お精霊迎え

遠い記憶が甦る
むかしの地獄極楽図
餓鬼の血の海針の山
したら あかんえ わるいこと
地獄におちたら あんなとこ
いかんならんえ よお見とき

幼なの心が甦る
怖い絵を見て 綱を引く
鐘は見えない音だけが
ごんごん鳴って この音に
死んだお人が乗ってくる
初めは乳児で死んだ兄

それに加わることになる
一年生で病んだ姉
ぼくの記憶のお姉ちゃん
母の嘆きの深さ見て
親に先立つ不幸とは
かくやと知りしときなりき

母の思いはなお募り
お精霊迎えは欠かされず
お盆の日々は仏壇に
旧き定めの献立を
違えず調理、供えきて
ひたすら偲ぶ姿あり

やがて戦はたけなわに
銃後の暮らしも逼迫し
町会長の激務より
倒れし父は七日経ず
未だ幼き三男児
残して黄泉へ去り行きぬ

母の覚悟のほど知らず
戦はなおも続くなか
お精霊迎えは一段と
想い募りしものならん
父の新盆そのときは
ぼくは疎開に行きしまま

戦は終わり 時巡り
苦労の母に幾許
(いくばく)
憩いの時が訪れて
不自由の中も欠かさずに
続けし我が家種々
(くさぐさ)
行事、付き合い 伝うべし

まずは正月、三が日
白味噌雑煮、頭芋
床の間の軸 おミテ様
(肖像)
水菜の雑煮は四日昼、焼餅入りで清まし汁
七草粥は歌ありて、包丁叩き唄うべし
小正月
(十五日)には小豆粥

お雛祭に 大将さん
(五月人形)
西念寺に 袋中庵
田中本家に久男家に
渡辺各家に 町内に
親族、眷属、いろいろと
気遣うことは数多あり

京に住み継ぎ幾十年
積み重なりしあれこれを
伝えることをひたすらに
願う母には幸せに
あなた 菊枝の現れし
かけがえも無き人なりき

京に生まれて京に住み
京に学びて京を知る
ぼくの望みしあなたこそ
母にとりても有難き
伝う想いに余人なき
継け手なるべき人なりき

思いの丈を伝うべき
年中行事はひとめぐり
心待ちたる男孫の
重きを腕に抱きしめて
おのが役割なし終えし
一安心に緩みたり

玉の緒絶えて母逝きぬ
先立ちし子ら待つ国へ
その新盆に
ぼく あなた
たけひこ連れて 早朝に
行きし六道珍皇寺

このとき衝きし迎え鐘
ごおんごおんの その音に
いち早く母乗りて帰し
あなたに労を謝したらん
なおうら若きあなたゆえ
背負う浮世は重かりし

時代はめぐり、世はめぐり
継けし種々
(くさぐさ)次の代に
伝う立場になりしいま
二人で参る珍皇寺
長き行列 京都弁
鐘撞き迎かうお精霊

昔をいまに そのままに
地獄絵図あり 閻魔あり
槙売る花屋 幽霊飴
六波羅密寺の鐘も衝き
ふるさと京洛 狭き道
いつか来た道 なつかしき

探し求めた水塔婆
戒名書きて仏壇に
受け継がれたる献立を
あなたが調理 供えけり
閲し茫々四十年
あなたと共にありし日々

疾風怒濤のたとえある
年々襲う出来事に
立ち向かいては いきいきと
一家をささえ隆昌を
もたらし来たり いまありて
あなたは 常にすばらしき

いつか来た道 行くとても
あなたと歩んだ年月を
重ねて至る想念は
積み上げし時そのままに
深い味わい重厚に
心に満ちし香りたつ

いましばらくは
なお行かん
あなたと共に この道を

2006.8.25

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