「天声人語」

朝日新聞2002年12月30日に掲載

「子どもたちに会えるかどうか」。そんな思いを抱きつつ、フォトジャーナリストの豊田直巳さんは今年3度イラクへ旅した。窓際のベッドで母親に抱かれていた12歳のアハマド君。日に日にやせていった8カ月のフスニーンちゃん。5月の訪問でカメラに収めた子どもたちは重いがんや白血病にかかっている。

 湾岸戦争のあと何度かこの国を訪れ、ふつうの人々の姿を追ってきた。ここ数年の被写体はもっぱら子どもたちである。95年ごろから白血病やがんが目立ち始め、バグダッドなどの小児病院には専門病棟も設けられた。

 湾岸戦争で米英軍は300トン、100万発の劣化ウラン弾を使用したといわれている。原発などで核燃料を製造する過程で出る放射性廃棄物を利用した劣化ウラン弾は戦車の厚い装甲板を貫く力がある。標的に当たった弾は、芯の放射性物質もろとも微粒子となって空中に飛び散っていく。

 湾岸戦争からもどった一部の米兵に体調不良がつづき、劣化ウラン弾が疑われた。各国のNGOや研究者たちが劣化ウラン弾の使用禁止を訴えているが、米国はもちろん、世界保健機関(WHO)もいまのところがんとの関連を認めていない。

 フォトジャーナリストの森住卓(たかし)さんも、やはりイラクで取材をつづけている。春に出版された森住さんの写真集「イラク−湾岸戦争の子どもたち」(高文研)を開くと、おなかが丸くふくれた子や、髪のない子が悲しみをたたえた瞳を向ける。

 国連の経済制裁で病院の医薬品は不足している。墓地に小さな墓標が増えつづけている。

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