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K's Room Odds & Ends

きたない!うまい!宇都宮中華舗 Part 1


 仕事で宇都宮の街まで度々出掛けている。宇都宮といえば栃木県の県庁所在地であり、人口も45万人を抱える東北の大都市で、今では町興しとして取り組んだ「餃子の街」のイメージが定着し、「宇都宮」といえば「餃子」の感が強いのではないだろうか。

 まあ、宇都宮の街のあらましなどはここで語る事ではないのだが、ある日いつものように仕事で出掛けたこの街でなんとも面白い体験をしたので発表してみようかと思う(・・)。

 この街へ出掛ける都度、昼飯を食う店には思いの他苦心している。昼飯時になれば、なんとなく餃子でも食おうかという気分になるわけだが、そうした時、旨いといわれている有名店は開店前から長蛇の列となってしまうし、かといって閑散とした店はさすがに閑散としているだけの事はあり、こんな気苦労が毎回の事となると結構大変なものである(・・)。

 そんなある日、いつものように昼飯を食う店を探して街中をウロウロしていた。裏通りに差し掛かった時、とある一角にとてつもなく「ぼろい」店を見つけた。よく古い商店街などを歩いた時、“ようこんな店でやっていけるよなあ”などと、お節介ながらも考えてしまうような店があるが、その店はまさにそんな風貌だった。

 三間ほどの広さの薄汚れたサッシ戸の店構えで、店先の道路には配達されてきた食材の入っているダンボール箱が無造作にぽかんと置かれていた。垂れ下がったのれんは長年の重みで大きくたわみ、店先の“中華”と書かれた赤ちょうちんは、ばっさりと割れて見事なまでのお化けとなっている。ジャンルだけは中華料理と分かるが、ぱっと見は店名の表示もないし、メニューの一切も店の外には置いてない。まさかセット料金でぼったくられるわけではないだろうが、営業しているのか、中に人がいるのかどうかさえ怪しく、これじゃあ誰も入らないよなあなどと僕は思った。

 その時、店のサッシ戸がおもむろにバタバタと開いた。そして、中からYシャツに腕捲りをした朗かに地元のサラリーマンと分かる男性が楊枝を咥えながら出てきたのである。おやっと僕は思った。地元のサラリーマンが昼飯を食って出てきたのである。そうなると、一見さんである可能性は低く、意外や意外何か旨い物でも出す店なのだろうか。まあしかし、ただ味オンチな奴が適当に昼飯を済ませただけなのかもしれない。僕はそんな好奇心から、半透明のサッシ戸の中を遠目に覗いてみた。サッシ戸といっても、一般的な店舗に使うような体裁のものではなく、まるでどこかの住宅の裏口みたいな作りだった。

 店の中カウンターの中には三人の店員がいた。詳しい様子はよく分からないが、三人のうちの女性の店員がレジの係で、他の二人の男性店員が調理を担当しているようである。この小さな店を三人で切り盛りしているということは、それだけ手を掛けている、人が必要であるという事であり、繁盛している店と見えなくもない。これはひょっとするとひょっとするんじゃないかと、“えせ”店舗評論家の僕は考えた。

 しかしながら、そう考えるにはあまりにもこの店はぼろ過ぎる。この店に入るとすれば、本当に清水の舞台から飛び降りる程の気構えが必要だった。しかし、まあ話のネタ、道頓堀川に飛び込む覚悟(!)で僕は思い切ってサッシ戸を開けてみた。途中何度もレールに引っ掛かりながら、バタバタと音を立てて戸は開いた。後ろ手に閉める時、枠のないサッシ戸はどこを基準にして閉めていいやら迷うようだった。

 店に足を踏み入れると、おざなりながらも“いらっしゃい“という声が聞こえた。店の中はL字型に曲がったカウンターがあるだけで、席は全部で十席くらい、作業服を着た客が一人何か定食のようなものを食べていた。天井近くの神棚のような棚にはテレビが置かれ、お昼のニュースをちょっと大き過ぎるんじゃないかと思えるボリュームで映し出していた。

 “しまったあ〜”

 これが、僕の心の第一声であった。

 辺りを見回すと、コンクリートが剥き出しの床は、いったい最後に掃いたのはいつだと聞きたくなるほどの汚れようで、片隅には着けるにはまだ早い石油ストーブが煤をびっしりと貯えたまま鎮座していた。壁という壁は長年染み付いた油でどす黒く塗装され、なにより店員の士気があまりにも低く、「いらっしゃい」と、念仏のように言ったきり目線はテレビへと移り、何か重々しい空気が店の中一杯に充満していた。

 完全な失敗である。

 “俺のランチの憩いの一時をどうしてくれるんだよ!”

 店の中に入っただけで、無残な敗北感に全身を包まれた気がした。

 しかしながら、おざなり程度とはいえ「いらっしゃい」と言われて、「あっ、間違えました」というわけにもいかない。僕は、洋服の尻が汚れないだろうかと気に掛けつつ、所々破れて中綿の飛び出したスツールの一つに腰掛けた。

 そして、壁に垂れ下がったメニューを見た時、僕は更なる驚愕に包まれる事となった。三十センチほどの長さのお札のような紙には、ラーメン、チャーハンと一品ずつ品物の名前が書かれていて、その下には値段が記載されていた“はず”である。ところが何とこのメニュー、壁のどす黒さと同化しているばかりか、そのすべてが千切れてしまっているのだ!冗談で言っているのではない。本当に15枚ほどのその“元”メニューは、そのほとんどが何が書いてあるのか判別できず、そのすべてが値段の部分を失ってしまっているのである。

 “いったい俺にどうしろというんだよ・・”そう思った時、カウンターの隅の壁に、“画鋲”で留められた比較的新しい二枚のお札を見つけた。その一枚は「Aランチ、鳥のから揚げ」、そして、もう一枚には「Bランチ、豚の香草焼き」とマジックペンで何の愛想もなく記されていた。

 “あちゃー、両方とも食いたくねえよ“

 そして僕は壁のメニューの切れ端を推測の手掛かりとして、これだけはメニューとして絶対存在するであろう、「ラーメン」と「餃子」を注文する事とした。恐ろしい事に値段さえも分からないが、そんな事を聞いてみる気さえも起きなかった。そして、もう、何が出て来ても適当に胃袋にかっ込んで、さっさと店を出る決意だけは固めた。



(Part 2へ続く)

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東京大田区バドミントンサークル



 

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