーで我が家へと向かう。

 

 我が家の玄関を開けた時、「ゆう君」に、「はい、ここが、ゆう君のおうちでちゅよ〜」と、話しかけてみた。

 しかし、当の本人は口を半開きにして寝ているだけで、何のリアクションもない。

 なんだかもう一つ感動のようなものがないなあと思いながら「ゆう君」を部屋の中に運び込み、そっとベビーベッドに寝かせた。と、同時に、突然火が付いたように「ゆう君」が泣き出した。まったく赤ちゃんの泣き方には、何の前触れもない。天使の寝顔が、突然「大魔人」の怒りの変身のようにダメ親父の形相へと変わるのだ。

 ママ様が言うには、どうやらおむつが汚れて泣いているらしい。

 “よし、ここは一番、親父の出番だ”とばかりに、親父はこうして初のおむつ替えに挑戦してみることにした。

 とりあえず、寝ている「ゆう君」のおむつを開く。そして、両足を掴んで、上に持ち上げてみる。もちろんこの間も、「ゆう君」は泣きっぱなし、幼い力ながらも、全力で親父の手を振り解こうともがいている。何で、“うんにょ”の世話を、人がしてあげようというのに、本人はこんなに邪魔をするのかよく分からない。

 「ゆう君」の軟らかな足を片手で掴みながら、こんなに華奢な足をいったいどのくらいの力で掴んでいいのか、どのくらい上にまで持ち上げても大丈夫なものなのか、まるで不発弾の処理に当たる自衛官のように、親父の心臓はバクバクと波打ち、額に汗が滲むほどの緊張に襲われるのであった。

 お尻を“お尻ふき”で拭い、汚れたおむつを取り払い、新しいおむつをすばやく下にあてがう。

 “なんだ、以外と簡単じゃないか”そう思った瞬間だった。

 親父の顔に何か「なま暖かい」感覚が伝わった。

 “ん?”

 親父は次の瞬間、お股の間に直立する「ゆう君」の小指の先のようなシンボルから発射されている噴水に気付いた。そして、それに慌てた親父は、なんとかくい止めようと、無理矢理上からおむつで押さえ込んだ。すると、角度を変えられた噴水は、事もあろうに「ゆう君」の顔を直撃してしまった。

 自分の“おちっこ”を、顔にまき散らす「ゆう君」は、さらに、火に油が注がれたように泣き叫びだし、親父は、ひどい罪悪感と、極度の緊張で、自分の顔についたおちっこを拭うことも忘れ、「はい、はい、はい」などと「ゆう君」をなだめ、なんとかこの場を納めようとした。

 この一連の動きを横から見ていたママ様は大爆笑だった。

 

 

 

平成13年4月17日(火)

 「ゆう君」が生まれる前、部屋の中には、“たまごくらぶ”の「出産直前、必須赤ちゃん用品一覧」を参考に揃えた、ベビーベッドやベビーバス、体重計やベビー服、紙おむつなどが、所狭しと並んでいた。

 まだ現実に現れてない赤ちゃんのために、親父とママ様の二人だけしかいない部屋の中に、こんな物たちが並んでいるのが何とも不思議な気分だった。しかし、「ゆう君」が我が家へやってきたこの瞬間から、いったいどんなふうに使うのか想像も付かなかったこんな物たちが、一度に命を吹き込まれたように大車輪で活躍しだした。

 哺乳ビンは大回転し、タオルや下着などは何着あっても足りず、おむつは毎日ゴミに出しても追いつかないほどゴミ箱の中が溢れかえっていった。

 

 人間は昼に食事をして、活動し、夜は眠るものだと思っていたが、生まれたばかりの赤ちゃんには、全くそんな常識も通用しないらしい。腹が減れば、夜中の三時だろうと躊躇なく泣き叫ぶし、“うんにょ”をすれば、自分でしておきながら「早く、おしめ替えろ」と泣き叫ぶ。ほとんどその繰り返しが一時間足らずの間に起こり、睡眠も間々ならず面倒を見るママ様は、産後の休養する時間も取れず、相変わらず目の下に隈をため込む日々となってしまった。

 バンビの赤ちゃんなどは、産まれた直後すぐに自力で立ちあがるというのに、どうして人間の子供だけはこれほどまでに親に依存しなければ生きていけないのか、つくづく不思議なものである。

 

平成13年4月21日(土)

 今日は初めて「ゆう君」をお風呂に入れる。赤ちゃんは新陳代謝が激しいので、毎日入浴の必要があるらしい。いつもは、昼間におばあさんが来てくれて、「ゆう君」のお世話をしてくれているが、今日は日曜日なので、いよいよ親父の出番だ。赤ちゃんの入浴といえば、定番の親父の仕事である。

 お風呂とはいっても、まさか一般の浴槽につからせるわけにはいかない。赤ちゃん専用の台所の流しで使える、プラスチックの湯船を用意する。

 温度計で確かめつつ適温の湯を注ぎ、その湯船でもまだ小さいので、中に安全用のネットを張る。“沐浴剤”を溶かし、湯上がりに飲ませる“湯冷まし”を用意して、準備完了である。ママ様はバスタオルやら、着替えやらを用意して、後は「ゆう君」を入れるだけとなる。

 実際に入浴させる前に、念のため“たまごくらぶ”の「じょうずに入れる、赤ちゃんの沐浴」を読む。

 一通り読み終えた後、“なあんだ、簡単じゃないか”いつもながら、安易に物事を判断する親父は、実に軽く今回の件も考えていた。

 

 それまで穏やかな顔で、ぽわぽわと口を動かしていた「ゆう君」は、着物を脱がせたとたん再びダメ親父に変身した。裸にされる事に赤ちゃんはそのまま恐怖を感じるらしい。

 それでもお風呂には入れないといけないので、親父も泣きそうな気分になりながら湯船まで連れて行き、ぬるめのお湯にゆっくりと「ゆう君」を浸ける。

 お湯に浸った「ゆう君」は、不思議なことにふと泣きやみ、ぐずっていたのが嘘のようにおだやかな表情に変わっていった。母親のお腹の中、羊水に包まれていた頃を本能的に思い出しているようだ。

 

 

 左手でゆう君の頭を後ろから支え、右手で顔、頭、お腹と、順番に洗っていく。実に静かにしていてくれるので、これは楽勝だ。そして、ゆっくりと体を裏返して背中を洗おうとしたその瞬間、支えどころが悪かった親父は「ゆう君」の顔をお湯に浸けてしまった。「あっ」と思い、慌てて引き上げたが時すでに遅し、穏やかな“はにわ顔”は、あっという間にだめ親父に変身、聞いたこともないようなひときわ高い鳴き声で、「殺される〜」とばかりに「ゆう君」は叫びだしてしまった。

 こうなったらもうだめである。初回の沐浴は、背中洗いに不完全さを残したまま終了となってしまった。そして、“たまごくらぶ”の「じょうずに入れる、赤ちゃんの沐浴」をもう一度読み直し、明日こそは完璧な入浴を目指すぞと決心する、親父なのであった。

 

 

 


次は
Vol.3 5月5日はこどもの日

K's Room

東京大田区バドミントンサークル



 

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