天に近い場所
(蓼科にて)

ほら、空気が違うでしょう
ひんやりして、さらっとしていますね
いい匂いがしませんか。 樹木の匂いです
ここまで来ると 風景が変りますね
針葉樹と水が主役です

図鑑を持ってくれば 良かったですね
こんなにたくさんの花が咲いているのですから
マツムシソウ アキノキリンソウ ヤナギラン
これもよく似た花だけど ちょっと違う
名前が分かると 印象も深くなりますね

静かです
見渡すかぎり これほど広い土地に
ぼくたち だけですよ
人の手が加わっていないというだけで
誰も来ないのですね
誰もが 自然を求めて出かけるはずなのに

ほんのわずか天に近いということが
すべてをこれほど すがすがしくするとは
不思議ですね。 そうしてみると
天と地の距離は それほど大きくないという気がします
それなら、少しでも天に近づきましょう

アキアカネがあんなに舞っています
あのときも 湖畔の山頂に
アキアカネの大群が 乱舞していました
岳彦や春菜はもう覚えていないでしょうね
十三年も昔のことなのですから。

それから いろいろな夏がありました
御岳 吾妻 安達太良 駒ケ岳 紅葉台 山王峠
二人で 四人で そして六人で さらに七人で
それから 今度は三人ですね
当分つづきそうな 三人ですね。

しかし、双子山の頂きの石に
名前を書き残したことを
夏苗はいつまで覚えているでしょうか
大きくなるために何でも経験する
そのひとこまの出来事を

いまの夏苗にとって 面白いのは
リュックの中のおむすびが つぶれていたこと。
お花畑も 山上の池も 野外料理も
初めての出会いが 珍しくないほど
いまの子は知識が豊かなのですね

たぶん、そう遠くない日に
自分自身の興味と驚きを求めて
夏苗も旅立つでしょう。
それから 二人だけの夏が
また めぐって来るでしょう

こんどは図鑑を持って 出かけましょう
風が渡ると 光り溢れる草原に
銀波がゆれる土地へ
天に近いさわやかな場所へ

そんなところへ 近づきたいと
ぼくは いつも思うのです
人の手の加わらない 自然の中へ
いつも 二人で出かけて行きましょう

1985.8.25

86年へ進む  玉手箱目次へ  TOPに戻る