平成十年(1998)


坂の町雪掻かぬ家ひと拒む


ひとり寝や夜のしじまに雪を聴き


長野五輪
吹雪つき極限競ふみな孤独(ひとり)


手のひびの微かな疼き自負揺らぐ


職位無きわれ訪ふ人や冬すみれ


君の背に小屋の灯ゆれる浅き春


朝九時の光の春が水底に


末子京都遊学
吾娘見しや父母青春の日の陽炎


春陰や樹液の音を幹に聴く


風入れし窓より落花バスの午後


六法踏む落花盛んのさくら坂


いさかひの雨の夜明けて芝青む


山スキーの八甲田に雪無く、海峡トンネルを抜けてみた
海峡線抜ければ北の彩の初夏


年毎に過去とどこほる衣がへ


我が家に空き巣侵入、犯人捕まる
盗人はあはれ知己の子青嵐


来し方や灯す山路の火蛾の舞


食卓に紫陽花一輪妻の留守


青簾けふも女客の多き店


山滴り天地の力湧き出づる


西瓜食む術後ひととせ継ぐいのち


小屋番のしはぶきひとつ山滴る


廃道に灼けて首無し六地蔵


スペイン六句
グラナダや異国にわれもサングラス


妃も騎士も過ぐ石畳日陰濃し


天炎ゆるなほ吾いどむ風車欲し

音絶えて灼くる白壁犬の影

ピカソ生みし太陽
(ソル)の海辺や夏の月


称名寺庭園二句
笙の音に声明和して霧晴るる

涼新た雅楽ひびきて地に浄土


コンサート銅鑼で始まる横浜
(ハマ)の秋


楽満ちて秋のホールは聖堂に


淡路島二句
御簾巻けば太夫は娘島の秋

活断層動きし跡や秋深し


長子婚約二句
実る秋電子メールの縁かな


百通を超えしメールや星の橋


日の残り団栗ひとつ君が掌に


母校毀つ郷里(くに)の便りや暮れ早し


南紀・湯川温泉
廃業ときまりし湯宿小鳥来る


学位得し友と出会ひぬ深き冬


猪鍋も煮詰まり山の会をはる


妻歌ふ「第九」聴く日や冬至粥


一声で止みし笹鳴き筆を置く


わが無為の歩む雑踏寒鴉


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