フルニエの来日ライヴCD化は…“美味しすぎるがな!”
  

 「おいしすぎるがな!」…これは 山崎豊子が描く大阪の老舗・昆布屋で、若ぼんが凝った高級品を作った時、試食した老主人が思わず叫んだせりふである。塩昆布というものは 良い昆布と調味料を選んで、ごく普通に、しかし手間ひまかけて煮こめばいい。びっくりするような美味しさなんて不要で、それが飽きない昆布の味なのだと…。まったく同感なので、この古いせりふをよく覚えている。

 この度、往年のFMクラシック番組「オリジナルコンサート」 がCD化されることになった。最近、古い放送音源のライブを無編集(編集する素材がないから当然だろう)で、CD化する動きが相次ぐのは嬉しい。
 そして8月31日に、第一弾として、ピエール・フルニエの1972年来日公演から、バッハ「無伴奏チェロ組曲」全曲が発売された。 早速、購入して音を出したとたん、私は「おいしすぎるがな!」と叫んだことである。

 フルニエのバッハのイメージといえば、気品の漂った演奏ということだが、喜多尾道冬氏の言葉を借りれば、50歳代の録音は強烈な探究心を合わせもち、やがて晩年の録音は冬の炉端のしみじみとした談話だという。その中間期の72年・虎の門ホールでのライヴは、 より成熟した探究心の実りを、放送録音らしいシンプルで クリアな音質で 生々しく伝えるものだった。
 そしていま、CDが再現するその音色は、なんと美しく、ゴージャズに変っていることか。もう、リッチなマントルピースの側に招かれて、 贅沢な応接セットで聴かせていただく趣きなのである。因みに、当時エア チェックした音と新しいCDの音を並べたので、聴き比べていただきたい。

エア チェック・テープ(1972.3.4) とCD(TDK-OC002) の比較
Realで聴く バッハ/無伴奏チェロ組曲No.2 から ジーグ
冒頭(エアチェックテープ)〜終末(CD)
WMAで聴く

(テープとCDのごく些細なピッチの差に気づかれるかもしれませんが、当時の民生用テープレコーダの限界につきご容赦ください。
 なお、著作隣接権のJASRACガイドラインに準拠して、各々45秒間の収録です。)
   

エア チェック・テープの波形

   
CDの波形

 CDでは楽器が1ランク上になった様に、音色にツヤが出て、会場や観客まで豪華な雰囲気になった。民生用機器とプロ用機器の差だけではない。残響等を付けた音の改良や美化が行われていて、気軽なラジカセには良さそうだが、本格的な大型装置では余計な加工に聴こえそうである。
 パソコン・スピーカーで差が僅かなら、波形を画面に表示してみると、音の素性が目でも確認できる。演奏の最後の一音とそれに続く拍手の部分だが、CDの方が残響豊かで、音が長く響いているのがよく分かる。オリジナルのエア チェック・テープの方は残響が少なくて、飾り気のない音だけれど、私なら やはりこの音をとる。 

 クラシック番組の最盛期に、17年間も続いた「オリジンナルコンサート」は名演奏家のライヴの宝庫であり、CD化は待望の作業だからこそ、つい高望みの注文になるのだが、マスタリング担当の斎藤啓介氏もレコード芸術誌で次の様に語っていた。
 「当時の会場の雰囲をできるだけ忠実に再現できるようにリマスタリングしていきたい…エンジニア側の存在感、個性はできるだけ出すべきでないと思っている…」
 しかし、商品として出すには、どんな装置でも できるだけ綺麗に鳴らしたいという制約があるだろう。あるいは残響まで付けて美化するサービスも要るのかもしれない。但し、もし、低い方のレベルに揃えて、万人向きにするという商品化になれば、趣味の世界では寂しいことである。

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 同じ頃、ポ−ル・トルトゥリエ、アンリ・オネゲルという名手のFM放送もあった。いずれ、どんな音でCD化されるかを楽しみに、まず、エア チェックしたオリジナルの音を聴いておいていただきたい。

Realで聴く ヘンデル/2台のチェロのためのソナタ(1972.1.29)
(Vc)ポ−ル&モード・トルトゥリエ (Pf)岩崎 淑
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Realで聴く ファリャ/粉屋の踊り (1972.4.14)
(Vc)アンリ・オネゲル (Pf)クレア・パラード
WMAで聴く
   
   
   
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