英国生活事情その1
London周辺を想定した英国での生活指南の書籍は何種類か出版されていると思います。それらと重複することは無視して、London圏からすこし離れた田舎町Chichesterを前提に、体験した範囲での生活技術をいくつかまとめてみます。世の中にステイ指南書はいくつもあると思うのですが、実際に住んでみると指南書もかなりテンポラリでローカルな情報であることがわかります。書き手の調査量と見識にもよるわけですが、「英国南部の田舎町での生活体験」という前提でご紹介させていただきます。お役に立ちましたら幸いです。
1.英語
日本人にとって最も身近な外国語である英語の本家です。でも、ほとんどの人にとっては街中で現地の人同士が話をしているのを聞いて、理解できることはないと思います。現地の人にとって利益がある場合には(ものを買わせよう、あるいは何かの知識、情報を引き出そうとする時)には、子供にものを言うようにしゃべってくれます。また、学校の先生やガイドさん、テレビのアナウンサー、政治家は標準語(正規の名称は何かあったのですが、BBCEnglishとでもしておきましょうか)に近い言葉をしゃべる人が多いようです。私も当初、街中はもちろん、仕事場でも聞き取りに苦労しました。そのうちに分かったのは、聞き取れない場合でもそれを字に書けば難しいことを言っている訳ではないということでした。もうひとつは人それぞれ、生まれ育った環境に対応したなまり(方言)をもっていて、よほどのことがない限りはそのなまり丸出しでしゃべっているということです。あとは、とにかく慣れですね。耳と脳が慣れて、いちいち翻訳しなくても頭が内容を理解して反応するようになる(英語頭が形成される)のを待つしかありません。
しゃべるのを理解してもらおうとすると、LとRの区別がブレイクスルーになるらしいのを体験しました。それが正しい発音かどうかは別として、しっかり区別して発音すると通じる確率が増えました。私がおこなったのは、現地の中学校に行った娘に教えてもらった方法ですが、Lの時には母音の「い」を発音する時のように唇を横に開くことです。発音と言うより唇の動きで区別してもらおうという趣向のようです。皆様も一度試してみればどうですか?ちなみにLとRの聞き取りは私には不可能でした。これができるには相当時間をかけて英語頭を熟成させるしかないようです。それでも可能かどうかはわかりません。読唇術ではないですが唇の形で見分けて区別するほうが日本人にとっては現実的かもしれません。
読み書きは仕事柄、長年やってきたのですが、なかなか進歩していませんでした。駐在中はなるべく多く読み、多く書くように心がけました。書く時には、パソコン上で引ける辞書(中辞典がまるごと入っているもの)をはじめ徹底的にひきました。特に名詞がcountableかどうかということと、前置詞はそれぞれの動詞に固有なものと言う観点から例文での使われ方に注意しました。そのうちにだんだん覚えてきて、勘みたいなものもできてきます。書いた英語だけは、現地の人が書いたものが修正できるようになったように思うのですが。余談ですが、以前に英語で投稿論文を書いていた頃、レフリーからあまりに英語がひどいので書き直せと原稿を返されたことがありました。ある外国人にみてもらうと、これは英語の問題ではなく、論理の問題だといわれてはっとしました。論理が明快だとだれにでも英語の訂正くらいはできるのだけれども、論理がのたくっていると何が悪いのかだれにも理解できないのです。それ以来、特に英文を書く時には、明快な論理に心がけるようになりました。
言葉はやはり理解できる語彙の数が一番重要ですね。それからある程度の文法の知識。あとは、英語環境にわが身をさらしながら英語頭の形成をまつのみです。とはいえ、住むとなると英語頭が形成されないうちにいろいろと修羅場をくぐらねばなりません。度胸一発、飛び込むしかないのですが、しかし事前に言いたいことを文章として整理しておく程度の準備は良識です。最初のうちは電話はきついですね。ちなみに私の英語頭は最後まで現地の人同士のお話を充分理解するには至りませんでした。年齢のせいにさせてください。
最後に、語学留学で海外に行かれる人へのおせっかいな助言。Chichester collegeにも語学留学で来る人は少なからずいるのですが、きちんと「何かの検定試験を通るという目的」をもって来る人は少ないようです。日本以外から来る人は、資格をとることが目的ですし、コース自体がそのような目的のために文法学習中心に設定されています。そのような英語教育クラスははじめに文法の知識によりクラス分けされ、レベルごとの教育がおこなわれます。聞くところによれば日本からの留学生は最低レベルのクラスに集中し、そこで中学校程度の文法を勉強することになるようです。当然それ以外の選択授業にはついていけず、実質観光旅行状態になるようです。語学留学を目指す人は、出国前に中学校程度の文法はきちんとおさらいして、自分の実力よりも1ランク上の検定試験を通ることをめざしていきましょうね。
2.住居
留学生の皆さんはホームステイが普通ですね。でもステイするホームにはピンからキリまであるようです。ボランティア感覚でやってくれるところはまれで、やはり生活の足しになっているところがほとんどのようです。当たり外れといってもいいのですが、いずれにせよ共通しているのは、「食事がまずい」ということです。食生活に関しては次の節でお話することにして、ここでは住居の話にもどりましょう。
ロンドンの近くでは、お金さえ出せばそれこそピンからキリまで、家具つきの住居が選べるようです。結構、豪邸に住んでいたと言う話は時々聞きます。しかしそれは、ロンドン周辺に限られた話であり、田舎では立派な家具つき住宅なんてものはあまりありませんでした。借り手がいないのですね。借り手がいないところには、貸し手もいません。赴任して約2週間、家族で住む借家を探しまわりました。行く前は、海岸沿いの瀟洒な一戸立ちがあればいいななどと考えていたのですが、その甘い夢は一瞬にして打ち砕かれました。不動産屋にいってもレイアウトとか住居面積とかの情報はなく、ベッドルームがいくつで、バスルームがいくつ、トイレがいくつ、ダイニングとキッチン、庭、駐車場があるなしという言葉の情報と写真のみです。その中から候補を選んで下見に行くのですが、驚いたのは住居の狭さでした。3畳にも満たない部屋をベッドルームとして数えていたり、屋根裏収納についているような階段で2階に行かなければならなかったり、想像を絶するものがありました。日本の家屋は狭く「ウサギ小屋」だとかいわれていましたが、お友達がいました。日本と同じで最近建てられる家は少しは広くなっているようです。幸いに、それらの中では少し広めの家を見つけることができました。英国の賃貸住宅は、日本と違って家主に有利な契約になっており、「居住権」の概念が存在しません。家主の都合で一定の猶予期間で立ち退きを求められることがあり得ます。また、自分の都合で出る場合には、特に何ヶ月以内に申告すると言う条項が契約書にない場合には、次の借り手が見つからない場合には、契約期間の家賃をすべてとられる事になります。
英国の普通の家は一戸建てにせよ長屋(テラスハウスと呼ばれ、2階建てを縦に仕切ってある)にせよ、間口が狭く裏に細長い庭がついています。ここでガーデニングを楽しむわけです。日本の家屋は日照にこだわりますが、英国ではこだわりません。冬は日がさしても暖かくはならないのです。太陽が低いので、日が差し込む様子が季節により大きく変化するようすがよく分かります。古い家を外観はそのまま残して内装だけ変えて住む伝統も、結果として居住面積が狭い原因となっているのかも知れません。新しい建物ほど、部屋は広くとっています。
家の建て方は日本とはずいぶん異なります。通勤路横で長屋(テラスハウス)が建てられるのを見ていたのですが、外壁と隣との仕切りは2重にブロックを積んでいました。2階の床は日本の木造建築と同様、木材で梁を渡していました。外見は長屋ですが、実は隣との間にはそれぞれの外壁があり、屋根まで壁できちんと仕切られた独立した構造になっていたのです。日本ではそのような建て方をした集合住宅は見たことがありません。たいていは、壁一枚で隣家の部屋ですね。そのために、隣の物音が直接聞こえることはほとんどなく、万一火事があって1軒がひどく焼けても、隣には全く影響はないのです。
3.食べ物
英国は飯がまずいので有名です。これは本当でした。金持ちは別として(どこの国でも同じですが)、庶民の平均的な食生活は、朝はトーストかシリアルにりんごの丸齧り(りんごは1年中、小さい安いものを売っています)、昼はサンドイッチ一切れかふた切れにスナック菓子(昼を抜く人も結構いました)、夜はゆでたジャガイモや野菜に肉か魚の一品。ホームステイする留学生の方々は、この食事にショックを受けるようですが、これは英国の庶民の普通の食事なのです。しかしながら、かつてインドと香港を領有していたおかげか、どこに行っても中華レストランとインドレストランはあります。もちろん中国人とインド人が、多少英国向けにアレンジしているとはいえ、本格「中華」料理、「インド」料理を提供しているのです。大抵のところは持ち帰りができますし、持ち帰り専門店もあちこちにあります。Chichesterでは、電話で注文すれば配達してくれる中華とインドがあり、愛用していました。また、Fish and Chipsといって、魚のフライ(天ぷらに近いお店もあります)とフライドポテトを売っているお店もどこにいってもあります。
悪いことばかりではないですよ。乳製品、ヨーグルトとかチーズはいろいろあって、楽しみました。牛乳も美味でした。チキンとかハム類、パンもいろいろあり良かったのですが、何といっても私の「主食」であるビールが種類も多く値段も安く(発泡酒と同じくらいですね‐日本のビールが高いのは税率が高いせいなので当たり前と言えば当たり前なのですが)楽しめました。ビールは英国内で醸造するbitterまたはaleと、大陸から輸入されるlagerに大別されます。それぞれ銘柄はたくさんあり、アルコール度数も低いものから高いものまでいろいろです。お酒に関しては、また別にまとめたいと思います。しっとりしたライ麦パン、matureなチーズなど、帰国したら縁がなくなってしまいました。こくのある牛乳は古くなると日本で飲む牛乳と香りが似てきていたことから、日本の牛乳は製造/流通に時間がかかりすぎているのではないかと想像します。りんごも日本でスーパーマーケットに行くと、英国ではほとんど見かけなかったような高級品ばかりが並んでいて、さみしい限りです。いつから日本人は甘ったるい大きなりんごを皮をむいてしか食べないようになったのでしょうか?
日本人はあくまで日本食にこだわる人と、こだわらない人に分かれるようです。私は後者です。もともと主食がビールで、米の飯はあまり食べなかったので、どこに行ってもビールさえあればなんとかなります。とはいえ、たまにはうどんとかラーメンとかすしとかが恋しくなることはあります。Londonまでいけば、レストランにせよ食材にせよ何でもあります。値段とか鮮度とか(賞味期限ぎりぎりは当たり前!)を気にする人は、日本を出ちゃいけません。一度失敗したのは、Londonまで出て「かまぼこ」を買って、持ち帰ってそのまま板わさで食べてえらいめにあいました。大きな駅の売店ではコンビニ弁当まで売っていました。地方でも大きなスーパーでは、「おすし」みたいなものをたいてい売っています。食材はTKトレーディング(London)というところにインターネットで注文して、宅急便で送ってもらっていました。日本から国際宅急便で送ってもらう手はありますが、そこまでする人には、このような情報は不要でしょう。スーパーでは中華食材とかカリフォルニア米はたいてい売っています。あとは工夫しだいですね。