再訪

かつて われ この市(まち)に宿りしことあり
秋深き 夜更けに来たり
朝まだき 列車で去りぬ

情熱の歌人ゆかりの
美しき城址残れる
市なりき

されど短き宿りには
風景を賞ず時もなく
ただひたすらに過ぎ行きぬ

はるかに遠き みちのくを
重ね訪ぬる機会
(おり)もなく
月日流れて十七年

いまその市に宿りしは
昔をしのぶ旅ならず
みずから求めしためならず

ここに集いし衆人
(ひとびと)
ともに並びし席にいて
絵地図一葉見だしぬ

街をつらぬく中津川
擬宝珠飾れる一の橋
(いしぶみ)多き古都なりき

さもあらばあれ 年月の
変化の波に洗われて
高層高楼目にあまた

ふと目にとめし
町の名は
城址の東 肴町

驛より遠き 肴町
その一角に記されしは
その名 照又 二字なりき

たちまち 遠き思い出の
はるかな底より甦る
あの秋の夜の宿なりき

寸暇をさきし再訪は
破風に残る昔日の
旅舎の姿に報われぬ

かつて われ この市に宿りき
ああ そは新妻と
初めての遠き旅への途上なり

茫々の歳月の
われらの上に降り積んで
すべてかなたに押しやりしや

さにあらず そのあかし
いまここに ひとつ見出しぬ
われらが出発
(たびだち)の原点を

たしかなる足跡を
そこかしこ 残しつつ
われら また 歩み行かん

1983.8.25

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