栃木県のカマアシムシ類
栃木県自然環境基礎調査の一環として,土壌動物の調査が行われた.その調査は,平地から山岳地までの約280地点の多様な環境で行われ,多くのカマアシムシ類が採集された.調べられたのはそのうちのほんの一部であるが,下記のような結果であった.詳細は下記文献を参照されたい.
中村修美,(2002).カマアシムシ類.栃木県自然環境基礎調査 とちぎの土壌動物,pp.205-215. 栃木県林務部自然環境課.
栃木県における研究史
カマアシムシ類は1907年にSilvestriにより世界で初めて報告され,日本では1938年に吉井良三氏により滋賀県賤ヶ岳より報告されたのが最初である.このようにカマアシムシ類の研究の歴史は古いものではない.そのような中で,栃木県での研究開始は早く,今立源太良氏が1954年に日光男体山よりAcerentulusの種を報告している.1956年にはこの標本をもとに,Acerentomon sawadaiが新種記載されている(現在この種はヨシイムシNipponentomon nipponのシノニムとなっている).
1974年にImadatéは日本産カマアシムシ類のモノグラフを公刊し,それまでの記録をまとめ栃木県では12地点から14種を記録している.
その後しばらくは目立った報告はないが,1986年に石井・今立が日光市赤沼よりキタカマアシムシHinomotentomon nipponicumを記録した.本種は北海道を主な分布域とし,東北地方からも記録はあったが記録地点は多くなかった.この発見は南限の記録だけでなく,成虫はメスしか知られていなかったキタカマアシムシで初めてオスが得られたという点で注目されるものであった.
また,同年にImadaté & Ishiiにより日光市霧降よりサイイキカマアシムシ属Hesperetnomonの種が報告された.本属は,キルギス,アルタイ,中国(青海,雲南など),北米(カリフォルニア)から7種が記載されているが,日本からは見いだされていなかった.残念ながら得られた標本は若虫1個体であったため種名の決定までには至らなかったが,後年Imadaté(1989)により,長野県長野市保基谷岳の成虫標本とともにクラタカマアシムシH. kurataiとして,新種記載された.
1987年には今立・石井が日光市所野よりフジカマアシムシFujientomon primumを記録した.本種は東京都八王子市の農林省林業試験場浅川実験林(現独立行政法人森林総合研究所多摩森林科学園)で採集されたメスを基に1964年に新属新種として記載されたが,それ以降確認されていなかった.これが2例目の記録となった.
Imadateは日本のカマアシムシ相をまとめた一連の報告の中で(Imadaté,
1995; Imadaté & Nakamura, 1989;
Imadaté & Ohnishi, 1993) ,栃木県では35地点から19種1亜種を報告している.
Nakamura(2001)は茨城県・栃木県の標本を基にトウゴクカマアシムシFilientomon gentaroanumを新種記載したが,藤原町,茂木町,黒羽町の標本がparatypeに指定されている.
一方,生態的な報告はほとんどなく,中村・石井(1994)が日光市男体山で垂直分布を報告しているのみである.
栃木県のファウナの特徴
日本からは,これまで4科25属64種が記録されている.今回種名の確定したもので3科16属30種1亜種が確認された.県単位では最も多くの種が記録されたことになるが,これは今回の精査な調査によるものである.
最も大きな特徴は,ヒメカマアシムシ科の種が多く記録されていることである.ヒメカマアシムシ科は日本から5属7種が記録されているが,栃木県からは4属4種が記録された.本科は記録地点が非常に少なく,これだけの種が記録されているのは注目すべき事である.
記録された種を通覧すると,モリカワカマアシムシBaculentulus morikawai,トサカマアシムシB. tosanus,ヨシイムシN. nippon,ウエノカマアシムシN. uenoi,カマアシムシEosentomon sakura,ウダガワカマアシムシE. udagawai,サトカマアシムシParanisentomon tuxeniなどは本州温帯圏で普通に見いだされる種である.また,カグヤカマアシムシSilvestridia hutanのように熱帯を主たる分布域とするものも記録されている.一方,シデイカマアシムシImadateiella shideiana,コブクシカマアシムシVerrucoentomon shirampa,ヤマトカマアシムシYamatentomon yamato,アサヒカマアシムシEosentomon asahiは冷温帯から亜寒帯を主たる分布圏とする山地性の種である.また,アズマミスジカマアシムシAcerentulus keikoae keikoae,B. loxoglenus,サカヨリカマアシムシB. sakayorii,オオバカマアシムシTuxenentulus ohbai,オオカマアシムシE. asakawaenseは本州東部・北部に限定されている.
全体としてみると,山地性の種や本州東部・北部に限定される種が多く見いだされているところに栃木県のカマアシムシ類の特徴がある.
記録種一覧
クシカマアシムシ科 Acerentomidae Silvestri,1907
- アズマミスジカマアシムシ Acerentulus keikoae
keikoae Imadaté, 1988
- ミスジカマアシムシ Acerentulus kisonis Imadaté,
1961
- サイコクカマアシムシ Baculentulus densus
(Imadaté, 1960)
- Baculentulus loxoglenus Yin, 1980
- モリカワカマアシムシ Baculentulus morikawai
(Imadaté et Yosii, 1956)
- ムサシカマアシムシ Baculentulus nipponicus
Nakamura, 1985
- サカヨリカマアシムシ Baculentulus sakayorii
Nakamura, 1995
- トサカマアシムシ Baculentulus tosanus (Imadaté
et Yosii, 1959)
- トウゴクカマアシムシ Filientomon gentaroanum
Nakamura, 2001
- タカナワカマアシムシ Filientomon takanawanum
(Imadaté, 1956)
- a. シデイカマアシムシ Imadateiella shideiana
shideiana (Imadaté, 1964)
b. Imadateiella
shideiana eos (Imadaté, 1974)
シデイカマアシムシは関東以北の本州に分布し,主に西側に分布する基亜種I.
shideiana shideianaと東側に分布するI. shideiana
eosがいる.I. s. eosは,腹部第2〜7節背板の副毛P3aと第7腹節腹板に後列中央毛Pcが無いことで基亜種と区別される.栃木県では両亜種が確認されているが,一部地域の個体群で毛序が不安定になっている.金精峠(188)と白根山外山(195)では,ほとんどの個体で第7腹節背板にはP3aはあったが,第2〜6腹節背板のそれは不安定で,ほとんどの個体で片方あるいは両方が消失していた.さらに,第7腹節腹板の後列中央毛はほとんどの個体で消失していた.
- フタフシカマアシムシ Kenyentulus japonicus
(Imadate, 1961)
- フタフシカマアシムシ属の一種 Kenyentulus
sp.
フタフシカマアシムシによく似るが,前肢ふ節の感覚毛b'がt2と同列に位置する点で異なる.日本各地から記録されている.
- ヨシイムシ Nipponentomon nippon (Yoshii,
1938)
- ウエノカマアシムシ東日本型亜種 Nipponentomon
uenoi paucisetosum Imadaté, 1965
f.B
ウエノカマアシムシN. uenoiには,今立(1988)により6つの型が認められている.栃木県から記録されているのはB型,従来の東日本型亜種である.これまでの記録や今回の調査結果からも,栃木県に分布しているのはB型のみと思われる.
- カグヤカマアシムシ Silvestridia hutan Imadate,
1965
本種はボルネオを原記載地とする種で,台湾などからも記録されている.この属は熱帯を主たる分布域とし,本種は本属の中ではもっとも北まで分布している.日本では熱帯植物園など特異な人工環境で見いだされることが多い.日本ではメスしか見つかっていない.
- オオバカマアシムシ Tuxenentulus ohbai Imadaté,
1974
- コブクシカマアシムシ Verrucoentomon shirampa
(Imadaté, 1964)
今回記録された個体の多くで第8腹節の後列毛が消失していた.
- ヤマトカマアシムシ Yamatentomon yamato (Imadaté
et Yosii, 1956)
ヒメカマアシムシ科 Protentomidae Ewing,
1936
- フジカマアシムシ Fujientomon primum Imadaté,
1964
- クラタカマアシムシ Hesperentomon kuratai
Imadaté, 1989
- キタカマアシムシ Hinomotentomon nipponicum
(Imadaté, 1964)
- Neocondeellum japonicum Nakamura, 1990
カマアシムシ科 Eosentomidae
Berlese, 1909
- アサヒカマアシムシ Eosentomon asahi Imadaté,
1961
- オオカマアシムシ Eosentomon asakawaense
Imadaté, 1961
- クメカマアシムシ Eosentomon kumei Imadaté
et Yosii, 1959
- カマアシムシ Eosentomon sakura Imadaté
et Yosii, 1959
- トイカマアシムシ Eosentomon toi Imadaté,
1964
- クロシオカマアシムシ Eosentomon tokiokai
Imadaté, 1964
- ウダガワカマアシムシ Eosentomon udagawai
Imadaté, 1961
- Eosentomon sp. cf. udagawai
ウダガワカマアシムシによく似るが,後肢の爪間体が爪の1/5より短いので,ここでは別種として扱った.この種については,さらに検討が必要である.
- キンリョウカマアシムシ? Eosentomon novemchaetum
Yin, 1965 ?
第8腹節腹坂の後列毛は9本.中・後肢の爪間体(empodium)の長さは爪の1/2以上ある.日本各地で採集されており,中国南京市を基準産地とするキンリョウカマアシムシによく似ている.分類上の位置を定めるためには基準標本との比較が必要である.
- サトカマアシムシ Paranisentomon tuxeni (Imadaté
et Yosii, 1959)
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